近年、新たな製法にチャレンジしたり、新しい原料を取り入れたりする酒蔵が増えています。しかしその中で、昔ながらの酒造りなど、「原点回帰」をテーマにした酒蔵にも注目が集まっています。

自然と共存しながら日本酒を醸す。そんな独自の酒造りを行っている酒蔵のひとつが、福島県郡山市の仁井田本家です。

米の特性を活かした、自然に逆らわない米作り

江戸時代中期にあたる1711年(正徳元年)創業の仁井田本家があるのは、福島県郡山市田村町。「田村町」という名前は、数多くの水田があることから名付けられました。

自然豊かな山々や川を横目に道を進んでいくと、立派な木桶の看板が出迎えてくれました。

仁井田本家の木桶の看板

300年の歴史を積み重ねてきた酒蔵のまわりには、緑豊かな水田が広がります。仁井田本家では、6町歩(約6ヘクタール)の自社田を管理し、自然栽培で亀の尾と雄町を栽培しています。

今回、蔵を案内してくださったのは、少しお茶目な一面のある、18代目蔵元兼杜氏の仁井田穏彦(にいだ やすひこ)さんです。

仁井田本家 18代目蔵元兼杜氏の仁井田穏彦さん(写真左)と女将の仁井田真樹さん

18代目蔵元兼杜氏の仁井田穏彦さん(写真左)と女将の仁井田真樹さん

「仁井田本家の酒造りでは、自社栽培の亀の尾と雄町を使っています。亀の尾という米は、硬質で心白がなく、分類上では飯米に位置付けられます。ですが、現在は酒米として用いられることがほとんどですね。

亀の尾を使った酒造りでは『米の硬さをどう活かすか』がポイントです。たとえば、亀の尾を蒸す時はふくよかに蒸し上げることを意識しています。

長期間寝かせると甘ダレしてしまうなど、美味しさのピークが下がるのが速いお酒もあると思いますが、亀の尾で造ったお酒は逆に上がっていき、腰が折れることなく少しずつ味わいが開いていきます」

仁井田本家が造る日本酒は熟成させたほうがおいしく飲めるものが多いそうで、「そういう意味でも亀の尾は我々の造りに向いている」と、穏彦さんは話します。

「雄町に関しては、現在使われているさまざまな酒米の祖先に当たる米で、『オマチスト』と呼ばれる愛飲者が全国にいるほどファンが多い酒米です。亀の尾と比べると、雄町は軟質な米なので、米が溶けすぎて重たい味わいにならないように、亀の尾とはまったく違う造りを心掛けています。

似たような米質の酒米に『酒米の王様』といわれる山田錦がありますが、山田錦は優等生で、雄町は暴れん坊といったイメージでしょうか。雄町もうまく付き合えば凄いお酒ができると思っています。そんな硬い米と柔らかい米の対比がおもしろくて、亀の尾と雄町を自社で育てようと決めました」

仁井田本家で栽培されている「亀の尾」

仁井田本家で栽培されている「亀の尾」

仁井田本家の栽培方法は、農薬や化学肥料、有機的な肥料さえも使わない自然栽培で行われています。

意図的に人の手を加えない農法のため、稲以外の草も生えてしまい、稲と雑草とで栄養の奪い合いが起こり、自然栽培での米の収穫量は一般的な栽培方法と比べると少ないのが現状です。

少しでも草取り作業の負担を減らすために、仁井田本家では、わざと水田の水位を維持して収穫時期ギリギリまで草が生えてこないようにしたり、飼育したカブトエビを水田に放って草を食べてもらったりするなどの試みを行っています。

「もともと亀の尾という米は病気にかかりやすく、稲穂の背が高いために雨風に弱くすぐに倒れてしまい、栽培しにくい米として一時は誰も栽培しなくなってしまいました。それでも、どこかヤンチャな亀の尾をちゃんと育ててあげられれば、他にはない唯一無二の味わいが表現できると期待しています」と、穏彦さんは亀の尾という品種の魅力を話してくれました。

