近年の活躍が目覚ましい、茨城県古河市の青木酒造。全国新酒鑑評会での4年連続金賞や「SAKE COMPETITION 2015」純米吟醸部門での3位入賞をはじめ、海外でも、IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)や全米新酒歓評会など、数々のコンテストで優秀な成績を収め、飛ぶ鳥を落とす勢いの酒蔵です。

そんな青木酒造の代表銘柄は「御慶事」。仕込みの量が少なく、都内でも見かけることは多くありませんが、新しい商品を出せば、そのほとんどがすぐに完売してしまうほどの人気があります。現杜氏である箭内(やない)氏が酒造りに参加し、蔵の長女である知佐さんが専務として戻ってきた数年前から、テレビや雑誌にもたびたび取り上げられ、その人気は増すばかりです。

酒蔵そのものは、数々の受賞歴から想起される華々しいイメージではなく、落ち着いていて静かな佇まい。長い歴史を重ねてきた風格と、古き良き日本の風情が漂います。

茨城県古河市唯一の酒蔵

地元の人々に愛される、市内唯一の酒蔵

東京都の赤羽駅からJR東北本線に乗って1時間ほど。埼玉県と栃木県の県境にあたる、茨城県でもっとも内陸の古河市に着きました。青木酒造は、駅から徒歩5分ほどの場所にあります。

周辺に広がるのは、大河ドラマ『西郷どん』のロケ地として使われるほど、歴史を感じさせる街並み。江戸時代末期に当時の藩主が親しんだという、日本で初めて描かれた雪の結晶のスケッチが展示されている博物館や、石に印章を彫った篆刻(てんこく)専門の美術館など、文化的・芸術的な側面をもった町でもあります。

青木酒造は、古河市唯一の酒蔵。地元の人にとって身近な存在のようで、町の雰囲気に溶け込んでいる様子から、地域とともに生きてきた歴史が感じられます。

青木酒造のある古河駅

効率化を目指した、縦型の製造ライン

「うちはすべてオープンなので、何でも見せますよ」と、おおらかな笑顔で迎えてくれたのは、蔵の長女であり、現在は専務を務めている知佐さん。まじめに酒造りをしてきた自信が感じられますね。

母屋から奥へ進んでいくと、正面に貯蔵用のタンクが見えてきました。さらに歩を進めると、歴史を感じさせる醸造蔵があります。その隣には、全国的にも珍しい縦型の製造ラインをもつ、5階建ての建物がそびえ立っていました。

この建物では、1階で洗米を行なった後、水流を使って米を最上階までもっていき、そのまま5階で浸漬。その後、4階で米と水を分別して、3階で蒸し、2階で放冷を行なったあと、1階で仕込み用のタンクに投入します。この製造ラインは、蔵人の手前をできるだけ省くための工夫なのだとか。

青木酒造にある醪タンク

今まで以上のものを常に追い求める

青木酒造は、酒造りでもっとも重要な工程は「洗米」「蒸し」であると考えています。その考えのもと、数年前、さらなる上質な酒を求めて、洗米機と蒸し器を新調しました。米・水・酵母は茨城県産にこだわり、酒米だけでなく、時には食用米を使いながら、美味い酒を造っています。地元産の米は、地下から汲みあげる仕込み水との相性が良いのだそう。

しかし、メインに使う酒米で、茨城県唯一の酒造好適米「ひたち錦」は、まだまだ生産量が少なく、充分な量を確保できないという課題があるのだとか。だからこそ、今後、ひたち錦をしっかりと確保できるようになったときに最高の酒を提供できるよう、現状は酒質の向上が命題と捉えて、設備投資に力を入れているそうです。

すでに「飲んでみたいけど、なかなか手に入らない」という声がたくさん寄せられているという青木酒造。その状況について、知佐さんは次のように話します。

「期待して飲んでいただく方々には『やっぱり美味い!』と、いつも飲んでくださっている方々には『今年も美味しいね』『昨年よりも良くなった!』と思ってもらうためには、常に、これまでと同じものではなく、今まで以上のものを届けなければならないと考えています。『御慶事』の成長を自分のことのように喜んでくれるお客さんのためにも、良い報告をしたいですね」

青木酒造の知佐専務

酒質の向上を目指して新調した、洗米機と蒸し器を見せていただきました。

洗米機

近年の酒造業界で人気を博している、株式会社ウッドソンの洗米機を導入しました。その魅力は、米を痛めることがなく、研ぎムラがないこと。洗米の作業には繊細さが求められるため、職人による手洗いにこだわる酒蔵も少なくありませんが、導入する前に試してみたところ、茨城県産の米との相性が良く、以降の工程全体に良い影響が出ると確信して、投入を決めたのだそう。

青木酒造が導入した株式会社ウッドソン製の洗米機

蒸し器

これまでは、竪型連続蒸米機を使っていました。縦に長いタンクのような形で、米が蒸し上がると、自動で下の階に落ちるという仕組みのものです。新しく導入したものは、釜のような形状。「回転甑(かいてんこしき)」と呼ばれるタイプで、釜全体が回転しながら、米を蒸し上げていきます。これまでよりも高温で乾燥した蒸気を入れることができるため、より良い蒸米に仕上がるのだとか。

青木酒造が導入した回転甑

洗米・浸漬・蒸米の工程は「原料処理」とも呼ばれ、酒造りのなかでも、最終的な酒質に大きな影響を与えます。箭内杜氏は、原料処理の質を向上させることができれば、全体的な酒質を良くすることができるのではないかと、設備投資に踏み切ったのだそう。「新しい醸造機械を使いこなすことで、私たちがもっていた技術を生かし、酒質・品質を向上させて、お客さんに喜んでもらいたい」と、箭内杜氏は語っています。

心があたたかくなる酒を届けたい

箭内杜氏がいつも口にしている「心があたたかくなる酒を届けたい」という思い。古河市の街並みやそこに住む人々、酒蔵の風景や蔵内に漂う酒の香り、そして、酒造りに関わるスタッフの人柄や雰囲気など、さまざまな背景を知った上で「御慶事」を飲むことで、よりいっそう心がほっこりする。そのことを、ていねいに伝えていきたいのだそう。地元の人々を含め、みんなが誇りに思える銘柄にしたいと、日々の酒造りに邁進しているそうです。

「私が大切にしている、3つの言葉があります。それは『報恩』『感謝』『和楽』です。酒造りの楽しさを教えていただいた師匠への恩、私を迎え入れていただいた蔵への恩、私を支えてくれている家族や友人、造りに携わってくれた方々への恩......今の私を育ててくれたすべての恩に報いなければならないと思っています。そして、恩に報いることができる環境をつくっていただけるすべてに感謝し、和やかに楽しく、人生を全うしたいですね」

ただ美味い酒を造るだけではない。酒を通じてつながる人々や地域を、楽しくあたたかく紡いでいきたい。そんな思いが、青木酒造にはありました。この蔵は、まだ進化を続けることでしょう。数年後には、また違った一面を見せてくれるのではないかと楽しみでなりません。

(文/馬渡順一)

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます