300年以上にわたり、銘醸地・灘で「米」にこだわる酒造りをしてきた沢の鶴。近年では、農業機械メーカーのヤンマーと共同で新しい酒米を開発する「酒米プロジェクト」の発足や、日本酒の新しい楽しみ方を提案する純米酒「SHUSHU」の発売など、老舗酒造メーカーでありながら柔軟な発想を取り入れ、新たなチャレンジを続けています。

2020年3月、沢の鶴はものづくりに関する独自のプラットフォームを運営する「TRINUS(トリナス)」とともに、新たなプロジェクトを立ち上げました。両社の担当者にお話を伺い、プロジェクトの全貌に迫ります。

技術×クリエイティブで新たな価値を生み出す

お話を伺ったのは、沢の鶴 マーケティング室 次長の宮﨑紘二さんと、TRINUS 代表取締役の佐藤真矢さん、同社プロデューサーの郷内ちひろさんの3名です。

TRINUS 代表取締役の佐藤真矢さん

TRINUS 代表取締役の佐藤真矢さん

TRINUSが運営するのは、「世の中にないイノベーティブな商品を生み出すためのオープンプラットフォーム」。世間一般にはあまり認知されていないメーカー独自の技術を活用するべく、商品開発やPR、クラウドファンディングによる資金調達、流通に至るまでを対応。商品化など、新たな価値を生み出すためのサポートを行っています。

特徴的なのは、4,000人以上ものクリエイターが所属するコミュニティーを抱えていること。さまざまなジャンルのクリエイティブな発想が日々提供され、商品化にも大きく貢献しています。

沢の鶴との接点が生まれたのは、2018年12月。沢の鶴の宮﨑さんが、とあるビジネス雑誌の中に、TRINUSと製菓メーカー・森永製菓の取り組みを取材した記事を見つけたことでした。

TRINUSのプラットフォームを利用して大手メーカーが持つ製造技術を活用したユニークな商品が生まれていることを知り、興味を持った宮﨑さんはアポイントを取ったといいます。

沢の鶴 マーケティング室 次長の宮﨑紘二さん(写真左)とTRINUS プロデューサーの郷内ちひろさん(写真右)

沢の鶴 マーケティング室 次長の宮﨑紘二さん(写真左)とTRINUS プロデューサーの郷内ちひろさん(写真右)

沢の鶴・宮﨑さん(以下、宮﨑):「私は沢の鶴で10年ほど商品開発に携わってきましたが、自分が携わると自分の考えられる範疇や世界観でしか商品を作ることができないと感じていて、その殻を破りたかったんです。TRINUSさんの記事を読んで、メールで問い合わせたところ、すぐに佐藤社長から返信をいただきました」

TRINUS・佐藤さん(以下、佐藤):「これまで当社ではお酒に関わるプロジェクトをやったことはありませんでした。ただ、私が個人的にお酒が大好きだったこともあり(笑)、宮﨑さんから問い合わせをいただいて、すぐに返信をしたんです」

まずは情報交換という形で両社のやり取りが始まりました。宮﨑さんから現在抱えている課題を聞いた佐藤さんは、新たな商品開発に向けてプロジェクトの立ち上げを決定。プロデューサーとして、クリエイターとの連携や進行をまとめる郷内さんがメンバーに加わり、プロジェクトが動き出します。

外部の視点から見えてきた"4つの魅力"

まずTRINUSが行ったのは、沢の鶴で働く蔵人へのヒアリングです。「沢の鶴のお酒を造っていて『ここはすごいぞ』と自慢できること」や「こういう商品があったらいいなと思うもの」など、蔵人から意見やアイデアを聞いて、新商品のコンセプトにつなげていく作業を行いました。

TRINUS・郷内さん(以下、郷内):「沢の鶴の蔵人さんから特に多く挙がったのが、常温流通が可能なお酒を造る技術と、米へのこだわり。ほかにも気になるポイントはたくさんあったので、コンセプトメイクが得意なクリエイターとともに、『醸造技術をコアにしてどんな商品が作れるか』というアイデアを固めていきました」

ヒアリングの結果、TRINUSは、沢の鶴の持つシーズ(製品化や事業化の可能性がある技術、作業、知見、経験、情報など)の中から、以下の4つのポイントに着目しました。

