日本酒業界はいま、大きな転換の時を迎えています。
この状況を「日本酒は斜陽産業だ」と捉える声もありますが、その未来を明るく照らす新しい光の数々を、私たちSAKETIMESは目にしてきました。
リリースから4年。私たちはこれまでに300を超える酒蔵や業界を牽引する有識者への取材を行なってきました。本記事では、これまでの取材を通して培った知見や、国税庁などが公表しているデータを用いて、日本酒業界が抱える課題と、それを解決しうる新しい取り組みについて解説していきます。
消費量の減少が続くアルコール飲料
日本酒業界の未来を考える前に、まずはアルコール飲料全体の動きを見ていきましょう。<グラフ1>をみると、酒類販売数量は1996年の965万キロリットルをピークに下降が続いています。
成人人口が増加しているにも関わらず、酒類販売数量が減少していることから、1人あたりの飲酒量が減っていることがわかります。内閣府の将来推計人口では、成人人口は2030年に1億人を下回るとみられ、今後、アルコール消費量がさらに減少していくと予想されます。
2000年以降は「その他(※)」の販売数量が顕著に増加しています。1970年の時点では「清酒」と「ビール,発泡酒」で全体の約9割を占めていましたが、2016年には5割を切ってしまいました。消費者の好むアルコール飲料が多様化しているということでしょう。
消費の傾向が「慣れ親しんだ同じ酒を毎日飲む」から「好きな時に、好きな酒を飲む」に変わってきているのかもしれません。
※「その他」には、合成清酒、連続式蒸留焼酎、単式蒸留焼酎、みりん、果実酒、甘味果実酒、ウイスキー、ブランデー、リキュール、スピリッツ、その他醸造酒が含まれる
品質志向にシフトする日本酒市場
販売数量の減少は、清酒においても同様です。<グラフ1>をみると、清酒の販売数量は1975年の167万キロリットルを頂点に下降し、2016年には53万キロリットルと、3分の1にまで減少しています。
その影響もあって、清酒の製造免許場数は右肩下がりの状況が続いています。経営難や人材不足によって廃業に追い込まれる酒蔵が年々増えていることが<グラフ2>からわかります。2015年の欠損及び低収益企業(※)は、全体の44.5%にものぼります。
※ 低収益とは、税引前当期純利益額50万円未満を指す
ここまで見ると、日本酒業界には暗雲が立ち込めているようにも思われます。しかし、<グラフ3>をみてみると、「特定名称酒」については2010年を境に増加傾向にあることがわかります。
一般的に「特定名称酒」はそれ以外の清酒と比較して、原料や製法によりこだわった商品カテゴリーで、価格もやや高めです。
毎日の晩酌に普通酒を購入するという消費から、限られた飲酒の機会に上質さを求める「こだわり志向」「高級志向」が強まってきているといえます。
動き始めた高価格帯へのチャレンジ
「品質志向」に向かっている日本酒業界ですが、酒販店や飲食店などで目にする商品は、高いものでも四合瓶で3,000円前後のものが多く、他の酒類と比較すると安価に感じられます。100万円を超える商品もあるワイン市場と比べると、日本酒のプレステージ・マーケット(高価格市場)は未発達といえますが、少しずつ、新たな取り組みが始まっています。
日本一美味しい市販酒を決めるイベント「SAKE COMPETITION」では、2016年からSuper premium部門が設立されています。720mlで小売価格が10,000円(外税)以上の高級酒を対象にした審査が行なわれています。
また2018年6月には、日本酒の適正価格を市場に問う新しい試みが、黒龍酒造(福井県)によって行なわれました。これまで、日本酒の小売価格はメーカーが設定するのが一般的。しかし、入札という形式で、価格の設定を卸業者や酒販店などのバイヤーに委ねたのです。最終的な入札価格が最初の3倍にまで跳ね上がるなど、市場における日本酒の価値は、酒造メーカーが考えている以上に高いことが実証されました。
他にも、全量純米大吟醸の酒造りに取り組んでいる楯の川酒造(山形県)が、精米歩合1%の「光明」を四合瓶10万円の価格で発売するなど、高価格の日本酒が続々と登場してきています。
