東京・湯島「燗酒嘉肴 壺中(以下「壺中」)の燗番・伊藤理絵です。前回は、この夏、開催した「辨天娘@壺中」にてお迎えした「辨天娘(太田酒造場/鳥取)」の蔵元・太田章太郎さんのコメントを加えて、「お燗に向く、向かないに定義はある?」(※)をお伝えしました。今回は「辨天娘」の紹介と蔵の思い、会でお目見えした「辨天娘」それぞれの味わいに触れます。

※前回の記事も併せてご覧ください。→「燗映えする酒とは? 「辨天娘」に見る燗酒、味比べの妙vol.1」

「燗して尚良く」の純米酒を。

sake_g_kanzake_kanbae2_1(1)

自然に恵まれ、豊かな緑と清流のある鳥取県若桜町。その地に凜と佇むように、「太田酒造場」はあります。蔵からほど近い「若桜弁財天」は、一杵島姫(いちぎしまひめ)の命を祀り、御鎮座は古く御神徳は高くして、寿福円満諸願成就の神様です。「辨天娘」は、こちらの徳にあやかるようにと命名されました。

明治42年創業。平成21年より、自家栽培を含み、地元・鳥取県若桜町にある契約栽培の酒米のみを使用。「強力」、「玉栄」、「五百万石」などを用い、酒米の品種、生産者ごと(田んぼごと)にタンクを分け、仕込み順に「◯番娘」と番号を記して、ブレンドせずに貯蔵、出荷しています。このため、同年度同酒米でも、スペック違いがあり、味の違いが幅広く楽しめます。

なぜ、太田酒造場では、鳥取若桜町産の米のみを用い、醸したお酒をブレンドしないのでしょう?産地を定めず、ブレンドすれば、毎年、一定の供給ができるのでは?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし…。

「うちの蔵では、同じ味を再現しようとは考えていません。純米酒は、米と水でできています。米は品種が同じでも、年度をはじめ、生産者による生産方法や田んぼの違いから、成分がかわります。このため、しっかりと醗酵させて醸す酒は、当然、違う味わいになります。それは、人によってクセというかもしれませんが、私どもは酒の個性だと考えます。違うことが面白く、大切にしたい。ブレンドするから出る味わいもありますが、ブレンドしないからこそ感じられる個性があると信じています。」と太田酒造場の蔵元、太田章太郎さん。

「若桜町は鳥取県の山奥にある町で、面積の約95%が森林です。その冷たい山水で育った米は硬くなりにくく、(お酒にするとき)しっかりと融けるため、米の違いが酒の違いに反映されやすい。産地を限定している理由はここにあります。そうしてできたお酒を飲むとき、それぞれの農家さんの顔が思い浮かびます。」とのお答えが。これぞまさに「辨天娘」を映し出していると言えるでしょう。

こうして、自ら酒米を栽培する中島敬之(よしゆき)杜氏、蔵元・太田家のご家族、親戚皆さんが一丸となり、平成26年度は “二十五人の娘さん”を生み出しました。

燗映えがして、50〜70度のお燗にしても味が崩れない。控えめな香りで、酒を口に含むと滋味がしみじみと広がる。暗い所であれば常温長期保存に耐えられ、開封後、長きにわたり、季節や熟成具合による変化と共に、さまざまな表情を見せてくれます。

一蔵でこれほどの違いが!?「辨天娘」の底力。

sake_g_kanzake_kanbae2_2 (1)

「辨天娘@壺中」では、“60度燗”を基本に、酒米、作り、日本酒度、熟成年度&開栓日を元に、ストーリー仕立てで。複合的な味の違いを感じていただけるように、太田章太郎さんの説明と共に、10種類の辨天娘をお試しいただきました。

それぞれ個性的で表情豊か。現在、「壺中」では、通常営業時でも、「強力」、「玉栄」を中心に、速醸酛や生酛、精米歩合、醸造年度や開栓日違いのバリエーションを用意しています。会でご紹介したひとつひとつ、その味わいについての「壺中」燗番の印象は、下記の通りです。是非、参考になさってください。一蔵だけでも、こ〜んなに幅広く遊べます。

1,  五百万石生原酒荒走り26BY(日本酒度+4/開栓したて)/生酒、しかも(袋搾りで最初に出てきた部分の)荒走りは、フレッシュな香りたっぷり。ウェルカムドリンクとして敢えて冷やし、ショットグラスで。スターターとして、時には、こんな飲み方もあり?

