新潟県佐渡市の両津港から車で1時間ほど。赤泊港に近い海辺にあるのが、株式会社北雪酒造。対岸に本州を臨む、日本海側で数少ない、日の出を拝むことができる海岸です。

県外でも海外でも、外で売れたものは巡り巡って地元でも売れる

北雪酒造の始まりは、明治5(1872)年に創業した羽豆家経営の個人商店。その後、昭和23(1948)年に有限会社羽豆酒造場が設立され、平成5(1993)年に現在の株式会社北雪酒造に社名を変更しました。

製造量は約4000石で、大吟醸をはじめとするプレミアム酒がそのうち75%。残りの25%は普通酒と本醸造酒だそう。酒質は折り紙付きで、「北雪 大吟醸 YK35」は「ワイングラスでおいしい日本酒アワード2014」の大吟醸部門で最高金賞、インターナショナル・サケ・チャレンジでもトロフィーを獲得するほどの実力。また、地元で愛される普通酒「北雪 金星」も、スローフードジャパンが主催する「燗酒コンテスト2013」のぬる燗部門で最高金賞の栄誉に輝いています。

北雪酒造は「県外でも海外でも、外で売れたものは巡り巡って地元でも売れる」という独自の信念に基づいて、あえて島外で勝負をかけました。島内消費がメインだった250石の小さな酒蔵は、その戦略と高品質で大きく成長したのです。

「北雪」銘柄の15%(約600石)は輸出用。日本食レストランのオーナーシェフである松久信幸さんが経営し、世界に展開するレストラン「NOBU」と日本酒納入の独占契約を結んでいるのだとか。「NOBU」は、全米No.1のレストランガイド「ザガット・サーベイ」のレストラン部門で1位を飾ったり、「ニューヨーク・タイムズ」で世界のレストランベスト10に選ばれたりと、各方面から評価の高いレストラン。ビジネスパートナーは、なんとハリウッドスターのロバート・デ・ニーロさんです。

「NOBU」と北雪酒造が出会ったきっかけはロックミュージシャンの矢沢永吉さん。矢沢さんがファンから北雪酒造のお酒を贈られた際に、親友の松久シェフにも勧めたところ、その旨さに感動し、北雪酒造に連絡をとりました。

「ぜひ、うちの店で使わせてほしい。ただし、海外で『北雪』が飲めるのは、私の店だけにしてくれないだろうか」と提案した条件を、羽豆社長は即座に承諾。その後「NOBU」がニューヨークやロンドン、ミラノ、東京など世界の各都市に計30店舗を構えるようになると、海外における「北雪」の評価も上がっていきました。今では「NOBU」ブランドの酒が世界の主要都市にある高級スーパーでも売られています。

自動製麹機に遠心分離機まで!革新的で合理的な酒造り

今期最後の仕込みが行なわれている酒蔵を、杜氏の渡辺寛治さんに案内していただきました。

蔵の入り口には米焼酎の熟成樽が。それぞれの樽に、渡辺さんの好きな短歌が貼られていました。作業のお供なのだとか。

幾山河 越えさり行かば 寂しさの 終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく(若山牧水)

「酒はうれしいときも悲しいときも、人の心に寄り添ってくれるものだと思います。酒を愛した牧水の心にも、酒が寄り添っていたんでしょうね」

こちらは麹造りの様子。原料米はすべて自家精米しているそう。

麹造りは伝統的に昼夜を問わない作業というイメージがありますが、北雪酒造には麹蓋の切り返しを自動で行なってくれる製麹機が導入されていました。革新的かつ合理的な酒造りに取り組んでいることがうかがえます。

「蔵人が泊まり込んで作業する麹造りはやりません。すべて自動でコントロールしています」

省力化した技術を次世代に継承すべく、絶えず努力しているとのことでした。

仕込み室には、蓋のついた密閉式のサーマルタンクがずらり。

これらのタンクもすべて、綿密に温度管理されていました。「北雪」の高い品質は、徹底した温度管理の賜物なんですね。

平成25(2013)年には、およそ3,000万円の遠心分離機を購入。上槽の際、遠心力を使って、醪へ圧力をかけずに酒を抽出することで、フルーティーな吟醸香やふくよかな味わいがより際立つのだとか。

