銘酒「鍋島」を醸す佐賀県・富久千代酒造が、2021年5月に直営のオーベルジュ「御宿 富久千代」をオープンしました。

オーベルジュとは、宿泊施設を兼ね備えたレストランのこと。つまり、「御宿 富久千代」は、佐賀の食材とともに「鍋島」を存分に堪能できる、日本酒好きにとって夢のような宿といえるでしょう。

酒蔵が直営のオーベルジュを立ち上げるのにどのようなストーリーがあったのか。また、「御宿 富久千代」ではどのような体験ができるのか。富久千代酒造 社長の飯盛直喜さんと、今回のプロジェクトの総責任者である飯盛理絵さんにお話をうかがいました。

歴史ある肥前浜宿の街並みを守るために

肥前浜宿地区の「酒蔵通り」

「御宿 富久千代」が建つ佐賀県鹿島市の肥前浜宿地区(ひぜんはましゅく)は、有明海に注ぐ浜川の河口にある江戸時代から栄えた宿場町です。

江戸時代から昭和時代にかけて酒や醤油などの醸造業を中心に発展した地域で、国の重要伝統的建造物群保存地区(伝建地区)にも指定されているエリアには、「酒蔵通り」と呼ばれる土蔵造りの建物が並ぶ通りがあります。

そんな歴史ある佇まいを感じさせる通りを進むと、その一角にかやぶき屋根の建物が現われます。ここが、富久千代酒造が営むオーベルジュ「御宿 富久千代」です。

「御宿 富久千代」の外観

富久千代酒造の飯盛理絵さんは、この建物との出会いを次のように話してくれました。

「オーベルジュにした建物はかつて醤油を造っていた蔵の建物で、すでに廃屋になって久しかったのですが、それを7年前に買い取りました。酒蔵通りに面しているのに老朽化が著しく、肥前浜宿の景観にとってマイナスだと思ったんです」

街並みの景観を守るために建物を修復することになりましたが、伝建地区にある建物なので往時のままに直すことが修復の条件。そこで太宰府や吉野ヶ里遺跡などの修復で実績のある職人たちに来てもらい、3ヶ月かけて茅葺き屋根や外壁などを昔の姿に復元しました。

富久千代酒造の飯盛理絵さん

富久千代酒造の飯盛理絵さん

「修復だけで当初の目的は達成できたのですが、きれいになった外観を見ていて、この建物を何かに活用したくなって考えたのがオーベルジュです」

2011年にIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)SAKE部門のチャンピオンサケに選ばれて以来、富久千代酒造には国内外から多くの日本酒ファンが訪れていました。ですが、酒蔵での滞在時間はせいぜい2~3時間程度。周辺にレストランや宿泊施設がなく、食事をするのに佐賀市内まで移動したり、宿泊のために近隣の有名温泉地へ向かう方がほとんどでした。

「海外にはオーベルジュを経営するワイナリーが多数あります。それならば、日本酒蔵も手掛けてもいいのではないかと考えたんです。九州の海の幸、山の幸とともに日本酒を合わせて提供できる宿ができれば、『鍋島』をこれまでこよなく愛してくださった方々へのお礼にもなりますし、肥前浜宿という街への貢献もできます。そんな経緯で、3年前にオーベルジュの立ち上げを決めました」

宿泊者限定の酒蔵見学コース

リノベーションして生まれ変わった「御宿 富久千代」は、1日1組、最大4名まで宿泊することができます。宿泊客には、普段は非公開の酒蔵見学や銘酒購入などの特典もついていて、まだオープンしたばかりですが、すでに3ヶ月先まで週末の予約が埋まるほどの人気ぶりです。

富久千代酒造の酒蔵は、オーベルジュから歩いて5分のところにあります。蔵に入ると、精米所だったスペースを改装したギャラリーがあり、「鍋島」のラインナップがずらりと並んでいました。

