連載企画「日本酒とサステナビリティ」の吉田酒造
連載企画「日本酒とサステナビリティ」の吉田酒造

自然を守る意識が酒造りを変える─地域と二人三脚で歩む、石川県・吉田酒造店【日本酒とサステナビリティ】

SDGs(Sustainable Development Goals)」とは、国連が定めた17の持続可能な開発目標のこと。経済合理性や環境負荷への対策など、より良い世界を目指すために必要な普遍的なテーマで、日本でもさまざまな企業や団体でサステナブルな取り組みが積極的に推進されています。

こと日本酒に目を向ければ、数百年の歴史を持つ酒蔵も数多く、地域に根ざし、人のたゆまぬ営みのなかで育まれてきた産業のひとつ。サステナビリティという概念が広がる以前から、その実践を行ってきたともいえるのではないでしょうか。

この連載「日本酒とサステナビリティ」では、日本酒産業における「サステナビリティ(持続可能性)とは何か?」を考えるために、業界内で進んでいるさまざまな活動を紹介していきます。

吉田酒造店の商品

石川県にある吉田酒造店は、地域の農業の活性化や環境の保全を目的に、8年前から、地元の農家と協力しながらの米作りを行っています。さらに2021年からは、酒蔵で使う電力をすべて再生可能エネルギーに切り替えました。

環境に配慮した酒造りへの転換には、どのようなきっかけがあったのでしょうか。代表取締役の吉田泰之さんに話をうかがいました。

地域の自然を守るために始めた米作り

1870年、日本三霊山に数えられる白山の麓に創業した吉田酒造店。先代である吉田隆一さん(現会長)が代表を務めていた2014年から、地元の農家と協力して育てたお米を使った酒造りに取り組んでいます。

「それまでは兵庫県の山田錦をメインで使っていました。『酒米の王様』とも呼ばれる山田錦は、弊社の仕込み水とも相性が良く、おいしいお酒ができるので、造り手にとってはすばらしいお米なんです。

しかし、気が付けば、地元の農家の高齢化が進み、酒蔵のまわりには休耕田がどんどん増えていきました。少し離れた地域では、農地のあった場所に大型のショッピングモールや工場が建てられ、酒造りの命である仕込み水の水質が変わってしまう可能性も出てきました。

これからも酒造りを続けていくためには、地元のお米にこだわることで、農地を復活させ、地域の自然を守る必要があると考えたんです」

代表取締役の吉田泰之さん

吉田酒造店 代表取締役の吉田泰之さん

もともと蔵のまわりでも酒造好適米が育てられていましたが、収穫後は石川県の全農で管理され、石川県内の酒蔵に分配されるため、特定の地域で育てられた酒造好適米を選んで使うことはできませんでした。

そこで吉田酒造店は、地元の農家たちと契約して「酒米振興会」という独自のチームを結成し、酒蔵のまわりの水田で育ったお米を酒造りに使うことにしたのです。

酒米振興会のメンバー

吉田酒造店で造られる代表銘柄「手取川」と「吉田蔵」のうち、「吉田蔵」を"真の地酒"を目指す銘柄へとシフト。酒蔵のある地域で育てた酒米と白山から流れる仕込み水、金沢酵母を用い、さらに能登杜氏が得意とする山廃仕込みを採用して、地元の素材や技術に特化したブランドへと切り替えました。

ところが、この方針の転換は、初めはうまくいかなかったといいます。

「それまで山田錦で造っていたものを、いきなり地元のお米に切り替えたので、取引先のみなさんから『味が変わった』とお叱りを受けてしまいました。『地元産にこだわりたい気持ちは理解できるけど、強引にやりすぎだ』と。

応援し支えていただいているみなさんに迷惑をかけてしまったことを反省して、地元のお米で最高のお酒を造るために、もっと深く勉強しなければならないと気持ちを切り替えました」

二人三脚で行う米作りと酒造り

地元産のお米をただ使うのではなく、きちんと理解して、その性質を最大限に活かした酒造りをしなければならない。そう反省した吉田さんたちは、酒米振興会の協力のもと、みずから米作りに積極的に関わることを決意します。