「いくら良い機械を入れても、醪が美味くなければ良い酒はできません。だから醪を造っている間は、気が抜けないんですよ」と、話していました。

蔵の裏手には地下蔵があります。中はどうなっているのでしょう。

氷温貯蔵の冷蔵庫には、音楽を聴かせて熟成させる"音楽熟成酒"と"超音波熟成酒"が入っています。海辺の風景を思わせるシンセサイザーの音楽と海鳴りの音が響き渡っていました。「海辺で生まれた酒だから、海の音を聴かせるといいんじゃないかなあと思いまして」と、渡辺さん。超音波熟成酒は、江戸時代に船で運んだ酒が、波に揺られているうちに美味しくなったことからヒントを得たものだそう。

世界に通用する「北雪」の味

限定販売の「甚九郎 遠心分離 火入れ」を試飲しました。

不耕起農法に取り組む生産者が立ち上げた「JAPAN不耕起組合」が手掛ける、新潟県産のコシヒカリを原料にした、精米歩合55%の逸品。穏やかな香りで、キレが良く、米の深い旨みが口の中いっぱいに広がります。

「こういう不耕起農法の米を使うときは、絶対に失敗できないと思うので緊張しますね。農家さんの思いが米に詰まっていますから」

北雪酒造は米づくりにもこだわり、「五百万石」や「越淡麗」などの酒造好適米を佐渡の棚田で契約栽培しています。これらの米も無農薬有機栽培で、「朱鷺と暮らす郷 認証米」として認められているのだとか。

「農家に米をつくってもらうためには、まず酒が売れないといけません。自然農法へ目を向けることも大事ですが、まずは佐渡の土地で若い人たちが子どもを育て暮らしていけるように、安定した雇用が必要でしょう。長い目で見れば、それこそが佐渡のため、かつ日本酒業界のためにもなると思うんですよね」と、渡辺さん。

店内ディスプレイにあったのは「甚九郎 やぶた絞り」

「シンプルさのなかにも厳選された旨みと穏やかな香りが入っているのが北雪の味。世界に通用すると思っています。酒がみずからの手を離れて世界へ独り歩きしていく不安もありますが、世界中で飲んでもらえるものを造ることに充実感もありますね」と、その思いを語ってくれました。

「NOBU TOKYO」で、佐渡を感じる

「東京の『NOBU』へ行って、北雪酒造の酒がどのように飲まれているのか、見てきますね」と、渡辺さんに約束。佐渡を発つジェットフォイルに乗りました。

「NOBU TOKYO」は、東京メトロの六本木一丁目駅から歩いて7分ほど。大使館や高級ホテルが立ち並ぶ一角にあります。

オリエンタルで高級感がある内装。ホスピタリティあふれるスタッフに案内されて席に着くと、聞こえてくるのは英語での会話。平日の12時過ぎということで、外資系企業の方もランチに来ていました。

日本酒は当然ながら北雪酒造のみ。「NOBU 超大吟醸 YK35」や「NOBU 大吟醸」から「鬼ごろし」の熟成古酒、本醸造酒や純米酒の燗酒までそろっている、懐の深いラインアップです。

佐渡で、地魚の刺身と絶妙なマリアージュだった「北雪 純米酒」の竹酒を選んでみました。

上立ち香はマスカットや洋梨を思わせるほのかな香り。上新粉のような味わいがわずかにあり、ふくらみを一瞬感じますが、余韻を少しだけ残しながら消えていきます。「素材の良いものを味わうためには、味の要素が多すぎてはいけないんです」という渡辺さんの言葉が浮かびました。

ランチはイサキの焼き魚、黒豚の糠漬けドライ醤油かけ、ソフトシェルクラブの春巻き、かんぱちのたたきサラダ、カリフォルニアロール、イカのセビーチェ。

日本を感じさせながらも、世界中の海を因数分解して再構成したような和食。ひとつひとつの味が研ぎ澄まされ、どんな文化的バックグラウンドを持つ人にも共通項が感じられるように、ていねいにつくられた料理でした。そこに、「北雪」の高い技術力から生み出された淡麗さが絶妙に寄り添っていきます。

世界中の海を日本的視点で捉える「NOBU」の料理と、北雪に込められた造り手の思い。人の喜びや悲しみに寄り添う世界の北雪酒造。世界中に、佐渡の海鳴りが静かに響いているのだと感じました。

(文/山口吾往子)

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