「御宿 富久千代」のギャラリー

「製造の現場は見てもらえない代わりに、ここをギャラリーに改装して、うちの酒造りの雰囲気を味わってもらおうと考えました」と、社長の飯盛直喜さん。

ギャラリーの奥の扉を抜けると、造りの現場があります。甑(こしき)は2基あり、時間差で蒸し上がるようにして両方の甑を交互に使っているのだとか。仕込み部屋にはタンクが20本以上びっしりと並び、搾り機は空調設備が整った部屋に2基ありました。この日も発酵中の醪があり、芳しい香りが蔵の中を漂っていました。

「草庵 鍋島」のダイニング

見学の最後には、蔵の一角に作られたガラス張りのテイスティングルームに案内され、「鍋島」の大吟醸と純米大吟醸の2種類を味わうこともできました。

築200年の古民家で過ごす一夜

「御宿 富久千代」の外観

酒蔵見学のあと、オーベルジュに戻ると、部屋に案内されました。

木造2階建ての建物の小さな引き戸をくぐって中に入ると、右手にお酒を搾るのに使った古い槽を再利用したチェックインカウンターがあります。

「御宿 富久千代」の室内

カウンターの反対側が部屋の入口で、靴を脱いで入ると、そこはくつろぎのラウンジ。柱や梁などは昔の建築当時のものが活かされていて、柱に刻まれた無数の傷あとが200年の歴史を感じさせます。

「御宿 富久千代」の寝室

隣接するベッドルームには、欄間や床の間などが当時のまま残されていて、2つのローベッドと見事に調和しています。

「御宿 富久千代」の寝室

もう1つのベッドルームは、ライブラリーの奥に屋根裏をロフトのように改装したもの。天井の一部をはめこみガラスにして、茅葺きを裏側から眺めることができるようになっています。

 

「御宿 富久千代」の内庭

渡り廊下からは中庭が見え、その一角に煉瓦造りの煙突が佇み、かつて醤油蔵だった面影が感じ取れます。

「御宿 富久千代」の室内

インテリアにはイタリアの高級家具などが置かれ、それが不思議と歴史を感じさせる建物と調和しているのが驚きです。この広々としたスペースを最大4名で独占できるという贅沢極まりない滞在に、思わずため息がでました。

「鍋島」と九州産の食材とのペアリング

「御宿 富久千代」の夕食は、隣接する「草庵 鍋島」にて。奥へ進むと、バーのカウンターなどによく使われる南アフリカ産の樹木の一枚板でできたテーブルに、ゆったりと6脚の椅子が並んでいました。

「草庵 鍋島」料理長・西村卓馬さん

「草庵 鍋島」料理長・西村卓馬さん

カウンターの向こうに立つのは、料理長の西村卓馬さんです。

現在28歳という若さの西村さんは、調理師専門学校を卒業後、和食の名店「神楽坂 石かわ」で5年ほど修業。さらに食の知識を習得するために福岡のモダンフレンチのお店へと移ります。

しばらくして、西村さんオーベルジュを立ち上げるに当たって腕利きの料理人を探していた飯盛夫妻と出会いました。

日本酒蔵が直営でオーベルジュを開く意義について夫妻が熱く語ると、西村さんは「コロナが終息すれば海外からも多くのお客がやってくる。そんな人たちをおもてなしすることは自分の貴重な経験になる」と、料理長になることを快諾します。

「草庵 鍋島」の定員は1組6名。「お客様1人1人と向き合って、心を込めた料理が提供できるのは6名が限度なんです」という西村さんの要望によるものです。

そんな西村さんがこの夜のために用意してくれたのは、九州産の食材を使った数々のメニューです。

  • 唐津産の蒸しアワビ、オクラと枝豆のジュレを添えて
  • 有明海産マナガツオの唐揚げ、鹿島産トウモロコシ揚げを添えて
  • 有明海産ワタリガニの真丈とじゅんさいの椀物
  • ノドグロの炭火焼き
  • 石鯛の昆布締めとコシガレイ、バフンウニのお造り
  • 天然シマアジの炙りとアオリイカのお造り
  • フルーツトマトの湯むき
  • 有明海産の天然海ウナギの炭火焼き
  • 鍋島の酒粕を与えた佐賀の経産牛と白なすの餡かけ
  • すっぽんで出汁を取った沢煮椀
  • 桜海老と万願寺唐辛子のご飯
  • 藻塩とミルクの練りたてアイス
「有明海産マナガツオの唐揚げ、鹿島産トウモロコシ揚げを添えて」

