日本酒の消費量が1973年をピークに減少を続ける中、海外市場では日本酒の人気が高まり、この10年で輸出額は約3倍、輸出量は約2倍に伸びています。
特に、アメリカ・香港・中国・台湾などのアジア諸国がその牽引役となっていますが、ヨーロッパではイギリスが輸出額1位、輸出量3位の位置にいます(2018年時点)。ヨーロッパでの日本酒の普及において、イギリスは重要なポジションを担っているといえます。
ロンドンには実力のあるワイン商が多くいますが、それを支えているのは、ソムリエやワインアドバイザーを育成する世界最大の教育機関「Wine & Spirit Education Trust (WSET)」です。ロンドンに拠点があり、2014年から日本酒コースも開講されています。
さらに、毎年ロンドンで開催される世界最大級のワインコンテスト「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」には、2007年よりSAKE部門が開設されています。イギリスで大きく日本酒が盛り上がっているのは、この「WSET」と「IWC」が日本酒を扱うようになり、流通と認知度の拡大に貢献しているためと考えられます。
今回は、ヨーロッパの金融の中心であり、世界中からモノと購買力のある人が集まるロンドンで開催された「Dassai Bar」の取り組みから、現地の日本酒事情を紐解きます。
一夜限りの「Dassai Bar」がオープン
2019年7月、大英博物館の一角で一夜限りの「Dassai Bar」が開催されました。
同時に、大英博物館では5月23日から8月26日まで、「The Citi exhibition Manga マンガ」展も開催中。日本国外のものとしては最大規模のエキシビジョンで、多くの人でにぎわっています。
7月5日は、マンガ展に関連した特別イベントとして、コスプレパレードや、日本を代表するファッションデザイナー・山本寛斎氏とロンドン美術大学の学生によるファッションショーが開催され、個性的な衣装に身を包んだモデルと山本氏に大きな拍手が湧いていました。
「獺祭」醸造元の旭酒造は、山本氏がファッションと人間力で被災地をはじめとした各地へ元気を届ける「日本元気プロジェクト」への参加に伴って、ニューヨークのファッションデザイナー・アナスイ氏を含めた3者でコラボした、スペシャルパッケージの「獺祭」を限定販売しています。
この縁があり、山本氏と「獺祭」による一夜限りの「Dassai Bar」が実現したのです。
また、外務省の主導によって日本の魅力を多角的に発信する「Japan House」のスタッフや、日本酒の教育プログラム構築・流通マネジメントに携わる酒サムライで、サケ・コミュニケーターの菊谷なつきさんも開催の準備にあたりました。
日本酒×マンガの掛け合わせで大盛況
イベント当日は4時間にわたり、特設カウンターにて「獺祭 純米大吟醸45」「獺祭 純米大吟醸 磨き二割三分」「獺祭 純米大吟醸 磨き二割三分 早田 『ANNA SUI』×『KANSAI YAMAMOTO 』」の3種類が無料で提供されました。
旭酒造のスタッフと菊谷さんの日本酒講座で資格を取った元生徒を含めた6人は、酒米や精米歩合などを説明しながら提供します。それを熱心に聞く人たち、笑顔で味わいを語り合う人たちで溢れ、カウンター前は大盛況。
用意した約100本の獺祭は、あっという間になくなってしまいました。
大英博物館と「Japan House」のホームページでの事前告知もあり、「Dassai Bar」を目当てに来場した人もいましたが、マンガ展を目当てに来場し、たまたま「Dassai Bar」に寄ったという人が多く、幅広い年齢の方が来場していました。そのほとんどの方が、初めて日本酒を飲んだそう。
これまで日本酒を飲んだことがなかった理由として、「売っているのを見たことがない」という方が多く、人気は高まってきているものの、まだまだ日常的に目にする機会は限られているようです。
初めて飲んだ日本酒の印象をうかがうと、多くの方が「おいしい!」と話してくれました。また、「食事と合わせるよりもアペリティフ(食前酒)として飲むと思う」という声も。
以前に飲んだことがある方でも、これまで説明を聞いたことがなかったので、日本酒をよく理解していなかったそう。しかし、英訳された「獺祭」3種類の詳細ガイド、精米歩合の異なる酒米のサンプル、そしてスタッフの説明がとても参考になったとのこと。
マンガと日本酒という日本の"カルチャー"を掛け合わせることにより、蔵元の声と日本酒の味わいをこれまで飲んだことがなかった海外の方にも届けることができる、たいへん意義深いイベントでした。
日本酒を広めていくために
旭酒造は、7月5日に開催した「Dassai Bar」に前後して、ほかに2つのイベントを用意していました。
7月4日には、ロンドンで最も高級感のあるメイフェア地区の現代和食レストラン「Roka」に、ロンドン在住の食のジャーナリストやコンサルタントを招いて「Dassai Lunch」を開催。
食やワインに精通する情報発信者が日本酒と「獺祭」について理解を深め、正しく広めてもらうのが目的です。旭酒造の哲学に基づき、桜井社長がセミナーを行いました。
参加者からは、「獺祭 純米大吟醸 磨き二割三分 早田 『ANNA SUI』×『KANSAI YAMAMOTO 』」のコラボが意味することについての質問も。
これに対し桜井社長は「ファッションも日本酒も、"人生を楽しくしてくれるもの"という共通点があります。『獺祭』もいつも美味しく飲めて、飲んだ人の人生をより楽しくするものであるために努力を続けている」と答えました。
7月6, 7日には、年に何度かさまざまな酒蔵の日本酒や焼酎を紹介している「Japan House」にて、「獺祭」の無料試飲会が開催されました。
「Japan House」は日本の魅力を多角的に紹介するショールーム。日本茶スタンド、和菓子、酒器、茶器、織物、マンガ本、工芸品などを展示販売しています。
明るい空間に、日本文化に関する本のライブラリーやイベントスペースなどが設けられています。メインスタッフの多くは日本に滞在経験があり、日本文化が大好きな人たちだそう。
2階には、土間をイメージしたミニマルで繊細な日本の美意識を伝える空間が広がる、和食のレストラン・バー「Akira」があります。
入口にあるバーでは日本酒がスタイリッシュに並べられ、たくさんの種類を気軽にグラスで飲むことができます。
ロンドンで開催される日本酒イベントでは、試飲をして気に入っても、その場で買えないことが多いそうです。しかし、日本酒の販売もしている「Japan House」での試飲会は、参加者がその場で日本酒を購入でき、2階の「Akira」ではグラスでも楽しむこともできるため、参加者と日本酒が近くなれるようなイベントでした。
"日本の文化"としての日本酒
また、「Japan House」を通じた情報発信をたびたび行なっている、独立行政法人 日本政府観光局(JNTO)は、イギリスで人気の旅行ガイドブック「Lonely Planet」からの依頼を受けて、2019年7月号にて8ページにわたり掲載された「東京での日本酒の楽しみ方」についての特集に協力しました。
イギリスの旅行雑誌で8ページも日本酒を特集したものは初めてだったそうで、日本酒の人気の高まりがうかがえます。特に、「ラグビーワールドカップ2019日本大会」の開催に伴い、イギリスからは多くの訪日客が見込まれており、日本文化を楽しむうちのひとつとして日本酒も捉えられているとのこと。
2020年には東京オリンピック・パラリンピックも控える今、日本酒を海外へ伝えるための場は着実に広がっています。これからの動きにも目が離せません。
(文/中大路えりか)