日本酒造りに携わる人たちは、日本全国のおいしい料理やお店にきっとくわしいはず。「酒蔵で働くひとのおすすめ店で語ろう」は、酒造関係者がおすすめするお店を訪れ、お酒を楽しみながらその方の素顔に迫る連載企画です。

記念すべき第1回に登場いただくのは、2020年9月に東京・丸の内に期間限定の「獺祭BAR」をオープンしたばかりの旭酒造から、広報担当の千原英梨さん。

千原さんおすすめのお店、東京・丸の内にある蒸し料理がおいしい多国籍料理店「ムスムス」で、お酒を片手にお話をうかがいました。

千原さん

【酒蔵で働くひと】 千原英梨さん(旭酒造株式会社/広報)
兵庫県西宮市生まれ。2018年、旭酒造に入社。広報担当として、メディア取材対応からイベントの調整など、多岐にわたる業務に取り組む。フランス文学と海外旅行、そしてお酒が好き。オススメの店は東京・丸の内にある多国籍料理店「ムスムス」。

「ひとりでも、大人数でもお世話になってるお店です!」

SAKETIMES編集部(以下、SAKETIMES):千原さんは「獺祭」で知られる旭酒造で広報のお仕事をされています。今回はいいお店を教えてもらうことはもちろん、日本酒の仕事に関わる千原さんの素顔に迫っていけたらと思っています。

千原さん:ありがとうございます。人にフォーカスしていただけるのは旭酒造としてもうれしいです。「獺祭は造り手が見えにくい」と思われる方もいるかもしれないので。

SAKETIMES:詳細なデータをもとに品質の向上を目指す「杜氏のいない酒蔵」ならではの悩みですね。いろいろとお伺いしていきたいです。まずは、今日ご案内いただいたこちらのお店について教えてください。

千原さん:ここは東京駅の近く、「新丸の内ビルディング」の7階にある無国籍料理店「ムスムス」です。「獺祭」をたくさん置いていただいていることもあって、仕事でもプライベートでもよく来るんですよ。

店内

SAKETIMES:さきほど入店された時も、お店の方から声をかけられてましたね。

千原さん:そういった店員さんたちのフランクさも魅力です。覚えていただいているのですが、最近は在宅勤務が中心なのでなかなか来られないが残念です。

SAKETIMES:千原さんはどんな時にお酒を飲みますか?

千原さん:割といつでも飲みたいですね(笑)。仕事で疲れた時に、寝る前に少しお酒を飲むとリフレッシュできるし、人と話す時もお酒があると楽しいです。

だから、ひとりでもフラっと飲みに出かけますよ。この「ムスムス」はまさに、ひとりでも大人数でも、どんなシチュエーションでも受け入れてくれる気軽さがあるんです。

ムスムス メニュー

SAKETIMES:どんなシチュエーションでも、というと?

千原さん:2〜3人で軽く飲みに来るのもいいし、席数が多いから大人数にも対応してくれます。この近くにある「獺祭ストア 銀座」でイベントをした後に、スタッフの打ち上げでも利用したりしますよ。あと、ひとりでちょっと晩ごはんを食べて帰ろうと思って寄れば、ボリュームを抑えたひとり分のサイズで出してくれたりもします。

SAKETIMES:お客さんの側からすれば使い勝手のいいお店なんですね。仕事関係の人との食事も多いと、細やかな対応をしてくれる店は安心です。

千原さん:はい。スタッフが顔見知りなので無理を聞いてもらうこともあって、本当に感謝しています。しかもお料理もおいしくて。魚、肉、野菜、ごはんものなどメニューも幅広いんです。

SAKETIMES:野菜のせいろ蒸しから牛ステーキ、魚の一夜干し、鍋料理まで。確かに幅広くて、どんな人でも好みの料理が見つかりそうです。千原さんが来店したら必ず注文するメニューはありますか?

