今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。テレビドラマで映像化もされた時代小説「みをつくし料理帖」に見つけた一品を再現し、これを味わいつつ酒を楽しみます。
本作は、料理屋「つる家」を舞台として、主人公の料理人・澪を中心にさまざまな人々を交えて綴られた人情物語。幾重にも繰り広げられる劇的なストーリーもさることながら、澪が作る創意工夫に富んだ料理も見どころです。
そのなかに、こんなシーンがありました。
とある事件により気力を失った主人、種市。憔悴して寝込んでいた彼ですが、思うところがあって起き、澪に夕食を作るように頼みます。澪は仕入れてあった浅蜊を使うことにしましたが、ありきたりな味噌汁などではなく、どうせなら種市の気が晴れるような料理を思案します。そこで、ふと目に入ったのが、神棚に供えられている御神酒でした。
鉄鍋を熱して胡麻油を入れ、種を抜いて小口に切った鷹の爪と、生姜のみじん切りを炒める。そこへ浅蜊を入れるとじゃっと激しい音がする。油撥ねに耐えて、殻を割らないようにごく軽く炒めると、お神酒をとくとくと注いて鍋に蓋をした。
みをつくし料理帖(ハルキ文庫)第五巻「小夜しぐれ」より
御神酒を使うと聞くと大層なイメージがありますが、居酒屋などでお馴染みのメニュー「浅蜊の酒蒸し」です。
澪は御神酒をたっぷりと使ったようで、これならきっと美味しくできあがるはずです。
澪はほかほかと湯気の立つ器を店主に差し出した。湯気の温もりとともに酒と潮の香り。旨そうな匂いだ、とまずは汁をひと口。
「......こいつぁいけねぇ」
みをつくし料理帖(ハルキ文庫)第五巻「小夜しぐれ」より
種市の言葉は、料理を否定しているわけではありません。作品中、幾度となく描かれる試食のシーンに出てくるセリフなのですが、「堪らなく旨い」が真意。現代の若者がよく使う「やばい」に相当するでしょうか。
本作は、これで店主が元気を取り戻して完結する簡単な話ではないのですが、種市を満足させた澪の心づくしを晩酌の友にしたい衝動は抑えられません。
「仙禽」の旨みと、浅蜊の滋味を合わせる
澪と同じように酒蒸しを作ってみました。私が普段作るような、にんにくやバターを効かせて、少し洋風に仕上げるものよりあっさりしていそうに思えましたが......。
いざ味見をすると、浅蜊から出る潮の風味が濃厚で、目から鱗のおいしさ。素材を生かす和食の妙に感服です。
これに合わせる酒は、深くて濃い浅蜊の滋味に負けないしっかりとした旨み、濃厚な後味も楽しませてくれそうな余韻の長さ、などの条件を考えていました。また、時節柄さっぱりと楽しめるフレッシュなテクスチャーがあればなお良し。そして、数あるなかから見つけたのがこの一本でした。
まずは、程よく冷やして一杯。きりっとした上立ち香は甘酸っぱい果実を思わせます。含んでみると、ピリッとした舌触りが爽快です。口に広がる酸味と、じわっとしみてくる甘み、その背景にある豊かで確かな素材味。バランスが良いというよりは、酒が美味しくなるポイントが随所で競い合っている印象がして、面白みすら感じます。
また、高精白ゆえすっきりとしているはずが濃淳で、低アルコールにもかかわらずしっかりとした口当たりは、これぞ「雄町」の本領発揮といったところでしょうか。
ここまで呑み手を魅了しておいて、なおも惹きつける余韻の長さ。期待通りの美味しさに満足です。
次に、浅蜊の酒蒸しとともに味わってみました。まずは、スープと。「仙禽」は濃厚な潮の風味に負けない香味を発揮。これはスープを含んでから酒、酒を含んでからスープ、どちらも互いに旨さを引き立てていました。もちろん、ふっくらと煮上がった浅蜊とも良く合います。
酒の温度が少し室温に馴染んでくると、口当たりは先ほどより穏やかに。余韻もより長くなったのか、料理の後味にじわじわと寄り添います。
うむ、この晩酌は大正解。日本酒は一概に魚介の生臭さを抑えると言われますが、「仙禽」は浅蜊の持ち味を打ち消すことなく、魚介たる存在感を引き出す。そんな器用さも併せ持ってもいるように思われ、感心した次第です。
(文/KOTA)