酒米と聞くと、多くの人が最初に思い浮かべる「山田錦」。大粒で心白も大きく、特に醸造適正に優れていることから「酒米の王様」とも言われています。
そんな優秀な酒米をさらに選び抜いて、最も優れた山田錦を決める「第一回 最高を超える 山田錦プロジェクト」が、「獺祭」を醸す山口県・旭酒造の主導で開催されました。
「最高の『獺祭』を造るためには、その原料である山田錦の品質も高くなければならない」との考えから始まった今回のプロジェクト。その概要と、結果発表の様子をお伝えします。
1位の買取額は2,500万円!
旭酒造は純米大吟醸酒のみを製造し、使用する酒米も山田錦に限定している酒蔵です。2010年に購入した山田錦は2万3千俵でしたが、「獺祭」の人気上昇に伴って製造量を増やしており、一時は必要量の山田錦を確保するのにも苦労していたほど。
そのため、山田錦の本場である兵庫県以外の農家にも、山田錦を栽培するよう働きかけてきました。
山田錦は食用米より高い価格で売れるものの、手間がかかるという理由から栽培を避ける農家もいます。そこで、より多くの農家が山田錦を作ってくれるように、さらに、その品質向上にもつながるようにと、今回のプロジェクトに至ったのだそう。
農家の挑戦を応援するため、グランプリに輝いた山田錦は、通常価格の約25倍の値段となる1俵(約60kg)50万円、計50俵を2,500万円で旭酒造が買い取ります。
最高の山田錦で、最高の「獺祭」を造る
プロジェクトのねらいについて、旭酒造の桜井一宏社長は次のように話します。
「最高の山田錦で『獺祭』を造れば、最高の一本が造れるのではないか。そんな気持ちから、今回の新しい試みを始めました。『応募してくれる農家がいるだろうか』という不安もありましたが、おかげさまで多くの応募があり、安心しました。
その一方で、審査員の方々には『厳しく審査してほしい。グランプリが該当なしでもいい』と頼みました。この企画は1回限りではなく、今後も続けていきたい。山田錦を作る農家、そして、よりよい山田錦が増えていくことを目指しています」
旭酒造がプロジェクトを発表すると、兵庫県や栃木県をはじめ、山口県、滋賀県、福岡県などの山田錦栽培農家160人から応募があったそう。整粒歩合や着色米混入率などの応募基準を満たした、45人の農家の山田錦が予審に進みました。
予審は、山口県岩国市にある旭酒造の精米工場にて2019年12月に実施。5人の審査員と旭酒造の幹部3人によって、粒の大きさなどの目視検査と、成分を判定する機械分析による審査が行われ、9人の農家が決審進出を決めました。
決審が行われたのは2020年1月16日。9人からそれぞれ提出された50俵のうち、14俵をサンプルとして抽出したうえで厳密な審査を行い、1位から9位が決まりました。
審査を経て、審査委員代表の田中一光さんは次のように話します。
「2019年は天候不順の影響があり、例年に比べて山田錦の品質は低かったはず。そうした悪条件の中、よくこれだけの品質の山田錦がそろったなと感じました。しかし、一部の米では、無理をして粒をそろえようと、選別機に頼りすぎて肌ずれ(玄米の表面に白い傷がつくこと)が生じているものもありました。今後は、選別する前の段階でいい米を作る努力に期待したいですね」
よりよい山田錦を目指して
いよいよ、結果発表です。
出品された160件の中からグランプリ(1位)に輝いたのは、栃木県・山田錦栽培研究所の坂内義信さんが作った山田錦でした。50俵を2,500万円で旭酒造が買い取ります。
「3位になった白井さんから誘われて山田錦を作り始めました。まだ4年目の駆け出しです。それまではコシヒカリを作っていたのですが、単価が高い山田錦に魅力を感じて、やってみることにしました。
しかし、いざ作ってみると噂通りに難しい米で、1年目は発芽米がたくさん発生してしまいました。2年目は発芽を押さえようとしたあまり、刈り取り時期の判断に迷ってしまい、ベストな収穫とは言えませんでした。4年目にようやく納得する山田錦ができましたが、それでもコンテストに出すつもりはなかったのです。
ところが、指導を受けている山田錦栽培研究所から『いいものができているのだから、とりあえず出してみませんか』と言われて、出すことにしました。その結果がグランプリで驚いています。
今では約6ヘクタールの田んぼのうち、8割で山田錦を作っています。今季は土壌改良をして、よりよい山田錦が安定して作れるようにしていきたいですね」(坂内さん)
準グランプリ(2位)に選ばれたのは、兵庫県・藤田山田錦部会の藤原健治さん。買い取り価格は1俵20万円です。
「兵庫県・六甲山の北側にある山田錦の産地に生まれて、子供のころから山田錦を見て育ちました。15年前から山田錦の栽培に力を入れてきましたが、近年は温暖化の影響で、良質な山田錦を作るにはさらに手間がかかるようになってしまったんです。山田錦の品質を上げるために最も大事なことは、収量(単位面積あたりの収穫量)を無理に増やさないことだと肝に銘じています」(藤原さん)
優秀賞(3位)は、グランプリの坂内さんと同じく山田錦栽培研究所の白井勝美さん。買い取り価格は1俵10万円です。
「5年前から山田錦を栽培しています。栃木県の北部にある田んぼで作っているので、田植えと収穫の時期が難しいことを痛感しながら、よりよい栽培方法を模索してきました。今回の受賞を励みに、よりよい山田錦を作って、もっと美味しい『獺祭』を飲みたいですね」(白井さん)
上位3名のほか、決審に残った6人の農家の山田錦も、相場の約2倍で旭酒造が買い取るのだそう。
今回のコンテストで決審に進んだ9人のうち、栃木県の山田錦栽培研究所に所属している農家が3人もいました。
山田錦を栽培する農家が栃木県に増えるよう、早くから働きかけてきた旭酒造。2014年からは、栃木県下野市の農家が山田錦の栽培を始めました。その2年後には、所属する農家に山田錦を栽培するための指導や、検査、出荷なども担当する山田錦栽培研究所が発足しています。
現在は栃木県内の農家約40軒が所属。良質な山田錦の栽培に力を入れています。
研究所に籍を置く受賞者は、今回の結果について「研究所の指導に基づいて頑張った結果」(白井さん)、「兵庫県産の山田錦に少しは近づけたかなと思っている。私がグランプリを取れたのだから、ほかの仲間もこれからグランプリを取るチャンスがあると思います」(坂内さん)と話します。
今回のプロジェクトがきっかけとなり、栃木県をはじめ、各地で山田錦の存在感が高まっています。そうして栽培された山田錦からは、どんな「獺祭」が生まれるのでしょうか。まだ走り始めたばかりのプロジェクトの今後に、期待が高まります。
(取材・文/空太郎)