2020年末をもって閉店した麻布十番の日本酒ペアリングの名店「赤星とくまがい」が、西新宿で「AKA-KUMA」として生まれ変わりました。
店主を務めるのは、前店舗から引き続き、日本酒ペアリングのスペシャリストとして業界内外から高い評価を受けている酒ソムリエ・赤星慶太さん。
「ペアリングは日本酒を好きになってもらうためのきっかけ」と話す赤星さんは、飲食店の運営のほかにも日本酒AIソムリエの監修やセミナーの開講など、日本酒の間口を広げる活動を精力的に行っています。
そんな赤星さんが日本酒ペアリングに抱く思いと、そのこだわりが詰まった日本酒バル「AKA-KUMA」の魅力をお届けします。
「ペアリングは人類を幸せにする」
JR新宿駅より徒歩7分。飲食店がひしめく西新宿エリアの路地に「AKA-KUMA」はあります。
同じ敷地内に入り口がふたつあり、路面側の「AKA-KUMA」は約150銘柄の日本酒とそれに合う料理、約30品をアラカルトで気軽に楽しめる日本酒バル。
もう一方、建物の奥の入口は「AKA-KUMA」でペアリングを体験した方が予約することができる「AKA-KUMA 別邸」で、旬の食材を使用した料理7品と日本酒を組み合わせたペアリングコースのみを提供する9席のお店です。
店主を務める赤星慶太さんは、日本酒ペアリングを得意としていますが、そのキャリアはワインソムリエから始まりました。
高校卒業後に日本ソムリエスクールに通い、ワインソムリエの資格を取得した赤星さんは、NPO法人FBO(料飲専門家団体連合会)の事務局で働いたのち、その経由でアメリカへ。滞在した16年間は、インポーターや飲食店の運営として、ニューヨークを拠点に日本酒をアメリカに広める活動を行います。
帰国後は麻布十番で「赤星とくまがい」を経営する傍ら、日本酒ソムリエとして、今までにないお酒と料理の関係を提案してきました。
赤星さんが日本酒ペアリングに目覚めたのは、ニューヨークの飲食店で働いているときだったと言います。
「お客さんが喧嘩を始めたときに、仲裁のためにお酒を出したんです。その時は日本酒ベースの柚子のお酒でしたが、おいしさから場が和やかになって。いろんな人がいるけれど、おいしいものはみんなを幸せにできる。人類を幸せにするのはペアリングだと気付きました」
日本酒が、ワインに比べてアミノ酸が多く酸度が低いため、ペアリングできる料理の幅が広いことに注目した赤星さん。「自国の名前を冠した、こんなにもおいしいお酒があるのだから、自分が伝えなければ」と決意を新たにしたそうです。
その後、国内で日本酒の消費量が下がっている現状を危惧した赤星さんは、若い人が飲まないと未来がないと考え、日本に帰国し普及活動を続けました。
確かな実力と軽快な語り口で、帰国後に立ち上げた麻布十番の日本酒バー「赤星とくまがい」は瞬く間に人気店に。また、主催のセミナーは毎回キャンセル待ちになるほどの盛況ぶりでした。
それでも赤星さんは、「自分のペアリングはあくまで主観的で、絶対だとは思わないし、すごいと言われたくてやっているわけではない。どうしたら日本酒が広がるのかを常に考えています」と謙虚に語ります。
コロナ禍の現在は、発信の場をネット上に移し、自身のInstagramでは気軽にペアリングを体験してもらうためにコンビニスイーツを使ったペアリングを紹介。
さらに、YouTubeチャンネルも開設し、他ジャンルの料理人とペアリング対決をしたり著名人とコラボしてペアリングを体験してもらったりと、日本酒の普及に力を入れています。
日本酒体験をより豊かにするAIソムリエの開発
「AKA-KUMA」の運営やSNSでの発信とともに取り組んでいるのが、日本酒の風味を”言葉”で可視化した日本酒ソムリエAI「KAORIUM for Sake」の開発です。
香りに特化したベンチャー企業・SCENTMATIC株式会社が開発し、赤星さんが監修した「KAORIUM for Sake」は、表現の難しい日本酒の風味を要素に分解し、さまざまな言葉で可視化することで、日本酒を選びやすくし、味わいの解像度を高めることができます。
