自力で資金調達をして酒蔵を買収し、若干24歳にして全国最年少蔵元になった男性がいます。新潟県佐渡市・天領盃酒造の社長を務める加登仙一さんです。
日本酒とは無縁だったそうですが、留学先で日本文化の魅力に目覚めたという加登さん。なかでも日本酒の奥深さに惚れこみ、「いつかは日本酒の事業をやりたい」という思いを募らせていました。
社会人2年目に、天領盃酒造が売りに出されていることを知り、買収を決意。2018年3月に晴れて蔵元となりました。今年の冬から、杜氏や蔵人たちと初めての酒造りにまい進しています。
加登さんの足跡とこれからのビジョンをうかがうため、佐渡の酒蔵へうかがいました。
日本酒を語ることができなかった
千葉県生まれの加登さんは、視野を大きく広げたいと国際関係の学部を志望し、法政大学に進学しました。学部では海外留学が必須だったため、加登さんはスイスの大学へ。そこで、人生を変えるできごとに出会います。
趣味でやっていたブレイクダンスの仲間とお酒を呑みながら語らっていた時、それぞれがお国自慢を始めました。
「日本の自慢はなんだ?」と聞かれ、「サムライ、漫画、寿司、日本酒」と答えた加登さん。すると「日本酒ってどんな味?」「ワインやテキーラと何が違うの?」「ヨーロッパでも飲めるの?」など、矢継ぎ早に質問が飛んできたのです。
しかし、加登さんの思い描いた日本酒は、安い居酒屋チェーンの銘柄がわからない熱燗。大学生が罰ゲームで一気飲みする、酔うためだけのお酒というイメージでした。日本酒がどのようにして造られ、文化として誇れるのはどんな点なのか、まったく語ることができなかったのです。
「日本について何も知らないことがとてもショックでした」と、加登さんは当時を振り返ります。
帰国してすぐに、日本の歴史や伝統文化について、貪欲に知識を高めていきます。「日本文化を知るなかで一番興味をもったのが日本酒でした。糖化とアルコール発酵が同時に行われる並行複発酵の奥深さに魅せられたんです」と加登さん。
日本酒のことを調べていくと、石油ショック以降、日本酒の需要が右肩下がりになっている事実を知りました。こんなに美味しいのになぜだろうと考えてみましたが、確かに、同じ大学生の間では人気がありません。
同世代の彼らに「なぜ、日本酒を飲まないのか?」とたずねてみると「日本酒は飲みすぎると二日酔いになったり、頭が痛くなったりするから」という理由が圧倒的でした。
「言い伝えを鵜呑みにしているこの現実を打ち破る必要があると感じました。そのためには、若者が試しにひと口飲んだだけで『美味しい!』と思ってくれるようなお酒が必要です。
そんなお酒を自分で造ってみたいという漠然とした思いがありましたが、酒造免許を新規で取得するのは難しいこと。それならば、若者に、ひいては世界に日本酒を広められる事業をやりたいと考えました」
加登さんは、数多くの経営者たちと接することができ、自分の営業力も磨くことができるという観点から、大学卒業後は証券会社に就職しました。
酒蔵を買ったのは、造りたいお酒があったから
加登さんは酒造りに携わるのであれば、蔵人ではなく、酒質を決められる蔵元になりたいと考えていました。
「これからどうすればいいのか?」と考えていた矢先、取引先の経営者から「天領盃酒造のオーナーが経営権の譲渡を検討しているらしい。君の希望にぴったりなんじゃないか」と声をかけてくれたのです。
酒造免許を新規に取得するのではなく、既存の酒蔵を買収するという選択肢に初めて気づいた瞬間でした。加登さんは早速、天領盃酒造を含めて売りに出されている酒蔵の情報を集めて、それぞれ将来性があるかどうかを慎重に検討しました。
その結果「天領盃酒造は今でこそ経営不振だけれど財務面で改善の余地があり、酒質改善の可能性も大きい。品揃えを充実させていけば、魅力的な酒蔵へ変身できるのではないか。磨けば必ず光る」との確信にいたりました。
次の問題は、資金調達です。
当時24歳という若さと取引実績の無さに金融機関から難色を示されたものの、向こう10年間の収支計画を何度も突き返されながら提出し、最終的に資金の借り入れにこぎつけることができました。
そして2018年3月、晴れて天領盃酒造のオーナーに就任します。不振の酒蔵を他企業が買収する事例は全国各地にありますが、個人が買う例はほんのわずか。まして、24歳での蔵元就任は間違いなく初めてのことです。
蔵元となった加登さんは早速、杜氏や蔵人たちと会い、じっくりと話し合いました。そこで感じたのは、何もかもが受身で新しいことに挑戦する気持ちが希薄だったこと。蔵の空気が淀んでいると感じました。
雰囲気を良くすることで、変化に対して前向きな姿勢を醸成したい。そんな思いを杜氏の市橋幸則さんに伝えると「私もやりたいことがたくさんある。良いお酒を造るためにどんどん変えていきましょう」と賛同してくれました。
加登さんは、全員参加のミーティングを毎日開くことを決めます。みんなに意見を求め、問題があれば、どうすればいいかを議論するようにしたのです。おかげで、蔵人たちも徐々に意見を述べるようになり、日々の作業でも笑顔が見られ、蔵人同士の意見交換が活発になりつつあるそうです。
やりたいことは、まだまだたくさんある
加登さんが天領盃酒造のお酒を初めて飲んだ時の感想は「田舎臭い香りがする。突き刺さってくるような独特の刺激がある。『寫楽』や『十四代』はすーっと切れていく喉越しなのに、なぜ違うのか」というものでした。
香りについては、木製の道具に原因があったため、プラスチック素材のものに変更。味わいについては、アミノ酸が苦味を多く出してしまっていることが判明しました。
「研究所に指導を仰いだところ、アルコール度数が16.3度まで上がると酵母が活動を休止し始め、18度を超えたあたりから酵母が死滅するため、その過程でアミノ酸が増加して苦味が出てしまうことを知りました。これを避けるため、今季からは16.5度前後で搾ることにしました。
また、洗米を手洗いに切り替え、自家製の強制脱水機を作りました。まだまだやるべきことはたくさんありますが、ひとつひとつの小さいチャレンジが酒質の向上につながると信じています」
本醸造酒や普通酒などの低価格商品と、大吟醸酒クラスの二本立てになっていた天領盃酒造の商品ラインナップ。しかし、一番の売れ筋である純米吟醸酒がありませんでした。そこで、今シーズンは真っ先に純米吟醸酒を発売することになりました。
しかし、これまでのファンを裏切らないように、大きく酒質を変更することはしません。まずは洗練度を上げていくことに集中し、加登さんが目指す「若者にうける極上の美酒」については、別銘柄を立てて売り出す予定です。
「ひとりではなく、みんなで楽しく飲む時に喜ばれるお酒を造りたい。きらびやかで楽しいひと時を演出できるお酒でありたいですね。僕が甘党ということもあって、個性的な甘味にフォーカスしたお酒を目指します」と、加登さん。新銘柄は、特約店のみに限定出荷する手法で、来年1~2月にはリリースする計画です。
証券会社時代の同僚2人も新・天領盃酒造の門出に参画し、蔵は大幅に若返りを果たしました。若い情熱とパワーで天領盃酒造がどのように変わっていくか、今後も見守っていきましょう。
(取材・文/空太郎)