「有明海産マナガツオの唐揚げ、鹿島産トウモロコシ揚げを添えて」

特に魚介類は肥前浜宿が面している有明海で水揚げされたものが中心。有明海特産の海苔も随所に使われています。

「東京と博多で修業していたころは、大きな市場が近くにあり、優秀な仲買人や優れた魚屋や八百屋がいて、よい食材を提案してくれていました。佐賀にはそうした頼りになる人は少ないので、すべて自力で食材を探し、定期的に取引してもらえるよう人との繋がりを大事にしなければなりません。これまで恵まれた環境で仕事ができていたのだと、佐賀に来て痛感しています」

「有明海産の天然海ウナギの炭火焼き」

「有明海産の天然海ウナギの炭火焼き」

西村さんは、さらに続けます。

「この辺の方言は難しくて、最初はまったく会話になりませんでした。蔵元の飯盛さんに通訳代わりに付き合っていただいて、多くの漁師さんや農家の方々を訪れて、毎日車で駆け回って美味しい食材を探しました。有明海の天然のマガモを獲る船にも乗りましたし、猪を仕留めたと聞くと、飛んでいって現場の様子を見たりと、この1年、本当にいい経験をしました。

このように出会った食材を使い、料理の仕上げはお客様の目の前のカウンターで行って、そのライブ感も一緒に楽しんでもらいたいと思っています。はるばる遠くからこのオーベルジュに足を運んでいただいたお客様に、九州をたっぷりと堪能していただけるようこれからも努力をしていきます」

佐賀県・富久千代酒造の「鍋島」

西村さんが作る料理に合わせて、「鍋島」が順番に提供されます。どの料理にどの銘柄を合わせるのかは、レストランマネージャーの松坂有紀さんと飯盛さんが相談して決めています。

最初に出されたのが、オーベルジュ専用の瓶内二次発酵のにごり酒。以後は料理との相性を考えながら、特別純米、特別本醸造、純米大吟醸など、9種類の「鍋島」がいろいろな温度帯で提供されました。宿泊者の特典として、供された「鍋島」を1人3本まで購入することもできます。

器や酒器への配慮も素晴らしく、唐津焼や有田焼、伊万里焼など九州の有名な陶芸家の作品が、それぞれの料理とお酒に合わせて使われていました。

「草庵 鍋島」の朝食

翌日の朝食は、佐賀県嬉野温泉の名物、温泉豆腐をメインにしたもの料理でした。口当たりのいい豆腐が、昨晩、お酒を十分に堪能した胃にとっても優しく染み渡ります。

「御宿 富久千代」の看板

肥前浜宿の古くからの街並みを楽しみ、九州の海の幸と山の幸、そして佐賀の銘酒「鍋島」を堪能できる「御宿 富久千代」と「草庵 鍋島」。

このオーベルジュに泊まれば、ますます熱烈な「鍋島」ファンになること請け合いです。佐賀を旅する機会があれば、ぜひ利用してみてください。

(取材・文:空太郎/編集:SAKETIMES)

◎施設概要

  • 名称:「御宿 富久千代
  • 住所:佐賀県鹿島市浜町乙2420番地1
  • 宿泊料金:55,000円~(2名1棟利用時・1名分料金)
  • 詳細・予約:公式サイトからネット予約
  • ※1日1組限定、最大4名様までご宿泊可能。
  • ※夕食、朝食は「草庵 鍋島」にて用意。
  • 名称:「草庵 鍋島
  • 料金:22,000円~(税込)
  • 電話番号:0954-60-4668
  • 予約受付時間:13時~17時
  • ※お食事のみご利用は電話で要予約。
  • ※毎週水曜日、木曜日は休館日のため受付ておりません。

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