2,  玉栄24BY(日本酒度+9/開栓後11ヶ月)/開栓してから約1年。「日本酒って開けてから早く飲まないといけないのでは?」と思われる方もいらっしゃるのでは?いえいえ、醗酵させきっていれば、まったく問題ありません。暗所なら常温保管でOK。滑らかな口当たりになり、バニラのような熟成感を携えています。

3,  玉栄生酛24BY(日本酒度+19/開栓後5ヶ月) /一般的に日本酒度は「+4」程度が多い中、驚きの「+19」。これ程、醗酵が進むと、味けなくスッキリしすぎではと想像するものの、思いもよらない複雑な味わいが弾けます。“生酛”なのも合いなり、同じ「玉栄」でも2とは、全く異なる印象。柔らかで締まりのある酸と共に、ほんのりとした甘味、旨味が後を追いかけてきます。開栓してから5ヶ月の時を経て、味わいがまとまり柔らかになりました。熱燗=50度を10度以上上回る、62度で仕上げると、芯の強さとキレのよさがより引き立ちます。

4,  強力生酛25BY(日本酒度+7/開栓後8ヶ月)/3と同じ生酛でも、酒米違い。「強力」という響きから、頑健で固い印象をもちがちですが、開栓後8ヶ月なのも加わり、まろやかなコクと奥深さが感じられます。3と同じく、62度燗で。

5,  強力25BY (日本酒度+−0/開栓後7ヶ月) /日本酒度だけで言えば、3とは正反対。その数値からして、甘く重い残像感を想像するものの、そこは辨天娘。柔らかな甘味と旨味がふわっと口に広がり、後味はすっきり。複雑な酸が弾け「強力」のもつ力強さも感じられます。この後、同酒米「25BY日本酒度+8/開栓後1ヶ月」、「24BY日本酒度+3/開栓後5ヶ月」を。醸造年度、日本酒度などの違いの味比べを。同じ蔵、同じ酒米で醸したものでも「こんなに違う!」を体感できます。

6,  強力にごり26BY(日本酒度+2/開栓後1ヶ月)/4と5に続き同じ酒米「強力」のにごり酒を。腰のすわった奥深い旨味があり、重すぎず心地良い口当たり。お燗の仕上がり温度は、熱々の65度にしました。常温と比べると、力強さがぐんとUP!しっかり醗酵させて醸しているからこそ、安心して、この温度まで上げられます。

7,  玉栄吟醸24BY(日本酒度+8/開栓後10ヶ月)/お燗をする際、通常よりやや遅めのペースで熱を加え、55度より僅かに低い温度で提供。旨味と共に、気品漂う香りがほのかに漂います。開栓から約1年。熟したマンゴーのような自然の甘味がそっと顔をのぞかせ、消えていく。その余韻が気持ちいい。”吟醸”でも、不快な吟醸香はまったくありません。

8,  五百万石吟醸16BY(日本酒度+2/開栓後1週間)/ 「辨天娘」の真価を語る1本。「古酒」で想像する、紹興酒のような力強さではなく、清楚で上品。しかも芳醇。バニラのような優しい面持ちが印象的です。滋味が静かに花開き、柔らかな香りと味わいが体にしみ込んでいきます。

さてさて、駆け足でご紹介した各種「辨天娘」。いかがでしたでしょう?

「よく言われていますが、ご飯は冷めたときより炊きたてがおいしいですよね。お米からできたお酒も同じです。まずはお燗で召し上がってほしい」と太田章太郎さん。燗酒は、お酒の面白さをより広げてくれます。その醍醐味をお試しあれ。

【関連】燗映えする酒とは? 「辨天娘」に見る燗酒、味比べの妙vol.1
【関連】お燗番直伝!旨味がUPする 夏に“お燗”な、純米酒の魅力

日本酒の魅力を、すべての人へ – SAKETIMES