創業から300年以上の歴史を誇る老舗酒蔵「沢の鶴」。もともとは米屋として創業し、米の旨味をしっかりと引き出した酒造りに取り組んできました。銘醸地・灘を代表する酒蔵のひとつとして、多くのファンに愛されています。

2023年9月、そんな沢の鶴から、新しい日本酒「生酛造り(きもとづくり)のきもとさん」が発売されました。伝統的な製法「生酛造り」による本格派の日本酒ですが、ふくよかな旨味とキレの良い後味が特徴で、日々の食事にぴったりの親しみやすい一本です。

 

そして、この日本酒のもっとも大きな特徴が、ラベルに描かれた「きもとさん」というキャラクター。「かわいい顔して本格派やで」と神戸弁で話しかけてくるこの人物(?)は、どこか懐かしく、親しみを感じる存在です。

この「きもとさん」というキャラクターは、どのようにして誕生したのでしょうか。沢の鶴の担当者と、キャラクターのデザインを手がけたクリエイターの方々に、話を伺いました。

「日本酒は難しい」というイメージを変えたい

話を伺ったのは、沢の鶴株式会社 マーケティング室の矢野麻己子さん、ものづくりのプラットフォームを運営する株式会社TRINUSのプロデューサー・北野綾子さん、クリエイティブチーム「heso」のディレクター・須藤千賀さんとデザイナー・澤田美野里さんです。

TRINUSの北野さん、hesoの須藤さん・澤田さん、沢の鶴の矢野さん

(写真左から)TRINUSの北野さん、hesoの須藤さん・澤田さん、沢の鶴の矢野さん

沢の鶴がTRINUSと商品開発をしたのは、今回の「生酛造りのきもとさん」が4度目。これまでに「たまには酔いたい夜もある」「100人の唎酒師」「整酒(トトノイサケ)」の3商品を企画し、いずれも好評を博しています。

新しい商品の開発にあたって、沢の鶴がTRINUSにオファーを出したところから、今回のプロジェクトが始動しました。

沢の鶴株式会社 マーケティング室 矢野麻己子さん

沢の鶴株式会社 マーケティング室 矢野麻己子さん

「プロジェクトがスタートしたのは、2022年4月ごろでした。特に若い世代の方々が抱いている、日本酒に対する『難しい』というイメージを払拭する新しい商品をつくりたいと思い、良いアイデアはないかとTRINUSさんに相談したんです」(矢野さん)

沢の鶴から相談を受けたTRINUSの北野さんは、自社に登録している4,000名以上のクリエイターの中から、プロジェクトに合った候補を選出。真っ先に思い当たったのが、クリエイティブチーム「heso」だったといいます。

株式会社TRINUSのプロデューサー 北野綾子さん

株式会社TRINUSのプロデューサー 北野綾子さん

「実は、相談を受けた時点で、hesoのみなさんにお願いしたいと思っていました。過去にもいっしょにお仕事をさせてもらっていて、お酒が好きなメンバーがいることも知っていましたし、いつも素晴らしいアイデアを提案してくれるんです」(北野さん)

その後、hesoのメンバーの中から、日本酒好きの須藤さんと澤田さんが担当することが決まり、プロジェクトチームが発足。まずは沢の鶴のことを深く知るために、兵庫県の灘にある酒蔵を訪問しました。そこで、酒造りの工程やこだわり、酒蔵としての歴史を知る中で、新商品のコンセプトが少しずつ固まっていったといいます。

「私たちが特に注目したのが『生酛造り』です。伝統的で手間のかかる製法ですが、米にこだわり続けている沢の鶴さんから『米の旨味を引き出すには、生酛造りがベストだ』という話を聞いて、これをコンセプトにしたいと思いました」(須藤さん)

昔ながらの製法である生酛造りでは、天然の乳酸菌を取り入れながら、発酵を進めていきます。

現代の一般的な製法と比べると非常に複雑で時間のかかる手法ですが、その点に魅力を感じた須藤さんと澤田さんは「生酛造りをテーマに、ストーリー性のあるオリジナルのキャラクターをつくりたい」と提案し、沢の鶴も快諾。

沢の鶴がずっと大事にしてきた米のポテンシャルを最大まで引き出してくれる生酛造りの魅力を、親しみやすいキャラクターを通して訴求することで、日本酒にハードルを感じている若者にも手に取ってもらおうと考えたのです。

生酛造りの魅力を伝える、“神戸のマダム”

それからは、デザイナーの澤田さんがキャラクターのデザイン案を作成し、ディレクターの須藤さんの意見を反映させながら調整した後、沢の鶴に提案するという作業を何度も繰り返していきました。

デザイン案の中には、発酵の過程で微生物がサバイバルしていくイメージからモンスターをモチーフにしたものや、日本文化の象徴でもある歌舞伎役者をモチーフにしたものなど、さまざまなアイデアがあったといいます。

「生酛造りのきもとさん」のラベル案

そうして誕生したのが、神戸弁を話すユニークなキャラクターの「きもとさん」です。

シンプルな線で描かれ、パーマをあてた髪が顔にかかることで米粒の欠けが表現されているのがポイント。生酛造りの工程で、米をよく溶かすために米をすり潰す際に使用される木桶もデザインされています。

「微生物のサバイバルによって育まれる、生酛造りならではの『たくましさ』、沢の鶴が大事にしている『大衆』に向けた酒造り、そして、発酵のもととなる酛は『酒母』とも呼ばれることから、それぞれのイメージをかけ合わせることで、きもとさんが生まれました。パワフルでありながら、親しみやすさも感じられる、味のあるキャラクターになったと思います」(須藤さん)

