日本国内では珍しい、250ppmという高い硬度の仕込み水で酒を醸す千葉県・岩瀬酒造。近年、世界的なワインの評価指標「パーカーポイント」の日本酒版で高く評価された「岩の井 山廃純米大吟醸」や、無濾過生原酒「赤ラベル」シリーズの発売などで注目を集めていますが、実は古くから熟成酒にも注力しています。

そんな岩瀬酒造の熟成酒の中から、53年熟成の最古酒を含めた7種類をブレンドした「あまてらす」が、クラウドファンディングサイト「ナナ福神」で販売中です。

この記事では、岩瀬酒造の代表取締役会長・庄野智紀さんと、「あまてらす」のブレンドを担当した日本酒プロデューサー・上杉孝久さんに開発エピソードをうかがい、岩瀬酒造の熟成酒の魅力と日本酒の熟成の可能性について迫ります。

昭和20年代から始まった岩瀬酒造の熟成の歴史

岩瀬酒造の貯蔵庫には、昭和44年(1969年)醸造の53年熟成酒から近年醸造されたものに至るまで、約1万5,000リットル、一升瓶換算で8,300本以上にもおよぶ熟成酒が保管されています。

岩瀬酒造の貯蔵庫

岩瀬酒造の貯蔵庫

岩瀬酒造が熟成酒に取り組み始めたのは、昭和20年代のこと。当時、千葉県工業試験場(現・産業支援技術研究所)の初代場長を務めていた古川董氏から、「『岩の井』のお酒は濃醇でしっかりしているので、熟成酒に向いている」と太鼓判を押されたのをきっかけに、日本酒を貯蔵・熟成し続けてきました。

その味わいは国内外から高く評価され、これまで、ベルギー・ブリュッセル国際コンクールの日本酒部門で「岩の井 20年秘蔵古酒」が最高評価のプラチナ賞を受賞。2019年には、ソムリエの田崎真也さんとコラボレーションしたブレンド古酒「平・和の調べ」を商品化したこともあります。

「あまてらす」

今回発売されたのは、岩瀬酒造の中でも最古にあたる昭和44年醸造の53年熟成酒をはじめ、7種類の熟成酒をブレンドした「あまてらす」です。

「テレビ東京の『BEYOND TOKYO』という番組で酒蔵のある千葉県御宿町が特集されたときに、30年熟成古酒を紹介したところ、制作スタッフの方が強い興味を持ってくれたんです。その後、テレビ東京がクラウドファンディングサイト『ナナ福神』を立ち上げるときに、コラボレーション企画として熟成酒を出品しないかと提案していただき、今回の開発プロジェクトに至りました」(庄野さん)

岩瀬酒造 代表取締役会長・庄野智紀さん

岩瀬酒造 代表取締役会長・庄野智紀さん

常温熟成がもたらす甘みのあるニュアンス

「あまてらす」のブレンドを担当したのは、日本酒プロデューサーの上杉孝久さんです。

戦国武将・上杉謙信公を先祖に持ち、米沢新田藩の上杉子爵家9代目当主でもある上杉さんは、地酒を提供する居酒屋や日本酒バーの経営をはじめ、日本酒講座の講師や「TOKYO SAKE FESTIVAL」などのイベント開催を通して、現在の日本酒市場のすそ野を広げるために尽力してきた人物です。

日本酒プロデューサーの上杉孝久さん

日本酒プロデューサー・上杉孝久さん

かつて、居酒屋のメニューには「酒」としか書かれず、契約している1社の日本酒だけを提供するスタイルが定番だったころ、東京で経営する居酒屋で地方の酒蔵から仕入れた複数のお酒をそろえ、「銘柄」を見せながら販売する手法を始めた上杉さん。

全国の地酒を造る酒蔵による日本地酒協同組合の専務理事も務め、「東京」という大きな市場に基づいた視点からそれぞれの酒蔵へアドバイスを行う中で、日本酒のブレンドを手がけることも多かったそうです。

「江戸時代までは、日本酒は熟成させるのが当たり前でした。明治時代になって税制が改正され、造った時点で税が課せられる『造石税』が導入されると、酒蔵はできあがったお酒をいち早く売ろうとするようになり、長期間熟成させる日本酒の価値が低いものになってしまいました。

私は酒蔵で眠っている熟成酒を見ると世に出したくなるので、岩瀬酒造さんから今回のお話をいただいたときはうれしかったです。

岩瀬酒造さんの熟成酒で注目すべきは、常温で熟成させている点です。マイナス以下の氷温でお酒を熟成させている酒蔵もありますが、どうしても変化の幅が少ない。常温で熟成させると、時を経るごとにどんどんニュアンスが変わっていきます。ブレンドのために、岩瀬酒造の熟成酒をテイスティングさせてもらえるのを楽しみにしていました」(上杉さん)

テイスティングをする上杉さん

テイスティングをする上杉さん

ブレンドにあたって、昭和44年(1969年)醸造の53年熟成酒から平成16年(2004年)醸造の18年熟成酒まで、すべてのお酒をテイスティングしたという上杉さんは、「どの年のお酒もハズレがなく、うまく熟成しているので驚きました」と感心します。