米は基本的に自家採種を行い、その年に収穫した出来の良い稲穂から籾(もみ)を採取し、来年の栽培に使っています。

しかし、自家採種を続けると「稲の先祖返り(祖父世代より以前の品種の性質が現れること)」が起こり、米の品質が変わることがあります。一般的な栽培方法では、品質を一定にするために自家採種を行わず、毎年、種籾を新たに手配して田植えを行います。

それでも、仁井田本家では、毎年「亀の尾」と「雄町」の自家採種を行っています。

「自家採種を続けることで、自然栽培にあった米、仁井田本家の酒造りに合った米に変わっていくことを期待しています。現代の農法からすると退化にみえるかもしれませんが、自然栽培で何代にも渡って育った米なら、それは先祖帰りではなく、その土地や農法に合った進化だと思うんです。この地で『雄町』を育て続ければ、いずれは『福島雄町』と呼ばれるような独自の品種になるかもしれませんね」

仁井田本家の田んぼでの取り組み

「にいだの田んぼの学校」や「にいだのPTA(水田の整備や維持を行う活動)」などを通して、「日本の田んぼを守る酒蔵」として酒造りを行っている仁井田本家は、「リジェネラティブオーガニック認証」を目指すプロジェクトにも参加しています。

「リジェネラティブオーガニック」とは、2017年にアメリカのアパレルブランド「パタゴニア」が中心となり他社ブランドと協力して制定したもので、「再生有機農法」を指す言葉です。これは空気中の炭酸ガスを吸って成長していく植物の特徴を活かし、土壌の中にCO2を貯留させ、気候変動を抑制する効果があると考えられている農法です。

そんな活動にも取り組んでいる仁井田本家は、田村町にある60町歩(約60ヘクタール)もの水田すべてが自然栽培農法に切り替わることを目指しています。

目指すは「自給自足」の酒蔵

「お酒は造るものではなく出来るものだ」と穏彦さんが語るように、仁井田本家が醸す日本酒の特徴といえば、自然に逆らわない酒造りから生まれる唯一無二の味わい。この個性豊かな味わいは、蔵に住み着く微生物たちの影響や木桶で醸される発酵の具合、硬水と軟水を使い分ける仕込みなどから生まれるものです。

仁井田本家が大きなテーマとして掲げているのが、「自給自足の蔵」です。

仁井田本家の木桶

自社山の杉を使って今年初めて作成された木桶1号桶

米は、自社田で自然栽培で育てたもの。木桶は、先代が植えた自社山の杉を使って自分たちの手で製作し、仕込みは、醸造用の乳酸菌を添加せず、蔵付き酵母の力によって発酵を進める、江戸時代から伝わる技法に類似する生酛仕込みを採用しています。

「時代をさかのぼれば、山や海など自然の恵みでの自給自足が当たり前だったはず。特に2011年に起きた東日本大震災をきっかけに、電気だけに頼るのではなく、できることは自給自足で補っていきたいと考え始めました。

この蔵も先々代から先代へと受け継がれ、その時代に応じてさまざまなバトンを渡されてきたと思います。先代が残してくれた杉で木桶を作り、その木桶でお酒を醸し続ければ木桶に微生物が住みつき、仁井田本家だけの味わいになる。使えなくなった木桶は、自分たちの住む山に返し、やがて土となり、それがまた杉の木となって返ってくる。

味わいだけでなく、自給自足の観点からも木桶を使うことに意味があり、仁井田のお酒にはなくてはならないものだと感じています。毎年ひとつずつですが、自分たちで木桶を作り、今あるホーロータンクすべてを木桶に変えていく予定です。これが、私が渡したい次の世代へのバトンです」

仁井田本家の蔵内部

自社山の木材で建てられた杜氏室

杉の木以外にも自社山で育った松や欅(けやき)を使って、杜氏室を建てたり、机などの家具を作ったりしている仁井田本家。今後も自社山の木材を有効に活用していく予定です。

若い人たちに知ってもらうためのチャレンジ

「にいだしぜんしゅ」と「おだやか」

「にいだしぜんしゅ」(左)と「おだやか」(右)