春から夏にかけて、2名の蔵人が酒米振興会の管理する水田に通い、米農家の方々に学びながら、田植えから稲刈りまで、米作りを行います。収穫の時期には、蔵人全員で稲刈りに参加するのだとか。

米作りの様子

「一方的に『こんな酒米を作ってほしい』とお願いするだけではなく、リアルな仕事の現場を見て、どこが大変なのかをしっかり体験することで、農業をより深く理解できるようになりました。

米作りに関わる蔵人は農家さんと実際に生活を共にして、お米以外に、野菜や麦、大豆なども育てているんです。そうした生活を通して学んだことや、農家さんから聞いた意見を酒造りにフィードバックしてもらっています」

こうした取り組みの結果、酒蔵と農家がお互いに歩み寄り、「米作りと酒造りが二人三脚でできるようになった」と吉田さんは話します。

「蔵人のお米の扱い方がすごく良くなって、一人ひとりが『このお米はこんな特徴があるから、こんな風に扱おう』と考え、チームで話し合うことができるようになりました」

また、農家さんも、自分が育てたお米がどんなお酒になるか理解したことで、愛着が湧き、米作りに力を入れてくれるようになったと感じています。4年前からは、冬の造りの時期になると、酒米振興会の若手農家の方が酒造りに参加してくれているんですよ」

麹作りの様子

現在、吉田酒造店で使う原料米の7割は、地元・白山産のお米です。そんな吉田酒造店が目指しているのは、「ここでしか造れないお酒」。地元である石川県白山市を表現するお酒です。

「地元のものにこだわると、地域内で循環が起こります。物流の距離も短くなりますし、酒販店や飲食店、消費者の方々も『地元の自然を大切にしていこう』と意識してもらうことで、環境に優しい行動が増え、持続可能な社会につながっていくと期待しています」

再生可能エネルギーへの切り替え

2020年、先代に代わり吉田泰之さんが代表取締役に就任したこの年、吉田酒造店は酒蔵で使っている電力を再生可能エネルギーに切り替えました。

発端は2010年、吉田さんが輸出の研修のためにイギリスへ行ったときのこと。ヨーロッパの企業が再生可能エネルギーへの切り替えに積極的に取り組んでいるのを目の当たりにして、「その先進的な取り組みに驚いた」といいます。

その後も日本と海外を行き来していた吉田さんは、石川県へ戻るたびに、年々、冬に降る雪が減ってきているのを肌で感じるようになりました。

白山市の雪景色

「温暖化が心配になったのは、酒造りをしているおかげで、自然との距離が近いからかもしれません。周囲の人々の反応は『今年は雪かきをしなくていい』『雪が少ないと生活しやすい』と、自分とは真逆の考えだったので、ギャップを感じて怖くなりましたね。

地元の人々に、環境を守ることの大切さに気づいてもらえるためにも、酒造りのあり方を変えていく必要があると感じました」

酒造りに費やされる電力と向き合うことは、環境を守るために欠かせないと吉田さんは指摘します。

「ここ10年間ほどで、日本酒の品質は全国的に向上し、いつでもどこでもおいしいお酒が飲めるようになりました。国内であれば、年中、生酒が飲めます。しかし、その代償として、ものすごい量の電気を使っています。蔵の中はほとんど冷蔵庫のような状態で、酒販店や飲食店、ご家庭にも冷蔵便で配送しています。

昔の酒造りは、お米を収穫したあと、外が寒くなったら酒造りを始めて、暖かくなったら酒造りを終えるという自然のサイクルによって循環していました。常温流通ですから、生酒が流通するのは限られた冬の寒い時期だけ。日本酒の文化は、自然と共存・共生していたからこそ、何百年も続いてきたんです。現代の日本酒は確かにおいしいけれど、持続可能ではない。贅沢な酒造りになってしまったと思います」

当初は、自社で太陽光発電を行う計画も進めましたが、曇りの天気が多い石川県では発電量が足りないという課題がありました。

「その土地に合っていない自己満足の設備を増やして電力を自給するよりは、自然環境を考えて発電している電力会社から電気を購入したほうが、そうした企業を応援することにもつながります」