魚

千原さん:「サバの干物」ですね。お魚に目がなくて。最近はお酒を飲むときの食事は健康志向なものを頼むようになってきています。お酒を飲む人が太っていてだらしないって感じだと、日本酒のイメージもよくならないなと思って。

とか言いながら、酔っ払った時には「禁断のラードごはん」なんてハイカロリーなメニューにも手を出してしまうんですけどね(笑)。

SAKETIMES:魅力的なメニュー構成なので、肉、魚、野菜と、まんべんなくいろいろと食べたい気持ちになりますね。

千原さん:いろんな料理を食べ比べできるのは楽しいです。日本酒も小さいグラスで飲み比べするのがいいですよね。

「日本酒のことしか知らないっていうのも違うかなと思って」

SAKETIMES:千原さんは「旭酒造」に入社される前もお酒は好きだったんですか?

千原さん:そうですね。私はもともと兵庫県西宮市出身で、地元は酒どころといわれる灘エリアにも近かったんですよ。だからお酒が飲めない小学生のころから、社会学習で工場を見学したり、「良いお酒は宮水と六甲おろしの風と山田錦で造られる」なんて教育を受けていました。

SAKETIMES:それはすごい英才教育ですね!

千原さん:今思えば、少しは影響を受けてるかもしれません。結果的に酒蔵に就職したんだから、教育としては大成功ですよね。

SAKETIMES:幼少期から身近な存在として日本酒を知っていて、実際に日本酒を飲むようになったのはいつごろからですか?

千原さん:働き始めてからだから、22~23歳くらいの時ですかね。誰かに連れていってもらうというより、自分が働いたお金でおいしいものを食べに行くのが好きで。日本酒の飲み比べができるようなお店に行って、友人たちと楽しく飲めたのがよかったのかもしれないですね。

SAKETIMES:誰かに教えられたりするんじゃなく、友達同士で一緒に好みを探すような飲み方だったんですね。

千原さん:そういう意味では、日本酒とは良い出会い方ができたのかもしれません。

ムスムス 獺祭

SAKETIMES:プライベートではどんなお店に飲みに行くことが多いですか?

千原さん:仕事でもプライベートでも、獺祭を置いてくださっているお店に行くことが多いです。でも、友人と一緒の時は、日本酒以外のものを目当てにお店に行ったりしますよ。

SAKETIMES:日本酒以外というとどんなお店ですか?

千原さん:最近行ったのだとブルガリア料理のお店ですね。海外旅行とか、その土地の食文化にも興味があって、いろんな料理を食べに行きます。

SAKETIMES:ブルガリア料理ですか!どんなものが出てくるかまったく想像できません。

千原さん:ヨーグルトに漬け込んだ肉料理がおいしかったですよ。海外旅行が好きで、このような状況になる前は年に数回、海外に行っていました。

千原さん

SAKETIMES:海外ではどんな楽しみ方をするんですか?

千原さん:やっぱり、現地の食ですね。食べ物ってその土地の歴史とか文化が現れると思うんです。文化人類学的な考え方が好きなので、「こういう土地だから、こういう料理が生まれたんだ」とか「こういう文化が育ったんだ」と、考えながらその国のことを知っていくのが楽しいです。

チベットで食べたヤクのミルク煮込みは、ちょっと臭みが強くて驚きましたが。でも、せっかく行くのならいろいろと体験したいと思うんです。

SAKETIMES:知的好奇心が強いんですね。

千原さん:それに、日本酒を人に伝える仕事をしながら、日本酒のことしか知らないっていうのも違うかなと思って。

SAKETIMES:いつも真剣なんですね。

千原さん:本当によく真面目って言われるんですよ。なんか、「真面目」って子どものころは褒め言葉なのに、大人になると急に褒め言葉に聞こえなくなりますよね。

SAKETIMES:大人になってから言われると、「いやいや、真面目だけが取り柄じゃないですから」って思っちゃいますよね。

千原さん:そうなんですよ。でも、社内には真面目な人も絶対必要だと思っています。

「日本酒は、人を幸せにできる」

SAKETIMES:お仕事のお話もうかがいたいです。千原さんは旭酒造に入社されて何年目になりますか?

千原さん:約2年が経ちました。前職は製薬会社のMR(医薬品の営業)だったんですが、日本酒業界に興味を持って転職しました。

千原さん

SAKETIMES:実際、「酒蔵の広報」というお仕事を始められてどうですか?