仁井田本家の代表銘柄は、硬水を使い、酵母無添加の生酛仕込みで醸された「にいだしぜんしゅ」と、軟水を使い、「きょうかい14号酵母」添加で醸された「おだやか」です。

ほかにも、江戸時代ごろからの醸造方法にも類似する生酛仕込みや、仁井田本家に伝わる「汲み出し四段」という伝統的な仕込みにも取り組んでいますが、その中でも興味深いのが、ワイン醸造で使われる伝統的な「アンフォラ」という甕(かめ)を使って醸した日本酒です。

仁井田本家のアンフォラ甕

「アンフォラ」という伝統的なワイン醸造用の甕

このアンフォラという甕は、宮城県の「ファットリア・アルフィオーレ」というワイン醸造所から借り受けたもの。代表銘柄の「にいだしぜんしゅ」と全量自社田米で醸した「田村」、それぞれの銘柄の木桶仕込みと同じスペックでアンフォラ仕込みを行い、その複雑な味わいの違いを飲み比べできるという趣向です。

左から順に、「しぜんしゅ」木桶仕込み、「田村」木桶仕込み、「田村」アンフォラ仕込み、「しぜんしゅ」アンフォラ仕込み

左から順に、「しぜんしゅ」木桶仕込み、「田村」木桶仕込み、「田村」アンフォラ仕込み、「しぜんしゅ」アンフォラ仕込み

このような新しい試みは「若い人たちに日本酒を知ってほしい、飲んでほしい」という強い想いから生まれたものです。

その想いは、2017年11月に行ったブランドのリニューアルにも繋がります。

リニューアル前の「にいだしぜんしゅ」は、「金寶 自然酒」の名前で販売されていました。ラベルは漢字で縦書き、昔ながらの日本酒というイメージです。

デザイナーとのやりとりを何度も繰り返し、ラベルデザインやロゴをよりシンプルで自然な印象なものに変更。外装の外箱や包装も取りやめ、環境にも配慮したものに変えました。

にいだしぜんしゅのロゴ

昔ながらのラベルで愛飲されていた世代からは反発があり、「お叱りのお言葉もいただきました」と穏彦さんは振り返ります。

「ラベルの変更を考えていた時は、それまで愛飲してくださった方々が離れてしまうことは覚悟の上でした。それでも、今の若い世代にも興味を持ってもらい、日本酒を飲んでほしくて、ラベルの変更を決断しました。ですが、ラベルは変わっても、仁井田本家の造りや味わい自体は何ら変わっていません。

むしろ、『自給自足』というテーマと一緒に蔵の底力が向上し続けているので、一度離れてしまった人も戻ってきてくれると信じていました。信じて進んだ甲斐もあり、今では『やっぱりこの味わいは仁井田さんでしか味わえないよ』と戻ってきてくれる方が多くいらっしゃいます」

改築中の新しい蔵

仁井田本家では、現在も大きな改装工事が行われ、また新たに生まれ変わろうとしています。

蔵見学ができるようになるだけでなく、テントを張って酒蔵に泊まれるキャンプサイトや、サウナ小屋や水風呂の新設を計画中とのこと。

「田村」の自然を文字どおり肌で感じられるまったく新しい酒蔵は3年計画で進行中です

次世代につなげる酒造りのバトン

仁井田本家がある郡山市田村町は、街の風景が急激に変わらないようにコントロールされる市街化調整区域に指定されています。住宅や商業施設などを新たに建築することは原則認められていないエリアのため、豊かな自然や水田を守り続けることができます。

利便化された世の中から見れば逆行しているのかもしれませんが、「こんな時代だからこそ、『田舎』であることが自分たちの力になるのでは」と、穏彦さんは話します。

仁井田本家の蔵内部

「水田など自然環境を守り、次世代により良いものを残したいという想いで酒造りに取り組んでいます。私たちのお酒を飲むことで、水田などの自然を守れる。仁井田本家の酒を飲む際には、そんなことを思い出してくれたらうれしいです」

穏彦さんが残そうとしているバトンには、孫の世代から100年先まで、次世代により良いものを、より良い環境を渡したいという強い気持ちが強く握りしめられていました。

(取材・文:磯崎 浩暢/編集:SAKETIMES)

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