「沢の鶴が神戸市にあるので、きもとさんは“神戸のマダム”をイメージしています。おしゃべりが好きな“昭和のお母さん”の雰囲気もありつつ、お出かけする時はきちんとメイクをして、髪のセットも欠かさない、品のある感じを出したいと思いました。顔の形、目の大きさ、髪型、木桶の大きさなど、何度も微調整をして、現在のデザインにたどりついています」(澤田さん)

クリエイティブチーム「heso」のデザイナー 澤田美野里さん

クリエイティブチーム「heso」のデザイナー 澤田美野里さん

ちなみに、きもとさんという名前は、キャラクターのデザインが固まるよりも早い段階で、須藤さん・澤田さんの中でアイデアがあったのだとか。「生酛」という言葉は消費者には馴染みがなく、そもそも漢字の読み方もわからない。その最初のハードルを下げるため、また、日本人の名字のような響きがあるため、きもとさんという愛称になったといいます。

神戸弁で生酛造りの魅力を語る、愛らしいお母さんとして誕生したきもとさん。沢の鶴から見ても、満足のいくキャラクターデザインに仕上がりました。

「商品の顔になる存在なので、沢の鶴として世に出す意味のあるキャラクターにしたいと考えていました。そういう点でも、きもとさんのデザインを見た時に、『これだ!』という納得感がありましたね。課題だった『日本酒って難しそう』というイメージを取っ払ってくれるのではないかという期待が高まりました」(矢野さん)

日々の食事に寄り添う、すっきりとした本醸造酒

キャラクターデザインと酒質の方向性がある程度決まったタイミングで、より広い意見を取り入れるため、一般の消費者を対象とした試飲会を実施しました。商品のデザインから受ける印象と実際に飲んだ時の体験の整合性を確認するために、沢の鶴とTRINUSのプロジェクトでは、毎回このような試飲会を行っているといいます。

ラベルデザインと酒質が異なる複数のパターンを用意し、20~60代の男女を対象に、もっとも気に入った組み合わせはどれか、アンケートに答えてもらいました。

試飲会の様子

その結果、白・黒・赤の3種類で用意したラベルデザインに関しては、ほぼ均等に票数が分かれることに。最終的には「売り場に並んだときに目を引きやすい」という判断で、赤いラベルが採用されました。

酒質は「純米酒」と「本醸造酒」の2種類を用意。こちらは、本醸造酒のほうに票が集まりました。

その理由としてもっとも多かったのが、「本醸造酒のほうがすっきりとしていて飲みやすい」という意見。須藤さんは「純米酒のほうももちろん美味しいのですが、きもとさんのような親しみやすいキャラクターには、より飲みやすい酒質のほうが合っているのでは」と分析します。

クリエイティブチーム「heso」のディレクター 須藤千賀さん

クリエイティブチーム「heso」のディレクター 須藤千賀さん

沢の鶴は米のポテンシャルを大事にした酒造りに取り組んできたため、純米酒ではなく本醸造酒が選ばれたことに、最初は少し戸惑ったという矢野さん。しかし、一般の消費者が実際に試飲した感想を大事にしたいと、前向きに捉えました。

「たしかに、アルコール添加をしている本醸造酒のほうがすっきりとしていて飲みやすいんですよね。それでいて、生酛造りならではの米の旨味がしっかりと感じられるので、沢の鶴らしい一本だと思います。

冷やしても温めても美味しく飲んでいただけるので、家族や友人とさまざまな料理を楽しみたい時も、スーパーの惣菜でひとりでゆっくりと晩酌したい時も、どんなシーンや食事にも相性が良い仕上がりになっています」(矢野さん)

キャラクターのイメージが固まっていく中で、チーム内で「きもとさんをしゃべらせたい」というアイデアも生まれました。商品のラベルや首かけに書かれたふきだしの他、きもとさんの声が入った動画も公開されています。

 

沢の鶴とTRINUSが手がけてきた商品開発において、コンセプトの設計や商品のネーミングなどを手がけてきたデザイナーの清水覚さんが中心となって、「かわいい顔して、本格派やで」「日本酒嫌いなんて言わんといてよ」など、クスッと笑える魅力的なキャッチコピーが生まれました。

たくさんの愛情を受けて育った「きもとさん」

「素晴らしいメンバーが集まったからこそ、こうして良い商品が生まれました」と、笑顔を見せる矢野さん。他のメンバーも、それぞれの思いが込められた商品がお客さんに手に取ってもらえる日を心待ちにしています。

沢の鶴の新しい日本酒「生酛造りのきもとさん」

「みなさん、きもとさんに対する愛情がとても強いんです。そんな素晴らしいキャラクターを生み出してくれたhesoのおふたりも、新しいアイデアを受け入れてくれる沢の鶴さんもすごいと思いました。このチームだからこそ実現できたプロジェクトだと思います」(北野さん)

「発売されてから育っていく商品もありますが、リリースする前に、こんなにも時間をかけてじっくりと育て上げることができたのは新鮮でした。みなさんといっしょにたくさんの愛情と熱量を注いで、とても楽しい商品開発でしたね」(須藤さん)

「個人的には、きもとさんのことを考える時間がとても濃かったので、店頭に並んでいるのを見たら、感極まってしまうかもしれません。日本酒をまだ飲み慣れていない方々にも、キャラクターを通して、沢の鶴の魅力が伝わればいいなと思います」(澤田さん)

TRINUSの北野さん、hesoの須藤さん・澤田さん、沢の鶴の矢野さん

「生酛造りのきもとさん」は、全国のスーパーや酒販店、沢の鶴の公式オンラインショップなどで9月18日から販売を開始しています。売り場できもとさんと目が合ったら、おしゃべりに耳を傾けるように、手に取ってみてください。

(取材・文:芳賀直美/編集:SAKETIMES)

sponsored by 沢の鶴株式会社

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