「獺祭」や「新政」などを筆頭に、盛り上がりを見せる日本酒。飲み比べをウリにした店や、豊富な銘柄を取り揃えた店、日本酒と意外な料理のペアリングを提案する店など、さまざまなこだわりをもった店が増えてきています。

今回紹介するのは、"燗酒"にこだわる、東京・三鷹の名店「ひねもす」です。

住みたい町として人気の高い中央線沿いにある三鷹。エリア内に公園があるなど自然が充実しながらも、都心へのアクセスが良い町として知られています。

三鷹駅から徒歩2分。夫婦で提供する燗酒と小料理

ひねもすの外観

JR三鷹駅の北口を出て、線路沿いに東へ歩くこと2分。多くの日本酒ファンを唸らせている、燗酒と小料理の店「ひねもす」が見えてきました。

ひねもすの内観

店内には、カウンターが7席とテーブルが1つ。10坪ほどのこじんまりとした店内には、BGMとしてかすかに落語が流れ、落ち着いた雰囲気です。2016年にオープンした新しい店ですが、カウンターはいつも、おひとりさまや2人組の常連客でいっぱいなのだとか。

ひねもすを営む夫婦・雨宮謙二さんと雨宮明日香さん

店は、雨宮謙二さん・明日香さんの夫婦が営んでいます。謙二さんが料理を担当し、明日香さんが女将としてお燗番と接客を行います。

謙二さんは、日本料理や日本酒ビストロなど、幅広いジャンルの店で働いた経歴をもつ、この道20年以上の料理人。"酒を美味しくする季節の料理"をモットーに、和食だけでなく、世界各国の食材や調理法を取り入れた料理を創作しています。

女将の明日香さんは、日本料理の名店「銀座小十」、吉祥寺「にほん酒や」、四谷三丁目「旬菜料理 山灯」など、日本酒好きが集う名店でお燗番としての経験を積んできました。

日本酒は常時80種類。2つの温度を使い分ける、女将の燗さばき

ひねもすでは常時13〜14蔵・80種類以上の日本酒が揃う

日本酒は「竹鶴」「弁天娘」「十旭日」「風の森」「菊鷹」など、13~14蔵から80種類ほどを常に用意しています。西武新宿線の武蔵関にある酒販店「大塚屋」からキリッとした味わいの日本酒を、中央線の武蔵境にある「中川酒店」からフルーティーで芳醇なタイプを仕入れているのだそう。

女将の明日香さんが料理やその人の好みに合ったおまかせの燗酒も提供してくれる

日本酒は1合900円から。自分で選ぶこともできますが、明日香さんが提供してくれる、おまかせの燗酒も魅力的です。

一般的に、日本酒は緩やかに温めることで旨味が太くなり、急激に温めると酸が鋭くなると言われています。そのため、この店では70℃と90℃に保たれた、2種類の燗どうこを使用。酒質や料理に合わせた、ベストな燗をつけてくれます。

「柿と蕪の塩麹和え」と「菊鷹」(藤市酒造/愛知)

せっかくなので、前菜の「柿と蕪(かぶ)の塩麹和え」に合う酒をオーダーしました。「菊鷹」(藤市酒造/愛知県)を、70℃の燗どうこで52℃くらいまでゆっくりと温めます。冷酒で飲むと、プチプチとした舌触りのなかに乳酸を感じる、ふんわりとした甘い酒ですが、燗にすることで香りがふわっと広がり、シルキーな舌触りで甘さが緩みます。

「柿と蕪の塩麹和え」

トロッとしてほんのり甘い柿。ゆずが香るシャキッとした蕪。甘しょっぱい塩麹和えを、優しく引き立ててくれますね。

こだわりの料理に合わせて、女将おすすめの燗酒を!