そう考えた吉田さんは、東京を拠点とする再生可能エネルギーの電力会社「みんな電力」(株式会社UPDATER)と契約しました。

使用電力が表示される電力デマンド

「再生可能エネルギーによる電気代は高いので、会長はあまり賛成的ではありませんでしたが、広告費を削減をすることで納得してもらいました。地元に昔からあった看板や、電信柱に貼られているような屋外広告を見直したんです」

蔵の中には、30分ごとの使用電力が表示される電力デマンドを導入。電気の使用量が視覚的にわかるだけでなく、目標値を設定すると、使いすぎたときに警告音が鳴るシステムです。これによって「蔵人全員が電気の使用量を意識できるようになった」といいます。

「さらに使用電力を減らすため、酒蔵の貯蔵環境についても改善を進めています。仕込み室には冷房をかけず、換気を増やして空調設備を使わないようにしたいと思っています。また、酒質をフレッシュにしたり、劣化しにくいお酒を造ったりすることで、マイナス5度の貯蔵庫の温度を0度に、5度の貯蔵庫を10〜15度くらいまで上げていこうとしています。温度が1度上がるだけでも、電気の使用量は大きく変わりますから」

「自然が主体」のバランスを保った酒造り

吉田さんがこのような取り組みに本格的に取り組むようになったのは、妻・麻莉絵さんからの厳しい指摘が起因しているのだとか。

「これまでも、口では環境を守りたいと言っていたんですが、行動としては微々たるものだったんです。妻から『オレオレ詐欺』ならぬ『エコエコ詐欺』だと言われて(苦笑)、もっと本質的に取り組んでいかなければならないと考えるようになりました」

蒸米の様子

サステナビリティについて意識しながらも、吉田さんは「『SDGs』などの単語はできるだけ使わないようにしている」といいます。

「日本では最近、SDGsを謳い始める企業が急激に増えました。環境を考える入口としてはもちろん素晴らしいのですが、企業のプロモーションだけで終わってしまう可能性があります。本質から外れた取り組みをしていては、逆に環境破壊が進んでしまうような危険性もあると感じています。

大切なのは、総合的な活動の成果であり、どこまでやり切れるかということ。弊社も入口に立ったばかりで、まだまだ環境に優しい会社にはなれていないので、もっと深いところまでいかなければなりません。そういう意味でも、言葉の使い方には気をつけています」

一方で、持続可能性を意識した吉田酒造店の取り組みは多くの反響を呼び、環境保全に力を入れている企業や団体から声がかかるようになりました。

そのひとつが、地元の国立公園「白山手取川ジオパーク」との白山保全活動です。

吉田酒造店では、白山の保全を促進するために、売上の一部をジオパークに寄付。また、2021年には「白山の光と影」というテーマで、Instagramのフォトコンテストを実施しました。白山の美しい部分だけでなく、環境汚染や環境破壊が進んでいる様子を撮影した作品を展示することで、白山の環境が今どのように変化しているかを伝えるプロジェクトです。

撮影:谷口京

限定のコラボレーション商品を造った酒販店が、売上の一部を環境保全活動に寄付するなど、周囲にも少しずつ輪が広がってきているそう。

吉田さんは、「今後は、地元の酒蔵にも何かいっしょにできることがないか、声をかけていきたいと思っている」と意気込みます。

2015年に公開された、吉田酒造店での酒造りとそこで働く蔵人のドラマを撮り続けたドキュメンタリー映画「The Birth of Sake」をきっかけに、海外でも高い人気を誇る吉田酒造店。しかし、物流の増加による環境への影響を考慮し、海外輸出はそこまで拡大する予定はないのだとか。「地元で造って地元で消費されるのが理想」と吉田さんは話します。

「人間が生み出したテクノロジーが自然を超えてしまっているのが現代ですが、私たちの酒造りは、『自然が主体』のバランスを保ちたい。今後は、自然環境に合わせた酒造りがポイントになっていくと考えています」

日本酒の文化が長く続いていくための手段は、ただ市場を広げることばかりではありません。持続可能な日本酒の未来を実現するために、自然との共生を目指す吉田酒造店のような取り組みも必要なのです。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

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