米どころの新潟県に蔵を構える菊水酒造は、数年前に「アグリビジネス準備室」を新設しました。この部署では、社員が田植えを行い、畑を耕し、酒米や野菜を栽培しています。いずれは、農業法人として独立することを目指しているのだそう。
日本酒の原料である酒米をみずから手がける酒蔵は近年増えてきていますが、菊水酒造はどうして野菜まで作っているのでしょうか。
そこには「米のことをもっと深く知ったうえで酒を造りたい」という飽くなき探究心、そして「新発田市(しばたし)とともに歩んでいきたい」という地元への愛情がありました。 今回は、菊水酒造が抱く農業への熱い思いをお伝えします。
酒蔵が米作りをする意味とは?
そもそも、酒蔵が米作りをする意味とはなんでしょう。菊水酒造の取締役・若月仁さんに話を伺いました。
「日本酒の原料は米。酒造りは米作りと密接な関係にあります。だからこそ、『自分たちの手で米を作りたい』と、ずっと考えてきました。2017年にようやくその準備が整い、それからは自社で作付けする農地を広げています」
若月さんは、長きにわたって、菊水酒造の製造部門を束ねていました。また、みずからの水田を所持し、米を育てているため、米作りから酒造りに至るまで、深く幅広い知識をもっています。新潟清酒学校で、原料に関する講義を行なうこともあるのだとか。
「昔の杜氏は、米の収穫が終わってから酒造りに入っていました。つまり、その年の米を知り尽くした状態で、酒を造っていたんです。しかし、杜氏の季節雇用が少なくなった今、酒の造り手が米の状況を細部まで知ることは難しくなってしまいました。みずから米を栽培し、蔵人の知見を深めることで、さらに良い酒を造れるのではないかと期待しています」
菊水酒造と同じ名前をもつ酒米「菊水」
実際に酒米を育てている田んぼを見学しました。訪れたのは、田植えを終えて1ヶ月ほどが経った6月初旬です。
会社に隣接する水田での米作りが始まったのは1997年。毎年、菊水酒造の社員たちが取引先やそれぞれの家族といっしょに、田植えや稲刈りを行なってきました。この取り組みは20年以上続き、ついに2017年、自社で田んぼを管理するまでになりました。
今年の生育状況を伺うと「長雨のせいで、少し成長が遅いかな」とのこと。「ただ、もっとも大切なのは、穂を付けるときの気候ですから」と、話してくれました。
ここで育てる米は、酒造好適米の「菊水」という品種。新潟県を代表する酒米「五百万石」の親として、後に「越淡麗」を孫にもつなど、とても優れた品質をもっています。
「『菊水』という米は1937年に誕生しましたが、戦時中の食糧難で姿を消してしまいました。偶然同じ名前をもつ私たちにとって、この酒米を復活させて酒を造りたいと願うのは自然なことだったんです」
酒米「菊水」は、1997年に地元農家グループの尽力によって、わずか25粒の種籾から復活を遂げました。そして2000年の冬、菊水酒造の手によって「酒米菊水 純米大吟醸」として商品化されています。ラベルの「菊水」の文字は、この稲穂を筆にして書かれたものです。
大根、ナス、キャベツ......酒蔵が野菜を作る!?
実は、菊水酒造が作っているのは酒米だけではありません。
なんと、野菜も手がけているのです。日本酒と野菜には関係がないように思われますが、なぜでしょう。
若月さんは「農業を『ビジネス』として成り立たせるためです」と語ります。
「多くの地域では、米を収穫した後に麦を育てるなど、二毛作の農業に取り組んでいます。しかし、新潟県は雪が多いため、水田を使える期間が短く、ひとつの農地で米だけしか作れません。それでは、アグリビジネスを単体で考えたときに、赤字になってしまいます。それをカバーするために、野菜が必要なんです」
野菜を育てる畑は、現在50アールという広大さ。大根やほうれん草、小麦など、10種類以上を栽培しているそうです。
「栽培を始めた当初は社員がローテーションで世話をしていましたが、本格的な事業がスタートした今年から、専任の2名が管理しています」
取材に伺った日、アグリビジネス担当の2人は、大根を出荷するために朝4時から畑に出ていたのだとか。野菜を収穫し、きれいに洗い、値段を付けて店頭へ持って行くまで、すべての工程を2人で行なっています。
実際に売り場をみてみると、出荷者の欄に「菊水酒造」と書かれた大根が並んでいました。「育て始めたばかりとは思えないくらい立派な野菜で、売り場でも見劣りしません」と、店のスタッフも太鼓判です。
「酒造りが加工産業であるのと同様に、野菜についても、今後は何らかの加工をして販売したいと思っています。ひと手間加えることによって、付加価値を高めたいのです」と、若月さん。すでに、この畑で採れた大豆が「二十割麹味噌」として、えごまの粒が「えごま油」として販売されています。
地域とともに生きる酒蔵
「新発田市は、農業の町なんです」と、若月さんは話します。みずからの水田を所有している人が多いため、不作の年は市民の元気がなくなってしまい、豊作の年は大いに活気づくのだそう。
「この地で米作りをすることは、地元に馴染んでいくひとつの手段でもあります。農業を通して、新発田の一部になっていくというか......菊水酒造を育ててくれた場所ですから、何らかの恩返しをしていきたいんです。後継者がいないために耕作放棄地になってしまっている水田も多いので、そういう場所を積極的に借りて、少しずつ自社栽培の面積を広げていくつもりです」
菊水酒造の地域や環境に対する取り組みは、農業ばかりではありません。日本酒を造る過程で出る排水汚泥の再利用や、地域の方々とともに草花を育てるなど、さまざまな形で地元に貢献しています。
地域とともに生き、この地の恵みを醸す。それこそが、菊水酒造の選んだ道です。 彼らのアグリビジネスはどのように成長していくのでしょう。これからの展開が楽しみでなりません。
(取材・文/藪内久美子)
sponsored by 菊水酒造株式会社
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