高知県の酔鯨酒造は、連載の第1回で大倉広邦社長がお話ししていたように、気軽に買い求められる日常酒と、プレミアム価格帯の高級酒の両方をバランスよく生産し続けています。
それぞれの製造を担当しているのが、1969年の創業時から続く"長浜蔵"と、2018年にオープンした"土佐蔵"です。SAKETIMESでは、このふたつの蔵を訪問し、それぞれの役割と両者に通じる「酔鯨らしさ」についてお話を聞きました。
この記事では、日常向けのテーブル酒を製造し、伸び続ける酔鯨の生産量の7割を支えている"長浜蔵"にフィーチャーします。
「酔鯨」の成長を支える長浜蔵
JR高知駅から車で南へ20分、太平洋沿岸からわずか1kmという海辺の町の一角に、酔鯨酒造の長浜蔵はあります。
見学を受け入れている土佐蔵とは異なり、長浜蔵は一般には公開されていません。しかし、蔵前に設けられたショップで日本酒やグッズを購入することができるため、「毎年、ここを訪れるために高知旅行をしている」というファンもいるのだとか。
長浜蔵で造られているのは、ラベルに鯨のイラストが描かれた日常向けのレギュラー商品です。「酔鯨」の味わいを代表する「特別純米酒」や、「純米吟醸 吟麗(ぎんれい)」を中心に、酔鯨酒造の生産量の7割を占めるラインナップを製造しています。
「土佐蔵は酔鯨酒造の先進的な部分であり、ハイブランドの商品を造っていますが、長浜蔵は生産量が多いスタンダードな商品を担当しています。日々の食卓を彩るお酒として、より広くお客さんに届けることが目標です」
そう話してくれたのは、長浜蔵の杜氏を務める藤村大悟さんです。
大倉広邦社長が実家の酔鯨酒造に戻った2013年当時、同酒蔵の売上は約5億円でしたが、営業努力と企業体制の改革によって急成長。2021年9月には、売上10億円突破を達成しました。
連載第1回のインタビューにて、大倉社長は、「一般の人たちが買うのは、コンビニやスーパーマーケットに並んでいるお酒」と、日常酒を安定的に供給することへの使命感を語っていました。まさに、リーズナブルで広く流通する定番商品を造り、酔鯨酒造の生産量の伸長を支えているのが、この長浜蔵なのです。
「『特別純米酒』は精米歩合55%で、 酸によってキレの良さを感じる食中酒。多くの人が酔鯨酒造と聞いて思い浮かべる"The 酔鯨"のような味わいのお酒です。『吟麗』は精米歩合50%の純米吟醸酒で、以前は愛媛県産の松山三井という酒米を使っていましたが、増え続ける製造量に対してお米が足りなくなったため、2020年4月発売開始分より、全量を北海道産の吟風に変更しました。同じく酸が強めでスッキリしていますが、料理の味わいを邪魔しない吟醸香をあわせ持つ商品です」
新しくできた土佐蔵では自社精米をおこなっていますが、長浜蔵では外部で精米されたお米で酒造りをしています。一般的な特別純米酒や純米吟醸の基準に比べて精米歩合が低いのは、お米をなるべくたくさん磨くことでより高品質にするためだそうです。
そのほか、長浜蔵では、本醸造や特約店向けのアルコール度数13%の低アルコール酒「れのわ」、高知県産のゆずを使ったリキュールなど、バラエティ豊かなラインナップを手がけています。
大量生産を可能にするチームワーク
長浜蔵は、杜氏の藤村さんを中心に、9人体制で酒造りにあたっています。
洗米機として、洗米と吸水の機能がついたハイテクな機械を導入しているとはいえ、最新設備をそろえる土佐蔵と比べると長く使い込んでいる機材も多く、手作業が中心です。
「限られた設備の中で、大量のお酒を仕込むので、狙った日数で仕上げることが何よりも重要になります。次のお米が搬入されるから、麹室から麹を出す時間は決まっているし、タンクも数日後には新しいお酒を仕込まなければならないので、予定した日数ぴったりに空けなければなりません」
ひとつの仕込タンクがひとつの商品になる土佐蔵とは違い、複数のタンクでできたお酒をブレンドして商品化するため、「すべてのタンクの造りをブレなく、平均に合わせることが重要」と話す藤村さん。
各工程を狙いどおりに仕上げるために、チームワークを何より大切にしています。日常業務は洗米担当、仕込み担当などそれぞれの工程に分かれていますが、麹づくりは5~6人がかりで取り組みます。休日は交代制で取るため、掲示板を使ったり、4人の社員で連絡を分担したりと、情報伝達の徹底には気を遣っているそう。
「私が好きな言葉は『和醸良酒』。"和の心こそがよいお酒を醸す"という意味です。締めるところはしっかり締めますが、和気あいあいとした雰囲気を作ることを心がけています。
そのおかげか、チームワークはよく、指示を待つのではなく、一人ひとりが仲間の動きを見ながら行動ができています。大変そうなところにはフォローに入ったり、声をかけなくても目配せで合図ができたり。少ない人数でたくさんの量を造るために、全員がチームプレイを意識しています」
限られた人数と設備の中で、安定的な品質のお酒を生産し続けるため、「分担」と「連携」を行う長浜蔵。このチーム力があってこそ、246本の仕込みタンク数(2021年BY・予定)という圧倒的な生産量が可能となるのです。
土佐酒の魅力に目覚めて
2005年に入社し、今年で勤続18年目を迎える藤村さん。高知大学理学部で化学分野の分析の研究をしていた学生時代、水の研究で大学を訪れていた酔鯨酒造の社員と知り合ったことが、酔鯨酒造入社のきっかけとなりました。
