自宅で日本酒を楽しむ「宅飲み」が盛んですが、みなさんは、宅飲みでどんな酒器を使っていますか?
土の質感や色合いが美しい陶器のおちょこ、日本酒の温度が保たれる錫の片口、香りが引き立つガラス製のグラス。日本酒を彩る酒器には様々な種類があり、酒器の素材に加え、形状によっても、異なる味わいが楽しめるのが魅力です。
そして日本酒を語る上で忘れてはいけない酒器といえば、ヒノキで作った枡。今回は日本酒とは切っても切れない枡の歴史とその進化、自宅での枡の楽しみ方について紹介します。
時代とともに役割が広がった「枡」
木枡を酒器として使うことをイメージをする方が多いと思われますが、もともとは計量の器具。実は枡の歴史はとても古く、701年に施行された大宝律令が日本の度量衡(どりょうこう)制度の始まりと言われています。
年貢米や塩などを「一升」や「一合」と計量する道具として使われていた枡が、日本酒を楽しむ酒器として扱われるようになったのは、昭和に入ってから。酒器として使われるのは、比較的新しいできごとなのです。
現在、枡の生産量で日本一を誇るのが岐阜県大垣市。生産量全体の約8割が大垣市で生産されています。昔、枡づくりの拠点として栄えていた名古屋で修行を積んだ職人が、故郷の大垣に戻ってきたことから大垣でも枡がつくられるようになりました。
また、山地が近い大垣市では上質な木曽ヒノキが手に入りやすいという利点に加え、物流の拠点としても適した位置にあったことも、枡の一大生産拠点となった一因です。
大垣市は、日本でも珍しい「木枡で乾杯促進条例」が制定された、枡と日本酒が大事にされた地域。しかしながら、大垣市内にかつて11社あった専門メーカーは現在3社に減少し、時代やものづくりに対する価値観の変化を如実に示しているともいえます。
そんな中、お客様に枡を楽しんでいただきたい、と枡の新たな価値創出にチャレンジしているのが、大垣市にある専門メーカーの大橋量器です。代表取締役の大橋博行さんに話をうかがいました。
「枡=日本酒」のイメージが強いですが、枡が実際に使われるのはどんな場面ですか?
「メインユースは日本酒、従来からの計り、あとは節分でしょうか。最近は結婚式やお披露目イベントでも使われることも増えています」
日本酒と枡の縁は深いんですね。
「はい。ただ、うちは元々専門メーカーの中でも日本酒の酒蔵さんへの販売はそんなに多くなかったんです。私が家業を継いだ時から5年間くらいの間に、約1,500を超える酒蔵さんへ直接足を運び、蔵元さんにお会いしました。日本酒と枡の縁をさらに深めてこれたのはありがたいことですね。最近ではイベントでも活用シーンが増え、昨年は日本酒×枡×スイーツのイベントも開催しました」
現在、枡が進化しているとお聞きしましたが、どのようなものですか?
「『Noと言わない営業スタイル』を貫いてやってきて、時代やお客様ニーズの変化を掴んでチャレンジしたことで、いろんな枡のカタチが生まれました。枡にキャラクターやロゴをデザインしたコラボ枡に始まり、四角い方形に囚われないジョッキ枡やヒノキの香りを生かしたバスソルト、エコ加湿器などもありますよ」
普段見かける枡よりも、幅広い使い方ができますね
「もともと弊社は『人が集うところを枡で彩る』という考え方でやってきました。人が集まるところ、つまり生活の中でも酒器を始めとして日々の暮らしに取り入れられるのではと、いろいろとニーズを踏まえて考えています。ここ数年間は海外のイベントでも枡をご紹介していますが、建材として枡を取り入れた事例もありますよ」
国内外問わず、さまざまな形に姿を変えて、ニーズに合わせた独自のアイデアを産み出し続けている大橋量器も、新型コロナウイルスの影響は甚大だといいます。売上では昨年比で3月は約2割減、4月は約8割減と、まだまだ先が見通せない状況が続きます。
「人が集うイベントや結婚式が軒並みキャンセルとなり、枡工房には大量の枡が積み上げられています。この状況では大事にしてきた『人が集うところを枡で彩る』という考えだけでは太刀打ちできません。ここは発想の転換で『人が集えない時の枡の活用方法』を考えたんです。『我々が枡を通じてどういう価値を生み出せるのか?』と、新しいことにチャレンジしてみました」と、大橋さん。
大垣市の魅力を詰め込んだリターン品が盛りだくさん
大橋量器がチャレンジしたのは枡を使ってのStay homeの推進とクラウドファンディングです。
枡の側面に「#Stay home」が刻印された「わたしたちはコロナに負けずおうち時間を楽しみ枡!」という商品を、5月31日までの期間限定で発売しています。宅飲みを推進することで感染拡大防止を呼びかけるだけでなく、その売上の一部が国境なき医師団の「新型コロナウイルス感染症危機対応募金」に寄付される仕組みです。
そして、地元・大垣市の酒蔵(三輪酒造、武内酒造、渡辺酒造醸)と酒屋(ムトウさかや)でタッグを組み、初めてのクラウドファンディングにも挑戦。伝統工芸である枡づくりは、作り続けることでその技術と伝統が受け継がれます。職人の雇用と技術力の維持という点からも、このクラウドファンディングの意義は大きいといえるでしょう。
伝統ある大垣の枡を途絶えさせないこと。枡職人の技術と生活を守ること。購入者は宅飲みを楽しむのにぴったりな大垣の枡と日本酒をリターン品として受けとれること。このクラウドファンディングは、関わる全ての人にとってうれしいことばかりです。
筆者もクラウドファンディングで日本酒とのセット品を購入しました。通常のクラウドファンディング発送は7月ごろとなりますが、今回は特別に一足先に送付してもらい、宅飲みにチャレンジしてみました。
届いたパッケージを開けると、ヒノキの良い香りが広がり、癒されます。自分の名前と共に「ありがとう」の文字が刻印された四角い方形の一合枡、三角形のおちょこが1つづつ入っています。一緒に届けられた日本酒は三輪酒造の日本酒で、"美濃のマムシ"と呼ばれた斎藤道三にちなんだ、力強い辛口酒だそうです。しっかり冷やしておつまみとともにいただきます。
口元に近づけると日本酒とヒノキの良い香りを楽しめます。一口含むと口当たりは柔らかいにも関わらず、しっかりとした味わい。お米の甘みを感じます。おつまみに用意した「いぶりがっことクリームチーズ」のまったりした重さにも負けていません。枡を眺めながら、香りも一緒に楽しめて心が癒されます。
リターン品の種類もたくさんあり、昨今話題の疫病退散の神様・アマビエが刻印された枡や、エコ加湿器が含まれたものも用意されています。また、日本酒とのコラボだけでなく、地元の盆栽ショップやフラワーショップ、せんべい屋ともコラボしていて、大垣の全体の魅力を知ることができます。
新型コロナウイルス感染拡大が続く状況にまだまだ油断ができませんが、「人が集まるところが枡で彩られる」という言葉に想いをはせながら、枡で日本酒を楽しんでみてはいかがでしょうか。
(文/Spool)