長野県・白馬連峰の唐松岳から四方八方に尾根が延びていることから名付けられた「八方尾根」。スキー場や温泉が有名なエリアですが、地域の人々は観光客が年々減っていく現実に頭を悩ませています。
そんななか、観光客の減少や過疎化の歯止めになるべく「八方尾根を代表するものをつくろう!」と、長野県大町市の酒蔵「薄井商店」が手を挙げました。主力銘柄の「白馬錦」とは異なる、これまでにない新しい酒を造ろうと動き出したのです。
信州期待の酒米「山恵錦」
新商品の酒米には「山恵錦(さんけいにしき)」を選びました。長野県を代表する酒米「美山錦」に並ぶ存在になることを期待されている新品種です。
「一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)」という、ひとつの籾(もみ)が何倍にもなると言われている縁起の良い日を選び、白馬の山々が見える場所で田植えを行ないました。
願いが届いたのか、山恵錦はしっかりと育ち、豊作になりました。
薄井商店の杜氏・松浦さんにとっては、初めての米づくり。田植えから携わる酒造りは、今までと違った貴重な経験です。
「粒が大きく、とても良い出来です。大事に味わってもらえる酒にしたいですね」と松浦さん。いよいよ、酒造りがスタートします。
少数精鋭による、ていねいな酒造り
今回の精米歩合は59%としました。
大きな甑(こしき)で蒸された米は、放冷機を通って、それぞれの作業部屋に移動されます。
薄井商店の酒造りは、4人の少人数体制。この日は、3人のスタッフが切り返しなどの麹造りに取り掛かっていました。チームワークを発揮して、作業が効率良く進んでいきます。
「山恵錦は、麹菌がきれいに入ってくれて、麹をつくりやすかったですね」と松浦さん。広げられた麹からは、芳しい香りがします。
酒母室はとても寒く、常に暖房を入れているのだそう。大きな毛布を使って温度を管理します。
酵母は自社培養のものを使用しています。
こちらは仕込み部屋。タンクがずらっと並んでいます。
タンクの上には足場となる板が貼られています。醪の状態を書き残すことができる利点もあるようですね。
ていねいな温度管理のもとで発酵させた酒は、搾りの時期を待ちます。
薄井商店の搾りはすべてヤブタ式を採用。
搾りたての酒は、口当たりがまろやかでフルーティーな香り。穀物の旨味を感じながらも、スッとキレていく。きれいな印象でした。
新銘柄の名前は「黒菱」
この新しい日本酒の名前は一般公募によって、「黒菱」と名付けられました。山岳スキーや登山のベースとして愛されてきた、八方尾根の「黒菱ライン」がモチーフです。
「黒菱」は、縁起の良い日に田植えをし、新月に仕込み、満月に搾るというストーリーをもった日本酒。現在、2期目の田植えが終わったところなのだそう。稲刈りの時期には、1期目の「黒菱」が熟成されて秋あがりとなり、その酒を飲みながら今年の豊作を祝うことができるでしょう。
長野県大町市の小さな酒蔵が地元で米を育て、その米で日本酒を仕込み、地元のみで販売をする。この「黒菱」が、白馬八方を代表する酒になっていくことを期待しましょう。
(文/まゆみ)