日本酒にまつわるコンテストは数多くありますが、一般の日本酒ファンに馴染み深いと思われるのが、「全国燗酒コンテスト」と「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」です。その結果発表の後に、「金賞受賞酒」などと書かれた首掛けPOPが付いた日本酒を店頭で見かけたことがある方も多いことでしょう。
この2つのコンテストにおいて実行委員会事務局を務めるのが、株式会社酒文化研究所(以下、酒文化研究所)です。
両コンテストの開催の経緯や知られざる舞台裏、今後の展望について、代表取締役社長の狩野卓也さんにお話をうかがいました。
日本酒を介したコミュニケーションを生み出すために
酒文化研究所は、酒を人々の暮らしや営みに密着した文化としてとらえ、人と社会にとってよい酒のあり方を考え普及することを目指して、1991年に設立されました。
単に酔うためだけに酒を飲むのではなく、「お酒を介した楽しいコミュニケーションが生み出すものこそが“酒文化”である」という考えのもと、酒の価値を認識し、造る人、売る人、楽しむ人、そして酒に関わるすべての人々と手を携えて豊かな酒文化をつくり出すために尽力しています。
「うちの会社は融通無碍(ゆうずうむげ)」と狩野さんが話す通り、その活動はアルコール飲料全般の「酒文化」に関する研究や市場調査、経営コンサルティング、会員向け機関紙「酒文化」の刊行、セミナーの開催など多岐にわたります。
なかでも、特筆すべきなのは「全国燗酒コンテスト」と「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」のコンテスト実行委員会の事務局を務めている点です。
2009年に始まった「全国燗酒コンテスト」は、毎年夏に審査会が開かれています。
「燗酒があまり飲まれなくなった現状を打開するために、燗酒をおいしく楽しんでもらうための燗に向いた日本酒を提案し市場を拡げようと、コンテストを開催しています」と、狩野さん。
「実は、昭和の初期ぐらいまでは冷酒より燗酒の方が高級なものでした。料理屋には必ずお燗番がいて、客の好みによって温度を合わせて燗をつけていたんです。それが、高度経済成長の中でただ熱ければ燗酒だと宴会でぞんざいに扱われ、おいしい酒の飲み方から外れていったのです。そこで改めて原点に立ち返り、燗酒のよさを伝えたかったんです」
寒くなった冬に楽しむことが多い燗酒ですが、どうして暑い真夏にコンテストを開催するのでしょうか。この疑問について狩野さんは「営業上の事情」と教えてくれました。
「燗酒向きの酒の需要は秋冬ですが、企画や銘柄の選定・メニューの改訂は、晩夏から始まります。そのため、夏に結果を発表すると、酒蔵は新規販売先を開拓するための商談でセールスポイントを増やすことができるんです」
全国燗酒コンテスト初年度の2009年の出品数は131社131点でしたが、昨年2020年には、245社815点のエントリーがあり、最高金賞45点、金賞200点が選ばれました。2021年の審査発表は8月16日を予定しています。
「全国燗酒コンテスト」の成功を受け、2011年に始まったコンテストが「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」です。毎年2月に審査会が行われますが、2021年はコロナ禍の影響で4月8日に審査会が行われ、最高金賞57点、金賞253点が選ばれました。
燗酒コンテストをはじめてしばらくして、「右肩下りが続く日本酒需要の底上げを図るには、さらに違う発想のアクションが必要だ」と考えを巡らせます。
そんな折に、ワイングラスで日本酒をテイスティングすると「香りや味の良し悪しが、とてもわかりやすい」という発見があったといいます。また、酒文化研究所が行ったアンケートでは、「若年層は日本酒用の酒器は持っていないが、ワイングラスは持っている」という調査結果がでていました。
「そこで、日本酒もワイングラスで飲んだら日本の伝統的な酒器ではつかみきれなかった香りや色あいが感じられ、日本酒の新しい魅力を発見できるのではないかと思ったんです。
それと祝杯の酒です。当時そういう場面はシャンパンやビールなど日本酒以外の酒が使われていましたが、発泡性のある日本酒の開発も進み商品数が増えてきました。発泡性のある日本酒を日常で飲む実需と、イベントで飲む乾杯酒の双方で広げていきたいと思い、初回から発泡性のある日本酒の部門を設けています」
さらに、日本酒の魅力を多くの人に知ってもらうには、「3つのボーダーを超えることが必要」と狩野さんは話します。その壁とは、若年層への啓蒙という「年齢」の壁、和食以外にも日本酒の相性は良いことを広めなければならないという「業態」の壁、そして文字通り世界へ羽ばたかせるために越えなければならない「国境」という壁です。
この3ヶ所には、いずれも日本酒用の酒器はほとんどなく、ワイングラスはあります。そのため、日本酒をワイングラスで飲んでおかしくないと訴える必要があり、そのことが「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」を開催する意義となりました。
酒蔵と流通をつなぐ2つのコンテスト
会社の発足当初は、「酒文化の会」という主に酒販業者を対象にする会員制ビジネスを中心に行っていた酒文化研究所が、コンテスト事業を運営するに至った背景には、日本酒の流通の変化がありました。