千原さん:最初は戸惑うことも多かったです。広報の役割をする人が少なかったので、メディア対応とかイベント準備とか、対外的なやりとりを一通りやることになりました。「もっと仕事が整理されていると思ってた」というのが正直な感想でしたね。

SAKETIMES:大変そうですね。

千原さん:やっぱり、酒蔵ってある意味で「会社じゃない」感じはありますね。物事を決めるのは基本的に、先代から蔵を引き継いできた桜井家なんです。会長や社長から電話がかかってきて、突如いろんなことが決まる、みたいなことも多いです。

SAKETIMES:確かに、通常の企業とはまた違った雰囲気ですね。具体的に、これまでにあった「鶴の一声」みたいなものってありますか?

千原さん:細かいお酒の味のクオリティへのこだわりが凄いんです。イベント用に用意した瓶詰めの日本酒は、社長の桜井が会場でテイスティングするんですが、それで「状態が悪いから、交換だ」って本社に送り返すこともありました。

新しいロットを会場に運んで、またテイスティングしてもらってというやりとりを、イベントまでに2往復したこともあります。

SAKETIMES:お客様第一の素晴らしい仕事である一方、現場では大変そうですね。

千原さん:でも、当然のことだと思います。桜井家の方々は何百年と前から受け継がれてきた蔵を守って、次の世代に渡していくという使命がある。それこそ、直接顔を合わせていないご先祖の世代から繋いできたものなので、背負ってる重みが全く違う。その鶴の一声で、獺祭の味も決まっていますし。

SAKETIMES:やはり、特別な業界ですね。そもそも「日本酒業界」で働こうと思ったのはなぜですか?

獺祭グラス

千原さん:どこかで、嗜好品に関わる仕事がしたいという気持ちがあったんです。世の中にあって一見無駄のように思えるものだけど、人間生活の最も大事な部分はそこにあるなと思って。

それに、わかりやすく人を幸せにできるじゃないですか。試飲会のブースに立っていると、「日本酒と焼酎ってどう違うの?」「お酒飲めないんだよね」なんて話すお客様も立ち止まってくれて。

そういう方でも、一口飲んだ瞬間「あっ、おいしい!」って笑ってくれる。その感覚は日本酒業界だからこそだと思うし、獺祭だからこそかなって思います。この情勢なので試飲会もしばらくできなかったんですが、先日、半年ぶりに京都で獺祭を振る舞う機会があったんです。飲んでくださってる方々の表情を見て、かなりうるっときちゃいました。

SAKETIMES:日本酒を通して人を幸せにしたい、という気持ちの中で、「飲食店で働こう」とは思わなかったんですか?

千原さん:職人さんのものづくりへのプライドにも興味がありました。あと、お店の人たちと話すのはもちろん楽しいんですけど、私がどちらかといえばおいしい料理やお酒に没入したいタイプなんです。だから自分が飲食店で働いて人と接するイメージは持てなかったのかもしれません。

でも、やっぱりお店のことが好きですね。出張の時に、現地で獺祭を置いてくださってるお店に行くのも楽しいし、地元の友人たちから「獺祭があるところに飲みに行こう」なんて言わると本当にうれしいですね。

インタビューを終えて

自分自身を「真面目だ」と評した千原さん。そのエピソードからは、「みんなが好きなものを食べられるように」と料理のメニューが多彩な「ムスムス」を愛していたり、「試飲会で見る笑顔が何よりうれしい」と、日本酒を飲む人たちから喜びを感じたりと、彼女の「相手に真摯に向き合う姿勢」が表れていました。

◎店舗情報

  • 店名:「ムスムス
  • 住所:東京都千代田区丸の内1-5-1 新丸の内ビルディング 7F
  • 電話:03-5218-5200
  • 営業時間:(月~木・土)11:00~翌1:00 LO、(金)11:00~翌3:00 LO、(日・祝) 11:00~22:00 LO
  • 定休日:不定休(新丸ビルに準ずる)

(取材・文/SAKETIMES編集部)

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