もともとお酒は大好きだったという藤村さんは、研究室で参加した高知県のきき酒大会で上位にランクイン。賞品の日本酒をみんなで飲み比べていたときに、「土佐酒っておいしいんだな」と高知県の日本酒の魅力に目覚めたといいます。
「土佐酒はスッキリしていて、酸が強いのが特徴です。また、土佐には『可盃(べくはい)』や『はし拳』など、楽しく飲みながら遊べるお座敷遊びの文化があります。 もともと化学を専攻していたので微生物の知識はなかったんですが、高知の日本酒文化に触れるうちに、酒造りに興味を持つようになりました」
高知県は、女性も男性も関係なく宴でお酒を楽しんできた歴史がある、全国屈指の酒好きエリア。そんな文化の中で培われた酔鯨の日本酒に惹かれた藤村さんは、入社から現場で酒造りを修得。洗米担当から、濾過・火入れ、麹づくりなどを経て、各工程をマスターしていきました。
そして入社13年目。2018年に土佐蔵が完成したタイミングに、現在の土佐蔵の杜氏を務める明神真(みょうじん・まこと)さんから引き継ぐかたちで、長浜蔵の杜氏に就任しました。
社内公募制の杜氏募集に自ら手を挙げたという藤村さん。杜氏といっても威圧感のある存在ではなく、「気さくに話しかけてくれるから、報告がしやすい」と蔵人から評価されるほど。お酒が好きで、会話の端々から日本酒への深い愛が伝わってくるのも、人望を集める理由です。
「もともと人間観察が好きなので、何か言いたいことがありそうな人には自分から声をかけるように気をつけています。杜氏にもいろいろなタイプの人がいますが、一人の杜氏にみんなが付いていくという昔ながらのスタイルは自分には合っていません。『和醸良酒』の言葉どおり、"みんなで一緒にやる"ということを大切にしています」
そんな藤村さんが蔵人たちにアドバイスするのは、「息抜きするための趣味を持つ」ということ。
「酒造りは大変なので、忙しかったり、うまく行かなかったりすると、嫌になってしまうことがあります。だからこそ、新しく入ってきたスタッフには『大変なときに自分の心を守る何かを持っておくように』と、アドバイスをしています。
私自身は、忙しいときほど初心を思い出すように心掛けています。私のモチベーションは、『自分でおいしいお酒を造って飲んでみたい』という気持ち。毎日のようにたくさんの量を造らなければならないので大変ですが、酔鯨酒造で働きたいと思ったきっかけや、なんのために酒造りをしているのか、いつも初心を振り返るようにしています」
「酔鯨」の味わいをつくる鯨の形
「どんなお酒も好きだけれど、中でも酔鯨がいちばん好き」と顔をほころばせる藤村さん。そんな藤村さんが守り続ける酔鯨の味とは、どのようにして造られているのでしょうか。
「仕込み水は、土佐蔵も、長浜蔵も、平成の名水百選に選ばれた高知県・鏡川上流域で汲んだ軟水を使用しています。もともと、長浜蔵にも井戸があったんですが、海が近いので海水が混ざるようになってしまって、約27年前から毎日水を運んでくるようになりました。
また、酔鯨酒造の造りの特徴は、もろみを管理するときの『BMD曲線(※)』が前急型で、仕込みの前半に高い山ができること。これは、お米がしっかりと溶けて、しっかり発酵していることの表れ。この形を目指すことで、酸が高く、キレのよい酔鯨らしい味わいができあがるんです」
※編集部注:「BMD曲線」=日数ごとのボーメ度(もろみの中の糖の比重)の変化をグラフにしたもの
その曲線は、どこか鯨を横から見た姿にそっくり。酔鯨のモチーフである鯨の形を目指すと酔鯨らしい味わいができるというのは、なんとも不思議な現象です。
高知は温暖な気候で、春と秋の気温が高いことが酒造りの大きなハードルになります。長浜蔵は土佐蔵のようにすべての部屋に空調設備を備えられているわけではないため、発酵のコントロールは気候や時間との闘い。限られた設備の中で、温度を下げるために製氷機を導入し、ひたすら氷を入れる作業が続きます。
ほんの少しの違いで、味わいが変わってしまう日本酒造りですが、藤村さんは「それが難しさであり、おもしろさでもある」と捉えています。
「入社したばかりのころ、指導員だった先輩から、『自分たちが酒を造っていると思い込んではいけない』と教わったんです。
お酒を造っている主役は微生物であって、蔵人は温度や水分を調整することで彼らを支える役割なんだと。たとえば、同じ収穫年の同じ品種のお米であっても味が変わってしまうことだってある。それを狙いどおり造ることにやりがいを感じています」
レギュラー酒として安定した酒造りを目指しながらも、「毎年、少しでもおいしい方向に持っていきたい」と語る藤村さん。制約の多い環境の中でも、「おいしいお酒を飲みたい」という初心を忘れず、やりがいを感じながらお酒を造る。そんなチームが「酔鯨」という良酒を醸しているのです。
2013年に大倉社長が酒蔵に戻ってから、「世界の食卓に酔鯨を」を目標に新しいスタートを切った酔鯨酒造。
新しい時代に挑戦していく酔鯨酒造の象徴として、世界の人々にその取り組みを示す"土佐蔵"に対して、"長浜蔵"は、リーズナブルな日常酒を中心に生産量の7割を製造し、酔鯨酒造の成長の土台を支えています。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)
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