日本では、古くから神様とのコミュニケーションの場に酒がありました。酒は神様の領域に近付けるものと捉えられ、神事には必ず「御神酒(おみき)」が用意されています。
酒造りでも神事は欠かせません。日本酒を醸すということに対して、当時の人々は自然からの見えない力を感じ畏怖していたからです。そのため、酒を造るときは常に神様に祈りを捧げてきました。酒造りの歴史には、神様を祭る場所、つまり神社と密接な関係にあったのです。
この連載では、酒造りとの関わりが深い京都の神社について掘り下げていきます。第2回目は「上賀茂神社」と「下鴨神社」です。
軟らかな水が湧き出る「上賀茂神社」
上賀茂神社と下鴨神社は、前回ご紹介した松尾大社も含めて、平安京を守る神々の社として重要な位置づけがされている神社です。
方位学的にみると、都の東側にある比叡山から西側の松尾大社を結んだ寅申線[いんしんせん・寅(東北東)の方位と申(西南西)の方位を結ぶ線]の上に、下鴨神社や京都御所、秦氏とのつながりが深い木ノ嶋神社が配置されています。
寅申線は、夏至の太陽が昇る方角(寅)と冬至の太陽が沈む方角(申)を結んだ線で、都の造営に大きいな関りがあるようです。
新緑の5月には、京都三大祭のひとつである「葵祭」が上賀茂神社と下鴨神社で施行されます。
「葵祭」は正式には「賀茂祭」といい、石清水八幡宮の「南祭」に対して「北祭」と呼ばれ、御所から下鴨神社、上賀茂神社への道のりを平安時代の装束で行列が練り歩く「路頭の儀」が開催されます。
神山湧水は、上賀茂神社本殿の背後にそびえる神山をくぐって湧き出るご神水です。
非常にまろやかで軟らかい水で、京都御所の梨木神社の水と比べると格段にやわらかいイメージです。同じ京都市内でも鴨川を挟んで西と東ではこんなに水の味が変わるのかという印象が残りました。
「下鴨神社」と神々の酒宴
下鴨神社の正式名称は賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)で、北西から流れる賀茂川と北東から流れる高瀬川が合流する地点に位置しています。
上賀茂神社の方向から流れてくる「賀茂川」は、下鴨神社を境に「鴨川」へと名前が変わります。下鴨神社の周辺は、現在は高級住宅街となっていて、通称・社長通りと呼ばれる下鴨西通をはじめ閑静な風景が広がっています。
京都を囲む山々のうち、最高峰が西山連山の愛宕山、それに次ぐのが東山連山の比叡山です。
愛宕山側に位置するのが松尾大社を勧請した秦氏、反対に比叡山側に領地を持つのが賀茂氏。秦氏が西側の葛野郡、賀茂氏が東側の愛宕郡と、2つの氏族がそれぞれの領分を均等に分けあいながら共生していたことが読み取れます。
「山城国風土記」によると、丹波の国の神野の国津神、伊可古夜日女(いかこやひめ)と賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)の間に生まれたのが玉依日賣命(タマヨリビメ)で、その子である賀茂別雷神(かもわけいかづちのみこと)が上賀茂神社の祭神です。
玉依日賣命が石川の瀬見の小川で川遊びをしていた時、川上から丹塗りの矢が流れてきて、それを取って床に置いていたところ、やがて懐妊して子を産みます。それを祝うために賀茂建角身命は大きな産屋を建て、八腹の酒を醸し、神々を集め酒宴を開きました。
そして、その生まれた子に向かって、「汝の父親は誰だと思うかね、その者に酒を飲ませようじゃないか」と言うと、その子は盃を持ったまま天井を突き破り、稲妻となって天に昇っていきます。
この矢は、乙訓郡の社に坐する火雷神(ほのいかずちのかみ)でした。この話から、この矢から生まれた子は賀茂別雷神と名付けられ、下鴨神社の祭神、賀茂建角身命と玉依姫命はお酒の神様として奉られています。
世界遺産にも登録された古代の森
下鴨神社の南側にある「糺の森(ただすのもり)」は、古代の自然を今に伝える鎮守の森。1994年には、「糺の森」も含めて、下鴨神社全域が世界遺産に登録されています。
もともとは、秦氏の領地である太秦地区の木島神社周辺を「糺の森」、神泉を「糺の池」として都の人々の平穏無事を願い、身を注いで疫病などを遠ざける場とされていました。平安遷都後、嵯峨天皇がその役割を下鴨神社に移し、現在は下鴨神社の森が「糺の森」と呼ばれ、木島神社は「元糺の森」「元糺の池」と呼ばれています。
下鴨神社境内には、いくつかの小川が流れています。その中のひとつが本殿の脇にある御手洗池から流れ出る御手洗川です。手を注ぎ、身を清める役割を果す禊を行う川で、他の神社でいえば、伊勢神宮の五十鈴川にあたります。
御手洗池の底から吹きあがった泡が団子のように見えたことが、下鴨神社は"みたらし団子発祥の地"といわれています。
そして、もう一つ有名なのが、百人一首の中の藤原家隆卿の一首です。
風そよぐ ならの小川の ゆふぐれは みそぎぞ夏の しるしなりけり
風がそよそよと吹いて楢(ナラ)の木の葉を揺らしている。この、ならの小川の夕暮れは、すっかり秋の気配となっているが六月祓(みなづきばらえ)のみそぎの行事だけが、夏であることの証なのだった。
夏越しの祓え式が行われる6月末のこと。本格的な夏を迎える前に半年分の穢れをふり払うことを目的に行われます。家隆卿の一首から、下鴨神社が都の穢れを払い清める聖地であったことが読み取れます。
御手洗池の先には、瀬織津姫命(せおりつひめ)を祭る井上社(御手洗社)があります。土用の丑の日には、足つけ神事が行われるなど、夏の京都観光で訪れたいスポットです。涼やかな小川の流れとそよ風にあたってるうちに、お酒の香りが恋しくなります。
神社の境内で「丹山酒造」の酒を味わう
下鴨神社で、日本酒の販売ブースを出しているのが、丹波亀岡の「丹山酒造」です。明智光秀の居城であった亀山城跡から、徒歩で数分の距離に蔵があり、蔵元の長谷川社長は女性杜氏の先駆けとして話題になりました。
下鴨神社の御用達として正月の振る舞い酒など提供し、週末には境内のブースで試飲販売をしています。参拝前に口を清めて神前に進むか、参拝を終えてからじっくりと吟味してお土産を選ぶか、とても迷うところです。
丹山酒造おすすめのお酒をご紹介いただきました。有機栽培で育てた丹波産の酒造好適米を使用した純米大吟醸「丹山 完熟」です。
「完熟」というと、お酒を長い間熟成させた古酒なのかと考えたくなりますが、こちらは発酵をしっかりと行った商品といえそうです。ですが、決して辛口ということはなく、甘みも残しつつ、バランスの取れた味わいになっています。
火入れと濾過によって味のダレを防ぎ、上槽後のアミノ酸などのオフフレーバーの増加を防いで雑味が低減されている感じがします。無濾過原酒や生酒などの限定酒につい惹かれがちですが、濾過や火入れなど上槽後の細やかな技術で造ったお酒にもぜひ注目していただきたいと思います。
平安京を守る神々の社として重要な位置づけがされていた上賀茂神社と下鴨神社。そこから流れる清らかな水の流れは人々に憩いをもたらし、もしかしたら清めの酒も醸していたのかもしれません。
(文/湊 洋志)
◎参考文献
- 「秦氏とカモ氏―平安京以前の京都」(中村修也著/臨川選書)