タブレット型メニューツールとして飲食店に導入されている「KAORIUM for Sake」は、赤星さんのペアリングをサポートする優秀なアシスタントです。
「さらりとした味わいの日本酒」のように、感性表現から日本酒を選べるだけでなく、フード注文の際には、ペアリングにおすすめなお酒の提案や、なぜそのペアリングが成立しているかの解説があります。
赤星さんはペアリングの考え方について、シンプルにお酒の味わいの要素と、食材を合わせることが重要だと言います。
「お酒の味わいの中でも特に香りが重要です。香りの要素と味わいの要素は、ほぼイコールで『KAORIUM for Sake』では、その香りを言葉にすることで意識させることができ、ペアリングが成立しやすくなっています。このような体験を通して香りを身近に感じられるようになってきたら、お客さん自身でもペアリングが試しやすくなると考えています」
さらに赤星さんは日本酒の普及のために、「KAORIUM for Sake」の他店舗への導入にも意欲的です。
「飲食店にとってスタッフへの教育は時間がかかるものなんです。『KAORIUM for Sake』にデータを入れておけば、お客さんへ常に最適な提案ができることに加え、スタッフ側も日本酒の風味を表すさまざまな表現を学ぶことができます。もちろん、お酒を味わうお客さん側も、ソムリエのように1歩も2歩も踏み込んで、日本酒の風味を楽しめる体験ができますね」
至極のペアリングを紹介
そんな赤星さんの考えが反映された、「AKA-KUMA 別邸」で提供されているペアリングコースのメニューを一部紹介します。
1品目は「季節のサラダ 柿と梨とスミイカのサラダ」×「渓流 高リンゴ酸 純米吟醸」(遠藤酒造場/長野県)。
粒マスタードや、柑橘のカラマンシーのソースが添えられ、お酒に含まれるリンゴ酸の爽やかな酸味がマッチします。赤星さんは「コースの始まりである1品目に、比較的アルコール度数の低い13度ほどの日本酒を出すことが最後までおいしく楽しんでもらうために重要」と語ります。
2品目は「甘鯛のポワレ カブと春菊のソース」×「クラシック仙禽 雄町」(せんきん/栃木県)。
「ポイントはやはりソース。ペアリングを考える際に合わせるのは料理の持つもっとも強い風味なので、今回はカブと春菊のソースにポイントを合わせています。ソースの苦味とのペアリングを楽しんでほしいですね」と赤星さんの言葉通り、苦味に「仙禽」のコクがベストマッチング。ふんわりとした甘鯛がすぐに食べ終わってしまいました。
3品目は「和栗のモンブランとほうじ茶のアイス」×「清泉 七代目」(久須美酒造/新潟県)。
赤星さんは「各々は合わないけれど、3つを合わせることによってマッチングする三位一体のペアリングです」と言います。和栗のモンブランのとろける様な甘さに、ほうじ茶アイスの渋み、そこに癖がなく料理同士を引き合わせる「清泉 七代目」が加わって、三位一体のペアリングが光ります。
人の人生観を変えられる仕事
「限られた人生の中で意味のあることをしたい。ソムリエは人の人生観を変えられる仕事です」と語る赤星さん。
「いまは初めてお酒を飲む若い人に完璧なペアリングを提供したいですね。完璧なペアリングを経験した人が、そのあとの人生で日本酒に対してどう向き合うのかが気になります。日本人として生まれて、日本酒が身近にあるのがどんなにすごいことか知ってほしいですね」と思いを語ってくれました。
西新宿に新たにオープンした、ペアリングの名手・赤星慶太さんが率いる「AKA-KUMA」。そこで提供されるAIソムリエによる新しい日本酒体験は、お酒の解像度を高め、自分自身についての発見をもたらしてくれるものでした。
真摯に日本酒の普及に取り組む赤星さんと、そのこだわりが詰まった「AKA-KUMA」、「KAORIUM for Sake」から今後も目が離せません。
(取材・文:SAKETIMES編集部)