今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。今井恵美子の時代小説『夢草紙人情おかんヶ茶屋』(徳間文庫)で酒肴のあり方について触れながら、登場する料理を肴に晩酌を楽しもうと思います。

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たおやかな美しさを備える女将・お蝠(ふく)が営む「おかんヶ茶屋」の惣菜は、ごく普通の家庭料理だが豊潤で心を和ませるあたたかい味。人は癒しを求めてこの茶屋に集まるのだ。

今井恵美子「夢草紙人情おかんヶ茶屋」裏表紙筋書 徳間文庫より

そんな店を舞台に、女将と近所の長屋に住む人々によって物語は展開します。人情話に心が温まる中で、ちょっと惹かれるのは酒好きな客と女将のやりとり。客が旨い料理に感嘆の声を上げながら幸福なひと時を過ごすシーンはなんとも微笑ましく、また、女将の料理に対する思いと客への心配りには、本を手にする私まで心温まりました。

おかんの心尽くしを再現

「おっ、これもおかんの奢りかい? なんでェ、これは・・・」
梅次が物珍しそうに、小鉢を覗き込む。
「三種合大根・・・。大したものじゃないんですよ。梅酢に漬けた大根、おろし大根、沢庵と、三種類の大根に生姜と酒を合わせ、上に削り節を載せただけなんですもの。さっぱりとした味なので、もう充分にお腹がいっぱいになっていても、食べられるかと思いましてね」
(中略)
「食感の違う大根の取り合わせとは、考えたじゃねえか!うめェ・・・。俺ャこんなもの初めて食ったぜ」
梅次もぱりぱりとした食感に、思わず頬を弛める。

今井恵美子「夢草紙人情おかんヶ茶屋」『鬼の捨子』徳間文庫より

三種合大根(さんしゅあわせだいこん)、初めて耳にしました。もちろん見たこともありません。作り方は上述の通りですが、、実際どんな料理になるのか想像がつきません。それだけに興味をそそられます。

ということで、馴染みの和食店の大将から知恵を借りて以下のレシピを考案。

  • 梅酢は、梅干を作った時に自然にでてくる汁(共に漬けた紫蘇により赤色に)を用意し、それに細切りか拍子切りにした大根を半日漬ける。
  • 沢庵も同様に切る。
  • 大根おろしは水分をほどほどに絞り、煮切り酒、おろし生姜を少々加える。
  • すべてを混ぜ合わせカツオ節を添える。

今回は梅干を手作りする知人から梅酢を入手し、三種合大根が出来上がりました。

「うめェ!俺ャこんなもの初めて食ったぜ」

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味見をしてみると、劇中の梅次さんよろしく、私も思わず「旨い!こんな美味しいもの初めてだ」と感嘆しました。ぽりぽりとした食感はもとより、梅酢大根、沢庵、ほんのり生姜の効いた大根おろしが混然一体となった味わいは、鮮烈にしてふくよか。食感の違う大根の取り合わせとは、誰が考えたんでしょう。もちろん良い酒肴となることは間違いなし。味はおかんの言う通りさっぱりしているので、突き出しにも、ほどほどに食事で満たされた後の呑み直しにも重宝しそうな料理です。

酒はあえて骨太な「加賀鳶 極寒純米 無濾過・生」(石川県/福光屋)

酒肴が漬物などのさっぱりしたものなら、用意する酒はすっきりとした純米吟醸というのが定石ですが、せっかくの機会ですから趣向の違った酒を探してみました。

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第一印象は「濃い!」でした。しかし同時に、濃醇なだけではない深く力強い旨みがぐんぐんと伝わってきます。キレもなかなかです。その上で口にした三種合大根の味は、よりまろやかに美味しく感じられました。酒の骨太な旨さが、梅酢や大根など自然素材の風味に包容力を持って相対した、というところでしょうか。

ふと気づくと酒は「濃い!」から「旨い!」という実感に変わっていました。酒が進みます。確かにこの酒肴なら食べ飽きせず、満腹感で酒を邪魔することもなさそうです。

「料理というほどの料理じゃないので、今まであまり出しませんでしたの・・・。けど、皆さん、今宵は腹中満杯に見えましたんでね」
「さすがは、おかん! こういう気遣いが堪んねえや」
梅次の言葉に皆が頷く。

今井恵美子「夢草紙人情おかんヶ茶屋」『鬼の捨子』徳間文庫より

気の利いた酒肴を提供するおかんと、それに気持ち良く応える梅次。お互いを思いやる気持ちのよい情景に、ほっと心が温まります。

(文/KOTA)

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