酒造りに使う米を食用米に限定して美酒造りに挑んでいる蔵元杜氏がいます。京都府京丹後市にある白杉酒造の代表取締役・白杉悟さんです。
蔵の後継者として京丹後市へ戻ってきたときに食べたコシヒカリの美味しさに感動した白杉さん。「この美味しさをそのまま日本酒にしたい」という思いから、食用米での酒造りを始め、3年前にはついに全量が食用米になりました。
白杉酒造が、全国でも珍しい、"食用米しか使わない日本酒蔵"になるまでの軌跡を紹介いたします。
地元産コシヒカリの美味しさに感動
白杉さんは、およそ240年もの歴史をもつ酒蔵の11代目。しかし、先代の息子ではなく、甥にあたります。先代に子どもがいなかったため、その弟の子どもである4人兄弟の誰かが蔵を継ぐというのが、親族の間で暗黙の総意になっていました。そんななか、次男の白杉さんが手を挙げたのは、大学に入るころでした。
京都市内に住んでいた白杉さんは、夏休みになると故郷である京丹後市に遊びに行くことが多かったのだそう。「京丹後市の気候と風土が性に合っていて、将来住むならここだなと、早いうちから決めていました」と、白杉さんは当時を振り返ります。
2002年、大学を卒業すると同時に蔵入りした白杉さん。移り住んだ直後に食べた、地元産コシヒカリの美味しさに感動したのだとか。
「それまで、米を食べて美味しいと思ったことはありませんでした。これが同じ米なのかと、心から感動したんです。同時に、こんなに美味しい米でも、お酒にするといまひとつになってしまうのはどうしてなのか、疑問がむくむくと膨らんでいきました」
しかしその時は、自分の蔵で食用米を使った酒造りをするという発想には至らなかったようです。
白杉さんは、酒類総合研究所での研修も受けましたが、蔵に来ていた丹波杜氏から酒造りのほとんどを教わりました。白杉酒造は生産石数がわずか100石程度のとても小さな蔵。当蔵の銘柄「白木久」はすべて普通酒で、地元向けの商品でした。
味よりもコストを重要視していたため、白杉さんは蔵入りしたときに飲んだお酒を美味しいと思えなかったのだそう。それでも、地元に多くのお客さんがいるため、方向性を一変させることができず、酒質を上げるための努力を少しずつ重ねていく毎日でした。
杜氏になって、5年越しの思いを実現
蔵入りから5年後の2007年、27歳になった白杉さんは、季節雇用だった但馬杜氏の代わりに蔵元杜氏の職に就くことになります。
当時は地元の人口減少と高齢化の影響で、お酒の売り上げがじりじりと下がり続けていました。白杉さんは、先行きに不安を抱きながらも、「自分が杜氏になって、これからどんな酒造りをするべきだろう」と、自問しました。
「地元で育った米を使ってこその地酒。しかし、いま使っている米は京都産ではあるものの京丹後産ではない。地元の米を使って、自分にしか造れないお酒を醸してこそ、杜氏になった意味がある」と考えた白杉さんは、以前その美味しさに驚いた地元産のコシヒカリで日本酒を造ることを目標に模索を始めます。
小規模の仕込みで実験を始めて、もっとも苦戦したのは麹造りでした。
「食用米は酒造好適米よりも粘りが強いので、パラパラとした"さばけ"の良い麹米を造ろうとすると、どうしても吸水量を減らしたくなってしまい、当初は麹菌がうまく繁殖しませんでした。味わいも重たくて飲みにくい。そこで、思い切って吸水量を増やしてみると、適度な軟らかさが保たれ、麹菌が米の中まで繁殖するようになりました。時間が経つと粘り気も少なくなってくれたので、パラパラの麹米ができあがりました」
そのほかにも、麹室での雑菌の繁殖を抑える手立てを考え、酵母のブレンドを模索。仕込み配合を調整しながら、米の旨味を優しく表現した、オール食用米での日本酒造りにようやく目処がつきました。
「ある時『あ、これだな』と、光が差し込んだような気持ちになりました。このやり方を磨いていけば、自分の目指すお酒が実現すると。あとはまっしぐらに突き進むだけでした」と、白杉さんは語ります。
コシヒカリに続いて、さまざまな食用米に挑戦
2014年の秋からコシヒカリを使った酒造りが本格化。新生「白木久」がデビューすると、お酒は瞬く間に評判を呼び、2015年からは使用する米をすべて食用米にしました。食用米を使った酒造りのコツを掴んだ白杉さんは、コシヒカリに加えて、地元産のササニシキで造った新銘柄「銀シャリ」を商品化。さらに、「いろいろな食用米にチャレンジしたい」という思いから、全国各地の食用米を調達して、新しい酒造りを進めています。
白杉さんによると、食用米にも個性があって、できあがるお酒の味には明確な違いが出るそうです。「コシヒカリのお酒は、やわらかくてふくよか。ミネラル感があって、酸もしっかり主張しています。ササニシキのお酒は、酸が抑え目で、比較的クリアでドライな味わいに仕上がります。それぞれの個性に合わせて、麹や酵母を使い分けています」
酒質向上のために毎年新たな手を打っていることもあって、売り上げは順調に伸びているようです。4年前に比べて、醸造量は3倍にも跳ね上がっています。今シーズンは麹室を新調し、さらなる増産の体制が整いました。
"食用米だけで美酒を醸す異色の酒蔵"としての輝きが、さらに増していきそうですね。
(取材・文/空太郎)