日本酒ブームやインバウンド需要などの影響で、市場が変容しつつある昨今の日本酒業界。好機ともピンチともとれる日本酒業界の行く末を人気酒蔵の経営陣はどう占い、どんな戦略を立てていくのでしょうか。
銘酒「八海山」で知られる八海醸造の魅力をお届けする特別連載、今回から2記事にわたって、同社の社長である南雲二郎氏のインタビューをお届けします。
南雲氏が見据える日本酒業界の未来
昨今の日本酒ブームより、吟醸酒や純米酒などの特定名称酒を中心に国内市場が盛り上がりを見せている一方で、普通酒や本醸造の消費量は減少傾向にあります。
南雲氏は「普通酒や本醸造の消費が、今以上に増加することは難しい」と話します。その理由には、アルコール業界全体に流れる「クラフト化」の潮流がありました。
「世界中のアルコール業界全体に共通して、クラフト化の流れが加速している。お客様の趣向が"銘酒"よりも、"面白い酒"に移ってきていますよね」
さらに、普通酒市場が伸び悩む理由として、日本社会のある要因を指摘します。
「少子高齢化でアルコールの消費量自体が減っているとよく言われます。これには抗えない。それに加えて、お酒を飲む以外に楽しいことが増えたと思うんです。日本酒の売り上げを伸ばすには、他の酒蔵やアルコールはもとより、スマホやその他のエンタメに勝っていかなければいけないんです」
お酒を消費する絶対数が減っていることに加え、お酒を飲む"機会そのもの"が別のコンテンツに割かれている現代。ライフスタイルの変化が、日本酒業界も影響を受けていると南雲氏はみているようです。
一方で、時代のニーズをくみ取った「純米酒志向」や「原料へのこだわり」などクラフト的な商品に対しても、南雲流の思いがあります。
「『〇〇米を使っています、何%精白です』と言うだけでは、もったいない気がしますね。原料や精米歩合の細かな差をウリにした戦略が当たり前になってきている今、同じことをしても市場に埋もれてしまいますから。僕たち酒蔵はいわば加工メーカーなので、車や電子機器の製造業と構造が似ている。だから、『どういう目的でどういう酒質を目指していて、品質目標を達成するために何%精白にする手段をとってるんですよ』と、きちんとお客様に説明したいと思っています。それが僕たちの存在価値ではないでしょうか」
少子高齢化や娯楽・ライフスタイルの変化などの世相をしっかりと捉える厳しい視点。そして、「酒蔵」以上に強く「(車や電子機器と同じ)メーカー」としての立場を強調する姿勢に、日本酒市場における定番ブランドのポジションを確立する「八海山」を率いてきた南雲氏の矜持が感じられます。
「企業としての存在価値を守ってきただけ」3万石の八海醸造を形づくった"供給責任"
これまで八海醸造は、一貫して「品質責任」と「供給責任」を掲げ、希少性で勝負することはありませんでした。わずか3代で日本屈指の酒蔵への成長してきた八海醸造がとってきた戦略とは、一体どのようなものだったのでしょうか。
南雲氏が、就任当初から「ニーズに答えつづけること」を目標に据えた理由には、戦略以前の「企業としての存在価値」への意識ありました。
「市場に対して供給が少なければ価格は上がる。それはお客さまに対して失礼だと僕は考えているんです。商品の希少性が上がると、もてはやされる場合もあるかもしれませんが、一般企業であれば欠品したら謝罪会見を開く場合もありますよね。需要に対して供給を満たすことが企業としての存在価値だと思う。"数量を出す戦略"以前に、存在責任を果たそうとしていたらこうなったというだけです」
入手困難な日本酒がもてはやされる風潮がある日本酒業界の中で、「供給責任」という企業としての存在責任を果たし続けてきた八海醸造。そしていま、供給という点においては一定のゴールを迎えていると感じているそうです。
「日本酒は嗜好品です。嗜好品のシェアは市場占有率に限界があると言われているんです。八海醸造は10年くらい前に、3万石に達したのですが、そうすると急に伸び率がゆるやかになりました」
横ばいになった売り上げに危機感を抱いた南雲氏は、シェアの限界を迎えても尚、成長し続けるために手を尽くしたと言います。
「成長し続けない企業は絶対にダメになりますから。営業マンを拡充して、啓発営業という独自のスタイルも導入しました。意識して営業を強化したら、シェアの限界を迎えても、売り上げが伸びたんですよ」
シェアの限界を迎えてもなお、営業の強化に取り組み、企業としての供給責任を極限まで果たし続けてきた八海醸造。これからの戦略について、南雲氏はこう語ります。
「今まで培ってきたものを守りつつ、新たな手を打って成長し続けなければいけない。ですから、これからは市場そのものをつくっていく。世の中のトレンドを作っていける組織を目指していきたいと思っています」
八海醸造の次なる一手と「あまさけ」ヒットの舞台裏
──市場そのものをつくる組織。
そう宣言する八海醸造の転機のひとつが、「麹だけでつくったあまさけ」のヒットです。
2009年に販売を始めた「麹だけでつくったあまさけ」は、じわじわとファンを増やし、2017年にはもとの発酵蔵の9倍にあたる年間430万本(825g換算)もの生産力を持つ設備を増築。甘酒市場のリーダーとして供給責任を果たしています。
甘酒市場に参入した理由について、南雲氏は次のように語ります。
「八海山を深く理解してくれる人を増やすべきだと思いました。それで、『千年こうじや』をはじめとした新事業を始めたんです。ただ、並行して企業として売上も伸ばしていかなければいけないので、日本酒に並ぶ "柱"を模索していました」
そんな状況の中で造り出したのが、甘酒だったのです。
「日本酒メーカーの甘酒がおいしいのは子どものころから知っていたから、最初は『まずはやってみよう』と試験的に始めました。そうしたら、リピートがとにかく多くて。『これはいける!』と一気に舵を切りました」
甘酒の爆発的ヒットを経験し、最新の製造所がフル稼働すれば、日本酒の売上の1/3から半分ほどにまでなると言いますが、南雲氏は「これで成功と言っていたら、何でも成功だよ」と言って笑います。
「ここからが正念場ですよ。他のメーカーが新たに参入してくる中で『甘酒と言ったら八海山』と思ってもらわなければいけないので、今が一番苦しいときですね」
甘酒市場の先陣を切る立場に重くのしかかるプレッシャー。それでも、新たな市場に確かな手ごたえと希望を見ていることに変わりはないようです。
「甘酒というのは"生まれてから死ぬまで"なんですよ。幼児には薄めることで調味料として料理に使えるし、子どもも大人も飲める。年老いて固形物が食べられなくなっても飲める。日本酒とは全く異なる市場ですよね。利益が出ることはお客さんからの期待度だと考えて、とにかく取り組んでいます」
南雲社長が描く、八海醸造の未来とは──?
醸造設備や人材の強化を重ねながら、「供給責任」を追求し"手の届く日本酒"であり続ける八海山。創業からたった3代で3万石を超える酒蔵へと成長させながら、現状に甘んじることなく新たな市場を切り拓いていく姿勢は、ある種のベンチャースピリットによるものだと感じます。
日本酒市場の行末を現実的に捉え、日本酒の外に"市場そのものをつくっていく"組織を目指すと語ってくれた南雲二郎社長。「後編」では、今後の商品展開や組織づくり、後進育成まで、八海醸造の"未来"の話を伺っていきます。
(取材・文/佐々木ののか)
sponsored by 八海醸造株式会社