年々増加している日本酒の海外輸出。それを牽引しているのは「獺祭」であるといって過言ではないでしょう。

フレンチの巨匠として知られるジョエル・ロブションとのコラボや、ニューヨークでの酒蔵建設など、獺祭の海外展開はとどまることを知りません。

今回は同社の代表取締役社長・桜井一宏さんに、SAKETIMESやSAKE100を手がける株式会社Clear代表の生駒が話をうかがいます。日本酒が世界で認められるためには何が必要なのでしょうか。

「美味しい酒」のためなら、手段にこだわらない

旭酒造 代表取締役社長の桜井一宏さん(写真右)と株式会社Clear代表の生駒龍史

生駒龍史(以下、生駒):先日、酒蔵に伺わせていただきましたが、その酒造りの姿勢に感銘を受けました。同行したSAKETIMES編集長の小池が感動して泣いてしまったくらいで。

桜井一宏さん(以下、桜井):ありがとうございます。みなさんが蔵に来ていただいた後で、また少し体制を変えたんですよ。これまでは工場長を三浦、発酵関連の責任者を長尾が務める1チーム体制でしたが、2チーム体制にしてそれぞれのトップを三浦、長尾が務めることにしたんです。

生駒:それぞれチームの役割は異なるのですか。

桜井:どちらも取り組むことは同じです。洗米から麹造り、仕込みから瓶詰めに至るまで、大きな部分は変わりません。ただ、吸水具合や発酵温度を微妙に変えてみるなど、それぞれ実験を繰り返しながら情報交換して、出来を検証していくんです。

生駒:たとえるなら、2つのチームが異なるルートをたどりながら、同じ頂上を目指すような感じでしょうか。

桜井:端的には、酒造りの工程に変化を取り入れていきたいということですね。

生駒:なぜそういった試みをはじめたのでしょうか。

旭酒造 代表取締役社長の桜井一宏さん

桜井:おかげさまで、「獺祭」も多くのお客様に楽しんでいただけるようになりました。ただ、社内にある種の成功体験が染みついてしまったというか、美味しい酒の定番として認知していただけるようにはなったものの、もっと想像を超えるような感動をつくれる酒蔵にしたいのです。

他の業界ではアップルやアマゾン、アリババなど、大きな成長を遂げても変わり続けることで、世の中にさらに優れた製品を生み出している企業がたくさんあります。でも、酒造業界では会社が大きくなるとダメになるイメージがある。だからこそ進化し続けてもっと美味しい酒を目指したいのです。

株式会社Clear代表の生駒龍史

生駒:現在、どのくらいの人数で「獺祭」を造っているのでしょうか?

桜井:製造部門が130人ほどで、それ以外の出荷が80人ほど。トータルで200数十人ですね。

生駒:当社でも採用活動を進めるにあたって理想的な組織を考えているのですが、"どういう人を採用するか"に企業の意志が見えると思うんです。組織構造がそのまま企業文化になる。

そう考えると、製造部門が組織の半分以上を占めているのは、まさに「良い酒を造る」という明確な意志表示ですね。

「獺祭」の社員のみなさん

桜井:そう言っていただくと、なんだかカッコよく聞こえますね(笑)。でも、人間がいなければ酒は造れませんから。「機械で酒を造っているんでしょう?」と言われることもありますが、私たちはあくまで美味しい酒を造るために、人間も機械もひっくるめて最適な配置をしているだけなんです。

生駒:それが「獺祭」の美味しさの理由なんですね。

桜井:良い意味で、なんでもアリだと考えています。人間の手も優秀だし、機械も効率的。データやAIを活用できるようになると、さらにできることが増える。すべては「美味しい酒を造るために」という視点です。