  1. 麹使用比率が高い純米酒の原酒
  2. 「限外濾過(げんがいろか)」による、常温流通可能な生酒
  3. 社員が一様に美味しいと評価する、「生酛・純米・山田錦使用」のお酒
  4. 社内に100名以上の唎酒師がいること

この4つのシーズを活用した商品を開発するために、今回のプロジェクトにマッチするクリエイターを選抜し、チームを結成。宮﨑さんは商品企画の稟議を通すため、社内に向けてプレゼンを行い、佐藤社長とともに沢の鶴の西村隆社長の前で企画の主旨を説明しました。プロジェクトは商品化に向けて大きく前進します。

佐藤:はじめからすんなりOKとはいきませんでしたね。沢の鶴さんのような大手の酒蔵となると、既存設備などの運用の関係で商品開発への制約が少なからずあります。その中でどれだけ"遊び"を出せるかを考えるのは大変な部分でもありましたが、そこは我々の腕の見せどころです。西村社長からは商品化にあたっていくつかご指摘をいただいたので、それらも参考にしながらブラッシュアップをしていきました。

沢の鶴の"当たり前"を打ち出した新商品

こうして、沢の鶴の技術とTRINUSのアイデアが詰まった2つの新商品が誕生しました。

沢の鶴「たまには酔いたい夜もある」

ひとつは、「麹使用比率が高い純米酒の原酒」というシーズを活かした純米原酒「たまには酔いたい夜もある」。仕事や家事、育児などを毎日がんばっている女性をメインターゲットとした商品です。

郷内:忙しい毎日を過ごしている人たちに向けて、『お酒を飲むことができる貴重な時間には、じっくり自分と向き合いながらお酒を楽しんでもらいたい』との思いで作った商品です。『たまにはゆっくりお酒を飲みたいな』という気持ちがそのまま商品名になっています。晩酌の様子を写真に撮ってSNSにアップする方も多いので、『#たま酔い』のハッシュタグをつけて日々の悩みといっしょに投稿してくれたらうれしいですね。

麹をたっぷり使い、旨みと甘みがしっかり出ているのが特徴。そのまま飲むのはもちろん、紅茶や乳酸菌飲料、レモン味の炭酸水など、お好みのドリンクで割って飲むことも提案しています。

TRINUS プロデューサーの郷内ちひろさん

「個人的に好きな組み合わせは『たま酔い』と紅茶。無糖の紅茶で割っても、お米の甘みがしっかり感じられるのですごく飲みやすいんです」と郷内さんは笑顔で語ります。

また、星座が浮かぶエモーショナルなパッケージデザインにも注目。たまには酔いたい、そんな日の帰り道に見上げた夕暮れ時の空をイメージしてデザインされました。スーパーやコンビニの日本酒コーナーに並んだときに、パッと目を惹くようなデザインにこだわったといいます。

沢の鶴が贈る渾身の一杯「100人の唎酒師」

もうひとつの商品は、「100人の唎酒師(ききざけし)」。

TRINUSは、酵素をほとんど除去して酒質の変化を抑えることのできる、沢の鶴の高度な濾過技術に着目。「限外濾過」と呼ばれるこの技術を活用すれば、加熱処理を一度も行わずにしぼりたてのフレッシュな味わいと香りを保つことができ、生酒の常温流通が可能です。

また、沢の鶴の社員の多くが「生酛・純米・山田錦を使った自社商品」が特においしいと答えていた点も印象に残ったことから、「山田錦を使った生酛造りの純米生原酒」という、今まで沢の鶴の商品ラインナップにはなかったスペックでの商品化に踏み切りました。

そして、TRINUSがもっとも注目したのが、沢の鶴の社員には唎酒師の資格保持者が100人以上もいること。この事実を知ったとき、郷内さんは担当のクリエイターとともに驚きの声をあげたといいます。

郷内:「ひとつの企業に唎酒師が100人以上もいるのは、外部の人間である私たちから見るとすごいこと。それがきちんと伝わるよう、沢の鶴のクラフトマンシップを商品名に反映しました。

「100人の唎酒師」のボトルデザイン案

パッケージには本当に100人の人物イラストを描いて、実際に沢の鶴で働いている方をモチーフにしています。日本酒初心者の方もターゲットに考えているので、『いかにも日本酒!』というパッケージよりは、『これなんだろう?』と興味を持ってもらえるようなデザインを意識しました」

口当たりが柔らかく、米の旨みや香りをしっかりと感じる味わいを表現。日本酒初心者を意識した商品とのことですが、事前に試飲会を行った際は、日本酒愛好家からも「普段飲んでいる生酒と違ったおいしさがある」「おもしろい」という評価を得られたといいます。