「『岩の井』は、新酒もおいしいですが、何年か寝かせたものは、さらにおいしいですね。酒蔵によって、できたてのお酒をなるべく早く飲んだほうがよい蔵と、熟成に向いている蔵がありますが、後者を支える酒質の屋台骨は“酸”だと思っています。『岩の井』の場合は、日本随一の硬い仕込み水がお酒をうまく寝かせるゆりかごになっているのだと感じました」(上杉さん)

「平・和の調べ」

「平・和の調べ」

今回のブレンドに際して、上杉さんが最も意識したのは、2019年に田崎真也氏がブレンドした「平・和の調べ」の淡麗な味わいとは異なる方向性に仕上げるということでした。

「『平・和の調べ』は、スッキリとした酸の出し方が独特で、良質なシェリーのようなニュアンスがありました。一方で、近年は甘味の強い日本酒にも注目が集まってきているので、淡麗辛口ではなく甘味が評価されていた近世のお酒を造るようなイメージで、『岩の井』の上品な甘さを引き出すことを目指しました。

最古の53年熟成酒をベースに、1982年醸造の一段仕込みで造られた素晴らしい甘味を持つ40年熟成酒を加え、あとの5種類はバランスを整えるように選びました。デコレーションケーキのスポンジにクリームを塗ったあと、5種類のフルーツを飾り付けていくようなイメージです」(上杉さん)

刀絵作家・宮本るなさん

刀絵作家・宮本なるさん

ラベルデザインは、刀による切り絵「刀絵」の名手・宮本なるさんに依頼。宮本さんは、鶴岡八幡宮などの神社仏閣へ奉納や御朱印を手がける作家で、かつて上杉さんがバレンタイン企画の日本酒を手がけた際にもラベルデザインを担当し、ヒット商品を生み出したことがあります。

「商品名の『あまてらす』は、宮本先生のアイデアです。透明の瓶に貼ると、黄金色に輝く古酒が切り絵から透けて見えて、天岩戸(あまのいわと=天照大神が隠れたとされる伝説の岩戸)から光が射しているようなデザインになっています」(上杉さん)

「あまてらす」のイメージデザイン

「あまてらす」の味わいについて、岩瀬酒造の庄野さんは、「岩瀬酒造のこれまでの商品とは違う」と顔を綻ばせます。

「天岩戸伝説は、『岩の井』の『岩』とリンクしていますし、『あまてらす』は、岩瀬酒造のセカンドブランドとしても使ってみたいと思える素敵な名前です。甘味をしっかり感じられながらも、味わい深く、『岩の井』のファンの方にも驚いてもらえるようなお酒になっていると思います」(庄野さん)

新酒では味わえないペアリング体験

岩瀬酒造の「岩の井」は、硬水仕込みによる独特の酸味で料理を引き立てますが、甘味を基調とする「あまてらす」もまた、さまざまな料理とのペアリングを可能にしてくれます。

「辛口の日本酒というのは、すっきりしてどんな料理にも合うと思うかもしれませんが、実は甘口のほうが、いろいろな味わいを包み込むため、より幅広い料理と合わせることができるんです。

和食なら、うなぎの蒲焼などの甘辛い味付けの料理がよいですね。中華料理やイタリアン、フレンチなど、世界中の料理にも寄り添います。フォアグラなんて天にも昇るほどの相性ですし、濃厚なバニラアイスに少し垂らすだけでもすごくおいしいですよ」(上杉さん)

「以前、イタリアンレストランで行われた古酒のイベントに『岩の井』を使っていただいたことがあるんですが、古酒とイタリアンのペアリングは、ワインよりも相性がよいのではないかと思えるほどなんですよ。バルサミコソースをかけたお肉やお魚と味わえば、『こんな食べ合わせがあるんだ!』と感動してもらえるはず。フレンチなら、千葉県産のあわびのソテーなどと合わせても最高でしょうね」(庄野さん)

昭和44BYの熟成古酒

今回ブレンドした中でもベースとなった53年熟成酒は、市場には一切流通していないお酒です。一升瓶で8本ほどしか現存しておらず、もし販売するとしたら一升瓶で140万円にもなるのだとか。

しかし、上杉さんは、「それだけの価値があるからといって、単体でそのまま売れるかといえば、まだそういう市場はありません」と話します。

「数種類の熟成酒をブレンドした『あまてらす』を、よりリーズナブルな価格で飲んでいただくことで、『岩の井の古酒はすごい』『熟成酒っておいしいんだ』と価値が認識されるようになります。そうして熟成酒の市場が育って初めて、単体での売り方が可能になるのだと思います」(上杉さん)

「あまてらす」は、375mLの容量で、価格は2万5000円。ですが、「それだけ自信があるお酒」と、庄野さんは胸を張ります。

「初めて熟成酒を試すという方にも満足度が高く、飲んだら確実に納得いただける価格設定にしました。熟成酒の市場は、弊社だけの力では広がっていきません。星付きのレストランなどで扱っていただくことで、新しいステージで評価される機会が増えていけばと思います」(庄野さん)

岩の井の熟成酒のイメージ画像

日本有数の硬水をベースとした「岩の井」ならではの熟成の魅力を体験できる「あまてらす」は、2022年7月からクラウドファンディングサイトでの販売受付が始まり、すでに目標金額を達成しました。

上品な甘味を酸による骨格が支えたバランスのよい味わいで、多種多様な料理に合わせられる熟成酒の世界。「あまてらす」は、古くて、新しい熟成酒というジャンルを広げる存在として、これからの日本酒の世界をまばゆく照らします。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

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