海外進出には、酒蔵の「本気」が問われる

生駒:現在の売上高はどれくらいでしょうか。

桜井:直近では3万6,000石を製造して、売上は138億円ほど。おかげさまで毎年伸びています。

生駒:やはり、海外の売上が牽引しているのでしょうか。

桜井:海外の割合はかなり大きいですね。日本市場は落ち着いていますが、ここ1~2年で中国市場が伸びたのは大きいです。

生駒:私もニューヨークやサンフランシスコ、上海や香港などを出張でまわりましたが、みんな「獺祭」のことを話すんですよ。「良い酒だ」と。ここまで認知を広げた要因はどこにあるのでしょうか。

旭酒造 代表取締役社長の桜井一宏さん

桜井:「本気でやったかどうか」じゃないでしょうか。会長も私もトップセールスで海外へ足を運んで、市場の開拓に力を入れてきました。

トップみずからが海外へ行く大きな理由は「きちんと文句が言える」からです。輸出卸会社に対して、品質管理や保存環境、市場が伸びる余地のありそうな国へのアプローチなど、「ちゃんとやってくれ」とハッキリ言う。よく「こんなに文句を言うメーカーはいない」なんて言われますけど、品質管理は日本酒の肝ですからね。

海外で「獺祭」を説明する桜井社長

生駒:裏を返せば、本気でやっていない蔵元もあると。

桜井:いまでこそ、だいぶ少なくなったとは思いますけどね。10年前にフランスの展示会で輸出卸のスタッフと話していたら、「出展したいと問い合わせが来るんだけど、結局『星付きレストランに行きたい』とか『エルメス本店に行きたい』とか言われて、ガッカリするんだよね」と。形だけ展示会に参加するところも多いのではないかと思ってしまいます。

株式会社Clear代表の生駒龍史

生駒:含蓄に富んだ言葉ですね……。行政から助成金が出るから、なんとなく「御一行様」みたいになってしまう。そもそも、酒造業は免許事業ということもあって、行政と密接な関わりがありますからね。

桜井:そういう意味では、私たちは行政に頼りきらなかったのが大きいのかもしれません。もちろん、ケースによってはごいっしょすることもありますが、基本的には自社で予算を組んで、それを取り返すために海外で売ることを必死に考えてきました。

生駒:私も国税庁の主催する「日本酒のグローバルなブランド戦略に関する検討会」に委員として参加していますが、どうも自分自身に日本酒業界という言葉がなじまなくて。横並びでルールを作ってスクラムを組んで安心してしまう雰囲気があります。

桜井:日本酒にはいろんな種類があって、それぞれに違った美味しさがあります。きれいな酒もあれば、旨味や熟成感の強い酒もある。しかし、みんなが横並びになると、お互いの良さを打ち消しあってしまうような気がするんです。

生駒:「SAKE100」では日本酒のラグジュアリーブランドを確立しようと取り組んでいます。他の酒蔵から「そんな高価な酒を造っても、限られた人のための酒になってしまう。もっと大衆に広げていかないと」といわれてしまいます。

ですが、日本酒の魅力は多様性。価格についてもラグジュアリーとリーズナブルなものの両方があっていいはずです。私たちも、理想の未来を描いて自力でそこに到達したいと考えています。

桜井:もし仮に失敗しても、納得できるんですよ。私自身が決めたことだから「自分が悪かった」って。でも、みんなで同じ方向を目指してそこでうまくいかないと、どうしても引きずってしまうんです。

生駒:「納得できるかどうか」は私も大切にしています。大きな期待を背負ってビジネスをやっているわけですから、最終的には日本酒に対して本気の思いをもっているかどうかで決まると思います。そうそう失敗はできないけど、挑戦の姿勢は絶対に失わない。その微妙な間合いを縫って道を歩むようなものだと、その難しさをひしひしと感じているところです。

ニューヨークに酒蔵を、パリにレストランをつくる理由

生駒:2021年春に向けてアメリカで酒蔵をつくられていますが、なぜニューヨークを選んだのですか?