「牛たんと大根のおでん」と「弁天娘 生もと純米 強力 22番娘 26BY」

寒い季節にうれしい「牛たんと大根のおでん」には「弁天娘」を選んでいただきました。牛たんの茹で汁、塩、醤油、みりんというシンプルな味付けで、素材の味が活きた優しい味わいです。

合わせる「弁天娘」は、70℃の燗どうこで60℃くらいまでゆっくりと温めてから、90℃の燗どうこで65℃まで一気に加熱。生酛ならではのキレが引き立ち、牛たんの旨味や出汁の味わいを邪魔せず、むしろ底上げしてくれます。

「純米酒リヨン」と「風の森 雄町 純米しぼり華」(油長酒造/奈良県)と「小笹屋竹鶴 生酛 純米原酒」(竹鶴酒造/広島県)。

続いては、酒好きにはたまらない「ひねもす」のスタンダードメニュー「純米酒リヨン」。ぜひとも注文していただきたい逸品です。

本来の「リヨン」は、豚バラ肉を白ワインやハーブで煮込んだフランス料理。これを、日本酒でアレンジしているのです。水を一切加えず、「白鹿」(辰馬本家酒造/兵庫県)の純米酒だけで豚バラを煮込んでいます。最終的には、自身の脂で煮込まれ、コンフィのような状態に。味付けは塩のみというシンプルな料理ながら、豚の旨味が凝縮され、酒によく合います。

「お好みに合わせてください」と、2種類の酒を用意していただきました。ひとつは「風の森」(油長酒造/奈良県)を54℃くらいまで緩やかに温めた燗酒。フルーティーで芳醇な味わいが、豚脂の甘味を広げてくれます。

もうひとつは「小笹屋 竹鶴」(竹鶴酒造/広島県)。少し加水して、70℃の燗どうこで60℃まで緩やかに温め、それから90℃の燗どうこで65℃まで加熱することで、キリッとした輪郭に仕上げています。酸味と旨味が鼻から心地良く抜け、豚脂を引き締めるような味わいに。

まったく方向性の違う2種類ですが、どちらも料理の新しい側面に出会わせてくれるような酒でした。

「自家製リコッタとピータンの胡麻山椒ダレ」と「舞美人 山廃純米酒」(美川酒造場/福井県)。

こちらは、ちょっと変わった取り合わせ。「自家製リコッタとピータンの胡麻山椒ダレ」と「舞美人」(美川酒造場/福井県)。

牛乳に生クリームとレモン汁を加えて、シンプルに手づくりした優しい味わいのリコッタチーズに、花椒の利いたごまだれがコクとキレを与えています。さらにパクチーを合わせることで、エスニックなおつまみに。

中華を感じる風味とチーズの味わいに、ヨーグルトのような発酵料理のテイストと酸味、そこに甘味のある「舞美人」が相性抜群です。

ひねもすでは、吉祥寺にあるクラフトショップ「mist」の酒器を使用している。

美味しい燗酒を引き立ててくれるのは料理だけではありません。「ひねもす」では、燗酒をより美味しく楽しめるよう、作家が手づくりした酒器を厳選して使用しています。

酒器は、陶芸家の中園晋作さん・寺村光輔さん・岳中爽果さんらが手がけた作品を、吉祥寺にあるクラフトショップ「mist」から購入しているのだそう。渡辺愛子さんの作品もあります。こだわりの酒器が、燗酒の美味しさをよりいっそう引き立ててくれますよ。

「甘口とか辛口とか、銘柄や産地などの情報にとらわれるのではなく、もっとフラットに日本酒を感じてもらいたいですね。こちらに身を委ねていただくことで、日本酒の世界がもっと広がると思います」女将の明日香さんはそう語ります。

のたりのたりと、夫婦ふたりが織りなす日本酒の世界に酔いしれてみてはいかがでしょうか。

(取材・写真・文/中森りほ)

◎店舗情報

  • 店名:「ひねもす
  • 住所:東京都武蔵野市中町1-21-10 奥野ビル1階
  • 営業時間:平日 18:00~0:00 (L.O. 23:00)/土日祝 17:00~23:00 (L.O. 22:00)
  • 定休日:不定休
  • 席数:カウンター7席 テーブル1つ (全席禁煙)
  • 電話番号:0422-27-8444
  • ※メニューは季節によって変わります。

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます