フレンチの皇帝とも呼ばれるジョエル・ロブション氏を父にもつルイ・ロブション氏が代表取締役を務める、日本酒を中心とした日本産品の輸出商社「JAPAN EXQUISE株式会社」が、10月2日、フランス・パリの三ツ星レストランをターゲットに開発した日本酒の発表会を外国特派員協会にて開催しました。
本プロジェクトの画期的な点は2つ。まず、国内で販売されている既製品ではなく、パリで販売するのに合わせて一から造られた日本酒であること。次に、三ツ星レストランに通う、食への関心が高い常連客に飲んでもらうことで、日本酒のフランス市場での拡大を狙っていることです。
5酒蔵から出された6商品、合計2,080本の日本酒は「ジョエル・ロブション」「アラン・デュカス」「パヴィヨン・ルドワイヤン」といったパリの三ツ星レストランでの導入が決定。10月5日に行なわれる「パヴィヨン・ルドワイヤン」での発表記念ディナーを皮切りに、著名シェフやソムリエ、ジャーナリストなどを招いた記念ランチやディナーを随時開催していきます。11月からは日本、台湾、中国など、アジアの三ツ星レストランへの展開も予定しています。
海外における日本酒の価値を再定義する
福岡県出身の母をもち、幼少時代を福岡、高校までをフランス・パリ、そして大学生活を日本で過ごしたルイ・ロブション氏。2012年、主にフランスワインを日本に輸出する「株式会社ルイR」を設立し、2016年7月、日本酒を海外に輸出する「JAPAN EXQUISE」を設立しました。
ルイ氏は「日本酒の海外輸出が増えていますが、提供されるのは主に和食店のみ。現地在住の日本人や日本人旅行者に消費されるばかりで、日本人コミュニティーの壁を越えられていません。フランスでも、三ツ星レストランなどのハイエンドな店には、なかなか導入されていないのです」と、海外における日本酒の現状を話します。
「どうしたら日本酒がフランスに受け入れられるのかを考えた時に、最初から現地に合わせて日本酒を造らなければ、その壁は越えられないと思いました。そこで、以前からお付き合いのある5蔵に協力していただき、国内で販売するのとはまったく別の日本酒を造りました」
今回の商品について、価格を100〜500ユーロと通常の日本酒よりも高めに設定したのは、醸造技術の高さに比べて安すぎると言われる、日本酒の価値を高めたいという狙いがありました。地域の特別な原料と製法を採用し、ボトルデザインにもこだわるなど、手間暇をかけているからこその価格です。
続いて、5酒蔵から発表された商品を紹介します。(発表会で紹介されたのは、5商品のみ)
「Cuvée Louis Robuchon」国稀酒造(北海道)
ルイ氏が「日本海の潮風が吹き荒れる日本の最北端にあり、ミネラル感がとても特徴的」と紹介したのは「Cuvée Louis Robuchon」(720ml/300本限定)。
北海道は面積のわりに酒蔵の数が少なく、ビールや甲類の焼酎が好まれてきました。しかし、2000年に開発された酒造好適米「吟風(ぎんぷう)」をきっかけに、道産の米にこだわった酒蔵が増え、近年は日本酒が盛り上がっています。
国稀酒造の林花織氏は「私たちもずっと吟風を使い続けてきました。きょう発表されたお酒にも使われています。軽快でいながら、芳醇な味わいです。地元で豊富に穫れるシーフードに合う、生活に密着した気軽になお酒になっています」とアピールしました。
ルイ氏は、ブルターニュ地方で牡蠣の養殖場を訪れた時、牡蠣にはシャブリ(辛口の白ワイン)が合うと思っていた専門家が、国稀酒造の日本酒を飲んでその相性の良さに驚いたというエピソードを披露し、今回のお酒はその改良版だと説明しました。
「Yamabuki 1988」金紋秋田酒造(秋田県)
熟成古酒に力を入れる金紋秋田酒造。ルイ氏は何度も足を運び、自身の年齢と同じ、30年ものの貴重な熟成酒を販売したいとお願いしたのだそう。それが、今回披露された「Yamabuki 1988」(500ml/100本限定)です。
代表取締役社長の佐々木氏は「この琥珀色は、旨味の塊です。これまでずっと、和食と洋食の壁を飛び越えられる日本酒造りに取り組んできました。今回、食とコラボするという意味では、とても良いチャンスだと思います。フランスで日本酒の価値を高めることで、新しい広がりが得られるのではないかと考えています」と、今後の期待を述べました。
「Miwatari L’Expression de Takane Nishiki」豊島屋(長野県)
酒蔵のすぐ近くにある、南アルプスの田んぼで育った酒造好適米「たかね錦」を使い、山々の息吹や咲き乱れる花の香りを感じさせる「エレガントで、シルキーで、キレのタッチがある」と紹介された「Miwatari L’Expression de Takane Nishiki」(740ml/800本限定)。
豊島屋の林氏は「今年で創業151年目を迎えます。テロワールを大事に、長野県産米だけですべての商品を造ってきました。美山錦、金紋錦、ひとごこち、しらかば錦、たかね錦......5種類ある県産の酒造好適米のなかで、たかね錦を使っている蔵は県内でも数えるほどしかありません。世界中の方々がこのお酒を飲んで感動し、地元・岡谷市に訪れてくれたら幸せだなと思っています」と、話しました。
今回、イタリアからボトルを取り寄せ、特殊なコルクを使用しているのもあって、瓶詰めをすべて手作業で行うなど、あらゆる面で手間暇をかけたようです。
「Kiyama Grand Cru」基山商店(佐賀県)
「佐賀県基山町にあり、蔵から数分歩いたところにある田んぼの米を使用しています。佐賀清酒の持ち味は芳醇な旨味ですが、今回は酸味を強調してほしいとお願いしました」と、ルイ氏が話すのは、今回の発表会で用意された「Kiyama Grand Cru」(750ml/限定80本)。当蔵は「Kiyama "Sélection Parcellaire"」(750ml/限定500本)も醸造しています。
「3.5以上の酸度を出してもらい、佐賀酒らしい米の芳醇な甘味とのバランスがよく取れた、口当たりのソフトなお酒です」(ルイ氏)。フレンチのなかでも、フォアグラやブルーチーズなどと相性が良いとのことです。
基山商店の小森氏は「地元の米で造ったお酒です。濃醇で甘口な佐賀県らしい味わいを大事にしながら、そこに酸味を足すことで、どんなお酒に仕上がるか楽しみでした。キレがありつつ、甘味と酸味のバランスが良く、ワインのような印象だけど米の甘味が出ている、良い仕上がりになったと思います」と、手応えを感じているようでした。
「Special Cuvée <<Wakatake>>」若竹屋酒造場(福岡県)
ルイ氏が「福岡県産の山田錦を100%使っています。兵庫県産と比べると香りは穏やかですが、旨味があって、熟成させると味がのってきます。ほんのりとした苦味とスパイシーなタッチがあって、香辛料を効かした料理に合うと思いました」と、紹介したのは「Special Cuvée <<Wakatake>>」(720ml限定/300本)。
副社長の篠田氏は「福岡県産の日本酒を広めていきたい思いから、ラベルは県の形をモチーフにしました。日本酒は究極の食中酒として、みなさんを幸せにできるお酒です。うちのお酒は、最初の1杯よりも締めの1杯でありたい。『何だか落ち着く』という気持ちを体感してほしいです」と、熱く語りました。
日本酒の突破口は、テロワールと料理のペアリング
記者発表後、ルイ氏に個別でインタビューさせていただきました。
─ 「日本酒を再定義したい」とは、どういうことでしょうか?
フランスなどの海外では、日本酒と聞くと、中国における白酒のようなアルコール度数の高いお酒をイメージする人が多いです。本当の日本酒は、まだ知られていません。
─ 日本酒の価値をどのように伝えていきたいですか?
フランスでは、ヴィンテージ以上にテロワールが大事にされています。日本酒については、県外産の米を使って酒造りをすることが珍しくないため、ソムリエがお客さんへ説明する時に、どのように地域性を伝えるべきか難しいという背景がありました。今回の商品は特に地域性を大事にしているので、訴求力が高く、パリのソムリエたちにとっても説明しやすいと思っています。
─ パリで今回の日本酒を提供する時は、コース料理の品々に合わせていくのでしょうか?
そうですね。もちろん、全商品を導入するレストランもありますし、いくつかのみという場合もあると思います。ただ、コースの料理それぞれに合わせて、ペアリングする日本酒を変えていくことを考えているので、料理との相性をしっかりと伝えています。ワインの代わりに日本酒を広めるということではなく、「この料理なら日本酒のほうが合う」ということを体験してもらい、選択肢を増やしてもらいたいんです。
日本酒の価格を上げていく動きは、近年、国内でも見られるようになってきました。より米を磨くことが、ひとつの答えであることは間違いありません。しかし、この取り組みを通して、それ以外の新しい価値が見つけられるかもしれません。
今回用意した2,080本が好評だった場合は、来年以降も醸造を継続していくのだそう。ただし、ルイ氏は「何万本という単位で造ることはできないので、あくまでも、限られた本数の特別な日本酒になる」とし、海外に展開した日本酒が日本に逆輸入されるという未来も描いている様子でした。
(取材・文/乃木章)