桜井:きっかけは、蔵の建設予定地に隣接する「CIA(The Culinary Institute Of America)」という料理大学からのオファーでした。アメリカで和食がブームになってからだいぶ経ちますが、より本格的な和食のカリキュラムを考えたいということで、私たちに声をかけてくださいました。

生駒:私もニューヨークでCIAを訪れたとき、「獺祭」と書かれた看板を拝見しました。そこで教えてもらったのですが、CIAはシェフだけでなく、フードフォトグラファーやフードジャーナリスト、フードアナリストなど、食にかかわるすべてのプロフェッショナルを育てる大学なんですね。

そんなアメリカの食の未来を牽引する学生たちが通う大学の近くに酒蔵があって、人生で初めて飲むであろうSAKEが「獺祭」になる。これほどインパクトのある出会いはありません。

桜井:教育の場で発信できるというのは、本当に光栄です。日本酒の未来をつくる意味でもやるべきことですし、業界全体を変えるきっかけにもなると考えています。

海外の日本料理店で今SAKEが飲まれていて、それはうれしいし素晴らしいことですが、愛好家だけのもので終わってしまうこともあります。その壁を越えるには、やはり現地の食文化にもSAKEが入り込まなければならないと思うのです。

「Dassai Joel Robuchon」の外観

そのためにいま取り組んでいるのが、パリにジョエル・ロブションと共同で開いた「Dassaï Joël Robuchon」です。最高の食事とともに「獺祭」を味わって「うまい!」と実感していただきたい。SAKEは「美味しければ」和食以外にも合うという価値観、新しい食の世界を広げていきたいのです。

ニューヨークの酒蔵でも同様にSAKEを身近に感じてもらって、アメリカ食文化のワンシーンに溶け込んでいきたいです。ニューヨークにはさまざまな方々が暮らしていますし、新しい食文化を取り込むパワーがある。グルメにかける財力もあります。

生駒:本当に共感します。海外で和食として認識されているのは、寿司だったりラーメンだったり、食のジャンルとしてはまだ少数派です。世界で日本酒文化を広めていくためには、マジョリティフードへのアプローチは大切だと思います。

桜井:そのためにも、アメリカでの販売価格は日本と同じくらいの水準を考えています。現地の蔵で造るからこそ、それが可能になるんです。

「獺祭 純米大吟醸45」の販売価格が15ドルほどだとしたら、デイリークラスのカリフォルニアワインと同じくらい。ワインを数回飲むうちの1回を「獺祭」に変えてもらうだけでも大きな前進です。

生駒:やはり、意識するのはワイン市場でしょうか。

桜井:そうですね。蒸留酒メーカーは利益構造が異なりますし、ビール市場のように大きくありませんから、やはりワイン市場です。

日本酒の海外進出は物流体制の構築から

生駒:桜井さんが描く日本酒の未来は、どのようなものですか?

旭酒造 代表取締役社長の桜井一宏さん

桜井:「世界中で当たり前のように日本酒が飲まれる」という未来をつくりたいですね。フランスのビストロでカップルが「獺祭」を楽しんでいるというのは、見てみたい光景のひとつです。

生駒:日本酒が当たり前に選択肢のひとつになることですね。

桜井:食事に合わせて「今日は獺祭にしよう」と、気軽に飲んでもらいたい。そのためにはやはり、流通も保存体制も整えて、安定供給することが重要です。いまネックになっているのはその部分です。

海外では、ワインの流通チャネルやワインセラーなど、しっかりとしたシステムとして構築されていますが、日本酒は保存形態やビジネススタイルが異なるので、ゼロから構築する必要があるんですよ。

現状では現地の卸会社にお願いしていますが、10年経っても未だに手探りです。だから、行政に働きかけるとしたら、イベントではなく流通の部分ですよ。行政でコンテナを一括管理して、それが海外流通の起点となるような仕組みです。

