日本酒は、地域のためにどのようなことができるのでしょうか?

本記事では、2019年5月に開催された、株式会社アグリゲート 代表・左今克憲(さこん よしのり)さん、株式会社Clear 代表・生駒龍史(いこま りゅうじ)さん、数馬酒造株式会社 蔵元・数馬 嘉一郎(かずま かいちろう)さんのトークセッションをレポートします。

セッションでは、"地域産業としての農業と日本酒業界の共通課題と未来"について熱い議論が交わされました。

旬八キッチン&テーブル新虎通りCORE店

会場となったのは、アグリゲートが運営する「旬八キッチン&テーブル新虎通りCORE店」です。

アグリゲートは「未来に"おいしい"をつなぐインフラの創造」をミッションに創業された農業ベンチャー。旬の野菜を販売する「旬八青果店」、お惣菜とお弁当を販売する「旬八キッチン」などを運営し、地域産物のコンサルティングを生産から販売まで一貫して行っています。さらに、優秀な人材が食農業界で活躍できる環境構築を支援する「旬八大学」も運営しています。

酒造業と農業は、どちらも地域に深く根差した事業で、お互いに強く関連しあう「地域産業」といえます。農業ベンチャーと日本酒ベンチャーは、両者とも地域産業が持つ課題に直面しているともいえるでしょう。

両者が抱える課題とは何なのか、それらを両ベンチャーはどういった施策で解決していこうとしているのか。アグリゲートの代表である左今さんを交えたセッションの内容をお届けします。

若手蔵元と日本酒ベンチャー代表が見る"酒造業界の今"

セッションは、「今の日本酒業界をどう捉えているか」という話題からスタートしました。

数馬酒造代表 数馬さん(写真左)と株式会社 Clear 代表・生駒さん(写真右)

数馬酒造 代表・数馬さん(写真左)とClear 代表・生駒さん(写真右)

「日本酒の高価格商品は、特に海外市場で増えています。ですが、国内の日本酒の消費量は全盛期に比べて1/3にまで減少しているのが現状です。その原因と考えれるのは、日常生活のなかのエンターテイメントが多様化したから。消費者のライフスタイルに合わせて日本酒が細分化していけば、新しい可能性が広がっていくでしょう。日本酒の高単価市場はまだ伸びしろがありますよ」と生駒さん。

数馬さんは「飲酒する人口が減っていて、実際に停滞局面にいることは確かです。一番長い歴史のある産業でありながら、衰退産業でもあります。ただ、現実と向かい合い、目の前にある課題をひとつずつクリアしていきたい」と話してくれました。

アグリゲート代表・左今克憲さん

アグリゲート 代表・左今さん

続いて、話題は、長い歴史を持つ業界でいかに新しい付加価値をつけ、イノベーションをどう起こすかについて。

「アグリゲートでは、野菜にストーリーという付加価値をつけて販売しています。どんな農家さんが、どういう思いでこの野菜を作っているのか。これをしっかりとお客様にお伝えすることで、従来は規格外として販売できなかった野菜でも、正しく価値をもった商品として評価してもらうことができます」と左今さん。

Clear Inc. 代表 生駒龍史のトークセッション風景写真

それに対し生駒さんは、次のように話します。

「SAKE100においても、ストーリーと一緒にお届けすることを大切にしています。従来の価値軸は精米歩合や醸造方法など、日本酒のスペックに偏りがちでしたが、"労力をかけ、熱い思いをもって耕作放棄地を開墾した"という背景にあるストーリーに価値をつけて、お客様にお届けしています。今は消費者にインターネットを通じたアプローチができ、ベンチャー企業が資金調達をできる時代です。イノベーションが起こりやすい環境が整っていますし、積極的に起こし続けなければならないと考えています」

数馬さんは、「24歳で実家に戻って社長となり、とにかく新しいことをやらなければと考えていました。様々なことに取り組んできましたが、結果、それがイノベーションだと周りが捉えてくれたところはあります」と話してくれました。

日本酒や農業は歴史ある産業なだけに、蔵元、酒屋、農家などは代々続き、なかなか改革を起こすことも少ないように感じます。しかし、リスクを取れるプレーヤーが増えることで、日本酒業界でも革新的な動きを起こせるという、力強いメッセージが伝わるセッションとなりました。