生酒の常温流通技術も、唎酒師が100人以上いることも、沢の鶴にとってはごく当たり前のこと。TRINUSという外部の視点が入ることによって、メーカーとしての特徴にスポットライトが当てられることになりました。

「たまには酔いたい夜もある」のボトルデザイン案

2つの商品のデザインは、いずれも複数の案をプロジェクトチームのクリエイターたちが作成。TRINUSで20~30代を中心とした数十人規模の試飲会を開催し、気に入ったデザインに投票してもらいました。現在の案は、その投票で圧倒的な支持を受けたものです。

宮﨑さんは「普段は、商品発売前にこれほどしっかりターゲットを調査できないので、とても勉強になりました」と感慨深い様子で話します。

メーカーから強みを発信する、新しい手法として

無事に商品化まで漕ぎつけ、TRINUSのWEBサイトではクラウドファンディングによるテストマーケティングも開始しました。それでも、プロジェクトはまだ動き出したばかり。実際に消費者の手にわたり、どのように評価されるかはこれから見えてくることではありますが、現時点では両社ともに手応えを感じているといいます。

沢の鶴 マーケティング室次長の宮﨑紘二さん

宮﨑:「TRINUSさんに協力をお願いして、はじめはどうなるんだろうとドキドキしていました。クリエイターの方々も含めて関わる方がお若く、まさに沢の鶴が取り込んでいきたい世代。社外の方が日本酒をどう見るのか、沢の鶴をどう見るのかを非常にフラットな状態で話してくれるので、とても新鮮でした。

我々では考えつかなかったコンセプトやパッケージデザインを作ってもらって、現時点ではとても満足しています。社内でも『今までとは違うな』と期待感を持っている社員は多いですね。消費者の方々の反応が出てくるのはこれからですが、とても楽しみにしています」

TRINUS 代表取締役の佐藤真矢さん

佐藤:「2つともキャッチーな商品ですし、日本酒に馴染みのない人にも届くのではないでしょうか。今後はキャンペーンの展開など、『どう届けていくか』という一歩踏み込んだところに挑戦していく予定です」

今回の取り組みは、今後の商品開発においても参考になる点が多く、双方にとって学びのあるプロジェクトとして進行しています。

郷内:「以前、イベントで沢の鶴の蔵人さんにお会いしてお話を伺ったんですが、みなさん沢の鶴で働く人たちのことを話してくれるんです。『沢の鶴の一番の魅力はなんだと思いますか?』と聞くと、みなさんが『人です』と答えてくれたのがとても印象に残っています。

実際に酒造りをしている方々とお会いすることで、お酒に対する愛情や商品開発に対する思いが伝わってきました。その情熱や思い入れをアウトプットするお手伝いをTRINUSとしてできるのは、とても素敵なことだと感じましたね。今後、ほかの商品に携わるときにも、この感覚は大切にしていきたいです」

宮﨑:「今回の商品は消費者ニーズをもとに造ったものではなく、我々が当たり前だと思っていた技術や作業を新しい見せ方で表現するための商品です。メーカーで働く人間は自社の技術に誇りを持っていますが、一方で商品が売れなければ『いいものを作っているのになぜ売れないんだ』という不安や不満を抱えてしまうもの。

今回の2つの商品の展開が成功すれば、『メーカーは消費者のニーズを追いかけるだけではなく、こちらから提案や発信をしていかなければいけない』ということの証明になります。メーカーとしての強みを発信していく新しい手法として、これからの商品開発に活かされていくことを期待したいですね」

「たまには酔いたい夜もある」と「100人の唎酒師」

今回のプロジェクトで生まれた沢の鶴の2つの商品は、TRINUSのWEBサイトでクラウドファンディングによる先行予約販売を実施中です。「たまには酔いたい夜もある」には、割って飲むためのドリンクが、「100人の唎酒師」には升とグラスなどがセットになっているので、商品が到着したらすぐに楽しむことができます。

沢の鶴の新たな挑戦への意気込みを感じる2つのお酒。ぜひストーリーを感じさせるパッケージデザインを眺めながら、蔵人の技術と情熱がこもった一杯を楽しんでみてください。

◎「TRINUS」クラウドファンディングページ

(取材・文/芳賀直美)

sponsored by 沢の鶴株式会社

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