株式会社Clear代表の生駒龍史

生駒:それはぜひやってほしいです! ほとんどの課題が解決されますね。

桜井:酒蔵単独でコンテナを確保するのは難しいけど、複数を取りまとめることができれば、ありがたいんですね。

インタビューを終えて

生駒:今回はエキサイティングな対談になりました。

桜井:もう終わりの時間ですか。せっかくだから、本当は「SAKE100」のことも聞きたかったです(笑)。実際のところ、どんなお客様が購入されているのですか。

生駒:「SAKE100」の世界観に共感いただいている方が多いのですが、そのなかにはふだん日本酒を飲まない方もいらっしゃいます。

年間100万円以上購入いただいた方もいて「お手ごろだね」と言っていただいています。彼らがいつも購入しているワインと比べると、手にとっていただきやすいのだと思います。

「獺祭 純米大吟醸 磨きニ割三分」(写真右)とSAKE100「百光」

「獺祭 純米大吟醸 磨きニ割三分」(写真右)とSAKE100「百光」

桜井:酒屋さんと話していてショックだったのは、酒屋に来られたお客様でさえ、7~8割の方は「十四代」「磯自慢」「新政」「而今」などの銘柄を知らないというんですね。それは私の認識とかなりのギャップを感じました。ただ、そのぶん可能性があるということなのでしょうね。

生駒:渋谷のスクランブル交差点を歩いている人のほとんどは「精米歩合」という言葉すら知らないでしょうね。

桜井:そういう意味では、SAKETIMESは良い意味でミーハーなのが良いと思っています。日本酒はどうしてもマニアックな話題になりがちじゃないですか。若者に向けてライトに日本酒を伝えるメディアがあってもいいと思うんです。

生駒:まさにそこを狙っています。実際に飲むよりも、まずネットで知るほうが簡単ですからね。情報に触れて日本酒のおもしろさを知って、それをきっかけに日本酒を楽しんでもらえたらと思います。

海外進出が順調な要因は何かという質問に対して、「本気かどうか」と力強く答えた桜井社長。商品が輸出されて終わりではなく、コストを払ってみずからが海外に赴き、みずからの言葉で「獺祭」の魅力を伝え続けたからこそ、いまの「獺祭」があるのでしょう。

今回はおよそ2時間の対談でしたが、桜井社長も生駒代表もまだまだ話し足りない様子でした。

SAKETIMES編集部は「獺祭」の戦略をさらに深く掘り下げるべく、ふたりの特別対談をイベントとして開催することに決定しました。国内外それぞれの戦略や数年後に描く「獺祭」の未来について、さらに深くお聞きします。

◎イベント概要

  • イベント名:SAKETIMES 特別トークイベント〜「獺祭」桜井社長×「Clear」生駒代表
  • 日程:2020年2月6日(木)
  • 時程: 【Open】19:00 【Start】19:30 【Close】21:30
  • 会場:インキュベーションスペースnest (東京都渋谷区道玄坂1丁目16-6 二葉ビル3F)
  • 会費:【一般】5,000円 【サロン会員】無料
    ※ 事前決済をお願いしています。決済の方法はフォーム記入後の返送メールでご案内いたします。
  • 内容:
    ① 日本酒の海外市場の動向解説 (話し手:生駒)
    ② 獺祭の国内/海外戦略について (話し手:桜井社長、聞き手:生駒)
    ③ 質疑応答など
  • その他:獺祭の試飲付 (2〜3種類を予定しています)
  • お申し込み:専用フォームからお申し込みください。
    ※ フォーム記入後の返送メールに決済サイトのリンクがあります。入金の確認をもってお申し込み完了となりますので、ご留意ください。
    ※ 先着順で20名様限定のご案内になります。SAKETIMESサロン会員の方は無料招待ですので、Facebookグループの案内からお申し込みください。
    ※ 状況をみて事前の予告なくお申し込みを締め切る場合がありますので、ご了承ください。
  • SAKETIMESサロンでは、本記事を作成する前の書き起こし原稿を共有しています。イベント当日はその内容をもとに話が進む可能性がありますので、ぜひ事前入会をご検討ください。

(文/大矢幸世)

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます