今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。今回は人気時代小説『鬼平犯科帳』(池波正太郎著/新潮文庫)の長編作品「鬼火」に見つけた、誰もがその名にギョッとする料理の再現に挑戦し、晩酌を楽しむこととしましょう。

滋味のある味噌汁の中身は狸?

春も間近という頃に起きた、大身旗本を巻き込んだ事件が発生します。その折に、探索を続ける鬼平と部下たちが連絡を取り合うための団子屋で、寒さの中の探索から戻って来た部下をねぎらう鬼平の心温かな人間性が垣間見えるシーンがあります。その団子屋の女将、昔なじみの気心知れた老婆「お熊」のもてなしで登場するのがこの料理です。

鬼平がこれを食べる様子は語られていませんが、若い頃、お熊が拵えてくれたのを食べていたようです。狸汁と聞いて「狸の肉でございますか」とびっくりしたのは部下の酒井祐介。無理もありません。誰でもそう思うでしょう。

世には本当の(獣の)狸を食べる狸汁もありますが、ここでのそれは蒟蒻の味噌汁のこと。その発祥は、蒟蒻を肉に見立てた精進料理です。かの「生類憐れみの令」をきっかけに生まれたという説もあるようです。

ちなみに、この「鬼火」の書き出しに登場する「権兵衛酒場」でも蒟蒻の料理が。これを執筆していた池波正太郎先生、蒟蒻に何か特別な思い入れがでもあったのでしょうか。(参考/酒に寄りそう今夜の逸品 その4「蒟蒻の白和え」-池波正太郎『鬼平犯科帳』より-)

狸汁のレシピを調べてみると、ちぎった蒟蒻を空炒りして水分を飛ばし、大根やゴボウと共にごま油で炒めたあと、出汁を加えて味噌汁にするというもの。
豚肉が入っていない豚汁のようで、味気なさそう気もしますが、精進料理と聞けば、何やら滋味深い味を想像し、それはそれで食欲が沸いてきます。
我が家では色味を加えるため、ニンジンも使いました。

狸汁、その味は見事に想像通り。どうしても豚汁と比べてしまい、味気なさも否めませんが、千切ってよく炒めた蒟蒻は出汁を吸い、野菜もほくほくと炊けていて美味。繊維質たっぷりなヘルシーメニューです。精進料理とは、よくできたものと感心します。

しかし問題が。味わいは滋味としか表現のしようのないこの料理、特に蒟蒻と縁のある酒が思い浮かびません。蒟蒻の味を引き立てる酒とは? 蒟蒻で味が引き立つ酒とは?ここぞ唎酒師の出番、ですが悩みます。

淡い味と同調するような端麗な吟醸酒がいいか、いや、滋味は低精白の素朴な旨みで迎えるか。

悩んだ挙句の結論はこうです。この料理は野菜のごった煮。肉こそ使いませんが、ごま油による一定の脂質もあります。言うなれば和製ポトフです。
フランス映画に出てくる古き良き食卓、ぐつぐつと煮える鍋、そこにあるのはワイン。そんな世界観をイメージしました。

精進料理に合わせた酒は、ワイン風

近年は「まるでワインのような」純米酒が出回るようになりました。ならばポトフと白ワインのような食卓を演出できるのではという考えに至ったわけです。料理と酒の同調でなく、ワインのフレッシュな香味を楽しみつつ料理を味わう、どちらかといえば酒主体な晩酌(ここはディナーと言うべきか)です。

「若波 純米吟醸 FY2」(若波酒造/福岡)

「FY2」とはリンゴ酸を多産する酵母「福岡夢酵母2号」のことだそうです。
キュッと甘酸っぱい果実香。口に含むとそれがそのまま味になり、シャープな酸味が華やかです。瓶と言わずボトルと言いたくなる、そこに貼られたラベルを見ていると、ワインを呑んでいるような錯覚さえ。

料理と酒の相性を探ってみますと、想像通り溶け合うということはないながらも、反発や後味の悪さもありません。これもひとつの相性のパターンなのでしょうか。どちらが出過ぎること消えることもなく、両者の美味しさが持続します。

そこで、何種か冷蔵庫にあったものを試飲してみると、あれれ?何か違うぞ。当初は相性がきっと良いと想像していた端麗な純米吟醸の方がちょっと縁遠い感じます。キレの良さがせっかちに、料理の淡い余韻を連れ去ってしまう、そんな印象です。
また、低精白タイプは、なかなかの相性の良さを思わせますが、持ち味である雑味がゴボウと物陰で、ささいなモメ事を起こしているように感じられます。

縁は異なもの味なもの。今回のテイスティングでちょっと世界が広がった気がします。

(文/KOTA)

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