あるトップソムリエは「海外の、日本でも手に入らない貴重なお酒がそろう場所で、高価格の日本酒が絶えず注文されていく様子を目の当たりにした」と言いいます。高価格の日本酒に対するニーズが世界中で高まってきているなかで、それに応える商品があまり存在しないという現在の状況は、日本酒にとって大きな機会損失といっても過言ではないでしょう。
日本酒のマーケットをさらに広げていくためには、"こだわりをもった高級な商品"がひとつのキーワードになりそうです。
問われる日本酒の"価値基準"
そもそも、ワインなどの他酒類に比べて、高価格の日本酒がほとんど存在しない理由はどこにあるのでしょうか。SAKETIMESでは、「美味しい酒を安価に届けたい」という酒蔵の努力の賜物である一方、米の品種や精米歩合などのスペック偏重の価値判断と、脱し難い商流の枠組みが背景にあると考えます。
日本酒市場では、"どの米を何パーセント磨いたか"という原料やその加工によってのみ価格が設定されることが多く、造り手の技術力の高さや、模倣することが難しい酒蔵のオリジナリティーなどに価値をつけることはあまりされてきませんでした。
さらに商流に関しても、たとえば飲食店で提供される日本酒は、一升瓶でおおよそ2〜3,000円程度が仕入れ価格の相場となっています。逆に言えば、この価格以上の酒は、現在の市場においては流通させることが難しいのです。
価格の上限が決まってしまうと品質向上に限界が生じ、酒蔵自体も疲弊してしまいます。日本酒の「手頃な価格で美味しい」という魅力を持ち続けるためには、各酒蔵が価格・品質ともに自信をもって販売できる"高付加価値の商品カテゴリー"を新たに開拓し、スペックや原価ではない"新しい価値軸"をもって商品価格を設定していくイノベーションが、これからの日本酒には必要だと考えます。
日本酒業界に射し込むイノベーションの光
伝統産業としての色が強い日本酒業界では、酒造りを家業として受け継いでいく蔵が多く、内部からイノベーションを起こしたり、外部からの新規参入したりするのが難しいという側面があります。しかし昨今、そんな旧態依然とした日本酒業界に一石を投じるプレイヤーやサービスが登場してきました。
株式会社WAKAZEは、醪の中に柚子や山椒などのボタニカル原料を投入した「FONIA」など、これまでにない新しい価値をもつ酒を、酒蔵に委託する形で醸造しています。また、取得が困難な清酒の製造免許ではなく、酒税法上「その他の醸造酒」に分類される免許を獲得し、どぶろくの自社醸造を東京・三軒茶屋にて開始しました。
「日本酒は造りも発酵過程も複雑なので、造り手によって多くのバリエーションを出すことができる。だからこそ、もっともっとプレイヤーが増えるべき」と話す代表の稲川さんは、外部からの参入によって日本酒の可能性が大きく広がると信じています。
さらに、コンセプトやストーリーを重視する、従来にはなかった視点で日本酒を販売する店も出てきました。未来日本酒店では「SPARKLING」「VINTAGE」「DESERT」など、コンセプト別に商品を陳列。AI(人工知能)によって好みの日本酒を判別するサービスも導入し、消費者が確信をもって好みの酒を手に取れるよう、アクセサビリティーの向上に努めています。
さらにSAKETIMESを運営する株式会社Clearでも、2018年7月からオリジナル日本酒の開発・販売サービス「SAKE100(サケハンドレッド)」をリリース。高い付加価値を有し、品質にも優れた"高価格のオリジナル日本酒"のみを少数精鋭でラインアップし、インターネットを通じて販売していきます。日本酒の価値を見直し、市場における「プレステージ・マーケット」の形成を目指しています。
伝統的な意識が根強い日本酒業界において、より多くの人々に日本酒を楽しんでもらうための革新的なプロジェクトが、明確なビジョンのもと、新興のベンチャー企業から続々と生まれています。
日本酒業界は、大きな転換の時を迎えています。
そのなかで、伝統の枠組みにとらわれずイノベーションを生み出そうとする彼らの動きに、いま大きな期待が集まっています。
(文/古川理恵)