挑戦し続けることが若い世代の役目

生駒代表も数馬さんも20代で社長となりました。それにより、周りからの批判はあったのでしょうか。そして、環境やアプローチは変わっていったのでしょうか。

数馬さんは社長になった当時のことを、次のように振り返ります。

「子供のころは、"お酒はおじちゃんが造っている"というイメージをずっと抱いてました。だからこそ、蔵を継ぐという考えはあまり出てこなかったですね。実際に、古い人たちの考えがそのまま残っていて、"今まで継続してきたもので回っているからこのままでいい"という意見がほとんどでした」

自身の考えと異なる意見に戸惑った経験があるそうですが、しかし、今は耳を傾けてくれる人も多くなり、首都圏でのイベントなどでは交流を深めてくれる日本酒ファンも増えたといいます。

生駒代表も「蔵の人たちは、若い世代が関わってくれてうれしいと好意的でした」と語ります。

しかし、Clear起業当初は、ディープな日本酒ファンからは"酒のことを知らない若造"、"不勉強"というイメージを持たれたのだとか。多くの批判や意見を聞いて、やはり中のことを知らなければいけないと実感し、インサイダーとして情報を得た上でアウトサイダーとなることを意識的に実践しているといいます。

SAKE100「深豊」が誕生した理由

SAKE100「深豊」

Clearが展開する日本酒ブランド「SAKE100」の1本を、数馬酒造とともに造ることになった決め手を生駒代表は「数馬さんの“米を磨かなくてもよい”という考え方だった」といいます。

「米を磨いてきれいななお酒を造っている酒蔵が多いなか、数馬酒造では低精米でいて酒質も高い。そして、耕作放棄地で酒米を栽培しているというストーリーも素晴らしい。そこで数馬酒造とタッグを組み『SAKE100』でさらに付加価値をつけた商品を開発し、世の中にお届けすることにしたんです」

イベントのウエルカムドリンクでも提供された「深豊」は、ミルキーな香りと酸が特徴。滑らかな口当たりで、まろやかでふくよか。余韻も長いボリュームのある生酒です。

「深豊」を造ることによって、生酛造りにも初めてチャレンジしたという数馬酒造。「新しい挑戦ができたことがよかった」と、数馬さんは振り返っていました。

地域の産業を立て直すために

旬八

地域のための活動は続けていきたい、と数馬さん。

「耕作放棄地の問題は、農業の力だけで解決できるものではありません。地域一帯を巻き込んでやっていく事業だと思っています。耕作放棄地以外にも空き家や廃校も多く、それらを活用して雇用を増やしていければと考えています」

地域資源を活かして、地域を守っていくという数馬さんの決意でトークは終了しました。

Clear Inc.代表・生駒龍史さん、アグリゲート代表・左今克憲さん 、数馬酒造蔵元・数馬嘉一郎さんの写真

左から順に、Clear 代表・生駒龍史さん、アグリゲート 代表・左今克憲さん 、数馬酒造 蔵元・数馬嘉一郎さん

今回のトークを終えて、アグリゲートの左今さんは共感することが多かったといいます。

「自分も若くして社長となったため、自分より歳下の経営者と会う機会がほとんどなかったんです。それが、こうして歳下の社長が多く出てきて、ものすごい可能性を感じました」

アグリゲートとしては、旬八青果店、旬八キッチンの出店を増やしていくのが当面の目標だそう。コンビニに代わる存在になりたいと、左今さんは考えています。

「コンビニを利用する理由は利便性の高さがほとんどで、喜んでコンビニの弁当を食べている人は多くないと思うんです。自分の店がコンビニと同じくらいの身近な範囲にあれば、安全で美味しいものをみんなに食べてもらえると思っています」と、語ってくれました。

「旬八キッチン&テーブル」と「数馬酒造」のコラボビュッフェ

トーク終了後は、「新鮮で美味しい野菜」が食べられる旬八キッチン&テーブルのビュッフェタイムです。

しゅんぱちカフェの料理

料理は、いずれも、規格外の野菜などを使って作られたもの。どれも素材の味を引き立てる絶妙な味付けで、野菜を大切に扱っていることが十分に分かります。

数馬酒造の商品ラインナップ

お酒は、SAKE100の「深豊」に加え、数馬酒造のお酒も楽しむことができました。「竹葉 能登純米」はスッキリした酸と苦味とコクを持ち合わせた、キレの良いお酒。「竹葉 能登の梅酒」は、とろみがあってまろやか。梅の風味が抜群です。

気軽に参加できる雰囲気があり、楽しく美味しく、業界をリードしている若手の話を聞けるトークセッションでした。3人の背中を追って、業界にイノベーションを起こすような人物が現れることに期待が高まります。

(文/まゆみ)

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