1990年代にまだ多数派だった酒が中心の小売酒販店が、2000年あたりをピークに徐々に数を減らしていき、代わりにスーパーやコンビニ、ドラッグストアなど総合小売業が台頭していきます。
個人酒販店であれば日本酒を購入するときにお店のスタッフに相談することができますが、セルフサービスが中心の大規模小売業では、酒売場に質問できるスタッフがいないことがほとんどです。
「そんな状態の売場で、日本酒を知らない消費者が新しく日本酒を買うときに、手がかりが欲しいのではと思ったんです。そこで、飲み方のTPOに応じてコストパフォーマンスの高い酒を日本酒のライトユーザーに提案できる仕組みが必要だと考えました」と、狩野さん。
そんな経緯で始まった「全国燗酒コンテスト」と「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」は、どちらも広く流通している市販酒が審査対象です。さらに「全国燗酒コンテスト」のお値打ち燗酒部門では「720mlで1,100円以下」、「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」のメイン部門では「720mlで1,300円以下」と、日本酒の製法別ではなく価格でのクラス分けをしています。
「純米酒・吟醸酒など日本酒の製法品質基準に基づく用語を酒選びの参考にするのは、ある程度日本酒を知っている人です。日本酒を日常的に飲まない人の商品判別基準は第一に価格であり、製法用語ではありません。
日本酒業界だけで見たら、『四合瓶で1,300円は安い』と思われがちです。でも、比較すべきは、スーパーマーケットに並んでいるワイン。スーパーマーケットなどの量販店で買えるワインは、750mlで1,000円前後が相場なので、ワインと同じ価格帯のコスパの良い日本酒を提案できれば、普段ワインを飲んでいる層が『今日は日本酒にしてみようかな』と日本酒を手に取るきっかけになります」
このコンテストの仕組みは、酒の売り手側にとっては、コンテスト受賞の実績をセールストークに取り入れやすく商品仕入れの参考になるというメリットがあります。造り手の酒蔵としても、コンテスト受賞酒だと商談がしやすくなり、より販売先の拡大や売上アップが見込めます。
実際に、どちらのコンテストでも結果発表後には「賞を取ったから今までより売れました」「実績のないところから注文が入りました」という酒蔵の喜びの声が集まるそうで、「この瞬間がうれしいし、日本酒市場に貢献できているというやりがいを感じます」と狩野さんは話してくれました。
広く流通している市販酒を対象にした両コンテストですが、どのような審査基準で受賞酒が選ばれるのでしょうか。
「両コンテストも飲用シーンを限定したテーマ設定で単純に酒質の良し悪し、技術力の高さを問う審査ではないので、明確な審査のガイドラインは設定していません。
例えるなら、うちのコンテストは誰もが親しみやすい『笑顔のコンテスト』なんです。ですが、日本酒の多様性を損なわないために、審査員の選び方は大事にしています」と、狩野さんは話します。
コンテストの審査員は、「審査チームリーダー」と、「一般審査員」に分かれています。
審査チームリーダーは、国税庁鑑定官OB、酒類総研OBや研究者など、日本酒業界の技術的な専門家で、一般審査員は小売業の日本酒の仕入れや販売の担当者、飲食店関係者、酒類スクールの講師、唎酒師、ジャーナリストなど、そのバックグラウンドは様々です。一般審査員は、審査に偏りがでるのを防ぐために毎回入れ替わります。
酒類醸造の専門家である審査チームリーダーはその酒の品質面や醸造過程に問題がないかなど多角的に評価し、一般審査員は飲み手の感覚に近いところで評価される酒を選んでいます。
この多面的な審査体制により、ライトユーザーに好まれる色々なタイプの日本酒が受賞するので、小売業のバイヤーにとっては、安心して受賞酒を仕入れることができるのです。
低アルのスパークリング酒に期待
最後に、狩野さんに今後の展望についてお伺いすると、「キーワードはアルコール度数10度以下で発泡性のある日本酒です」とのこと。コンテストでは新しい部門創設の可能性もあると言います。
「日本酒以外のアルコール業界を見ても、さまざまな低アルコールの炭酸飲料がヒットしています。これは日本だけに限らない世界的なトレンドです。ここに圧倒的なニーズが存在するのにもかかわらず、刺さる日本酒の商品は少ないのが現状です。『純米大吟醸はおいしいんですよ』といくら伝えても、16度もあるお酒は関心のないお客さんは店で一杯なら飲んでも、買ってまで飲まないんです」と狩野さんは話します。
さらに、かって苦さが持ち味だったビールの需要が頭打ちになった時期に、アサヒスーパードライという苦くないビールの登場で市場が再成長した事例を挙げ、「商品開発や流通に力のある大手酒造メーカーにこそ、若い子たちがかっこよく飲める、低アルコールで発泡性の日本酒を開発して欲しい。そうして、新ジャンルが広まった際には、『ワイングラスでおいしい日本酒アワード』に、低アルコール酒部門を新設して応援したい」と、業界に向けて熱いエールを送ります。
コロナ禍で日本酒産業が苦難にあえいでる今、より多くの人たちに日本酒の魅力を伝える「全国燗酒コンテスト」と「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」の意義が、より一層重要になっていると感じた取材でした。
(画像提供:酒文化研究所)
(取材・文:山口吾往子/編集:SAKETIMES)