ワインやウイスキーなど、世界で広く飲まれている酒には、熟成の概念が強く根付いています。一方、日本酒は購入してすぐに飲み切るのが今でも一般的です。しかし、日本酒を熟成させて楽しむ文化は古くからありました。

歴史をさかのぼると、鎌倉時代にはすでに3年熟成の酒があったとされ、それから江戸時代まで、熟成酒を楽しむ文化が続いていきます。ところが明治時代になると、苛酷な酒税によってその伝統が途絶えてしまいました。

それから約100年後、昭和40年ごろから、熟成させた日本酒を復活させようという動きが始まり、現在では「熟成古酒」として商品開発が進むとともに、消費者の認知度も上がってきています。

米づくりが育んだ、日本人の国民性

縄文時代の後期に日本へ伝わった稲作。安定的な収量が得られることや万一に備えて蓄えられることから、人々の定住を進め、当時の生活を一変させました。

山や谷が多く平地の少ない日本での稲作は、現在も各地で見られる棚田のように、斜面を削って水平な水田をつくることから始まります。稲作のなかで、水田に水を引くための水源を確保したり、その水がすべての水田に行き渡るように緻密な土木工事を行ったりと、現代にも通じる高度な土木技術を編み出してきました。

水田稲作が広がるにつれて、農民を統率する強力なリーダーを中心とした集団が各地にでき、それが国家の形成につながっていきます。日本という国の成り立ちを考えると、稲作が果たした役割はとても大きなものでした。

米づくりは、手を加えれば加えるほど収量が増え品質が良くなるため、さらに美味しい米を安定的に得るための創意工夫や、わずかな変化を見逃さない観察眼、毎日勤勉に働き試行錯誤を続ける力を、先人たちは養ってきました。

このような、現在の日本人に繋がる国民性は、複雑で緻密な日本酒造りにも活かされています。

日本酒は「並行複発酵」で造られる!

世界の醸造酒は「単発酵」「単行複発酵」「並行複発酵」のいずれかで造られています。

「単発酵」で造られるのは、ブドウを搾って発酵させるワインや、蜂蜜を薄めて発酵させるミード(蜂蜜酒)など。原料そのものに酵母のエサとなるブドウ糖が含まれているため、その発酵の手順は極めてシンプルです。人類が造った最初の酒は「単発酵」であると言われています。

ブドウの搾り汁(ブドウ糖) + 酵母 → ワイン(アルコール)

「単行複発酵」で造られる代表的な酒はビールでしょう。

はじめに、発芽させた大麦の麦芽を自身がつくる酵素(マルターゼ)によって糖化します。そうしてできた麦汁を濾過し、ホップを加えて殺菌。そして、このホップが加えられた麦汁に酵母を添加し、アルコール発酵を進めていきます。糖化と発酵が段階的に行われることから「単行複発酵」と呼ばれているのです。

大麦(でんぷん) + 麦芽酵素(マルターゼ) → 麦汁

麦汁 + 酵母 → ビール(アルコール)

日本酒の場合は、でんぷんの糖化とアルコール発酵が同じタンクの中で並行して進む「並行複発酵」を利用して造られます。

まずは原材の酒米を、米麹に含まれる酵素(アミラーゼ)の力で糖化し、同時に、その糖分を使ってアルコール発酵が進むため、他の発酵形式に比べて糖分の割合が低く、アルコール度数20%前後の醸造酒としては、アルコール濃度の高い酒ができあがります。

米(でんぷん) + 米麹(アミラーゼ) → 酒母(ブドウ糖) + 酵母 → 日本酒(アルコール)

口噛み酒から三段仕込み、そして「酒屋万流」へ

口噛みの酒から始まった酒造りは、麹を取り入れることで、量を多く造ることができる、よりアルコール度数の高いどぶろくへ進化していきます。しかし、古代の日本人はそれだけでは満足しませんでした。もっと美味い酒、もっと気持ち良く酔える酒を求めるなかで、どぶろくをそのまま飲まずに一旦搾り、搾った酒に麹・蒸米・水を加えて再び発酵させる「醞(しおり)法」という造りを始めます。

出雲神話の「大蛇(おろち)退治」で使われた「八塩折之酒(やしおりのさけ)」は、この「醞法」を8回繰り返した酒です。ただ、実際に8回繰り返したわけではなく、"数多く"という意味で、"八"という数字が使われているのだそう。

ところが、この「醞法」は手間がかかる割に、完成した酒を飲んでもあまり酔うことができなかったため、さらにアルコール度数の高い酒を造ろうと試行錯誤が繰り返されます。

そこで、一度小さな仕込みをし、発酵が盛んになったころを見計らって、麹・蒸米・水を加えて発酵させることを繰り返す「酪(とう)」方式が編み出されました。これが「添・仲・留」の三段仕込みへと進化し、並行複発酵と呼ばれる現代の高度な日本酒造りの技術が完成します。

並行複発酵の確立により、使用する米の品種、麹菌や酵母の違い、蒸米と麹の使用割合、発酵温度や操作を変えることで、実にさまざまな日本酒を造ることができるようになりました。これが「酒屋万流」と言われる由縁です。

<参考文献>

  • 『米を選んだ日本の歴史』(原田信男/文春新書)
  • 『日本の米』(富山和子/中央新書)
  • 『米と日本人と伊勢神宮』(上之郷利昭/PHP研究所)
  • 『日本の酒5000年』(加藤百一/技報堂出版)

(文/梁井宏)

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