「貴醸酒(きじょうしゅ)」とは、仕込み水の代わりに清酒を使って発酵させて造った清酒のこと。味がきわめて濃く、独特のとろみがあるのが特徴です。
この記事では、貴醸酒の味わいや楽しみ方、歴史について解説します。
貴醸酒の製法
日本酒は、「米、米麹、水を原料として発酵させて、こしたもの」を指します。その代表的な造り方が「三段仕込み」です。
最初に蒸した米・米麹・水で酵母を培養した「酒母(しゅぼ)」を造ります。そこで酵母の数を増やしたところで、残りの原料(蒸米・麹・水)を加えながら「醪(もろみ)」を造り、その後、約3週間から1ヶ月をかけて、酵母によるアルコール発酵を進めます。この製法は原料を3回に分けて投入することから「三段仕込み」と呼ばれます。
三段仕込みは、おおよそ4日間かけて進めます。1日目の原料投入を「初添(はつぞえ)」と呼び、2日目の「踊り」と呼ばれる休みを置いて酵母の繁殖を待ち、3日目の「仲添(なかぞえ)」、4日目の「留添(とめぞえ)」と続きます。
貴醸酒は、この三段仕込みの最終段階である留添で清酒を投入することが多いですが、中には、四段目で清酒を加える場合もあります。また、投入する清酒に貴醸酒を使って、さらに仕込みを重ねる酒もあります。
貴醸酒は、製法的には純米酒と似ていますが、原料が「米・米麹・清酒」なので、税法上の区分は「普通酒」です。しかし、普通酒といえど、原料に安価な水ではなく清酒を使用していることと、発酵期間が比較的長く手間がかかることからコストがかかり、販売価格は一般的な日本酒より高くなる傾向にあります。
貴醸酒の味わいと楽しみ方
貴醸酒の甘さの秘密は、アルコール発酵を行う酵母の活動にあります。
醪の中で、糖分をもとにアルコール発酵を行う酵母は、みずから生成するアルコールによって次第に動きを弱めます。
貴醸酒の場合、仕込み水の代わりに清酒を投入することで、醪の環境は早い段階からアルコール濃度が高い状態になります。そのため酵母の活動が弱まり、本来アルコールに変化するはずだった米の糖分が醪に残り、それが甘さとして感じられるのです。
また、醪の発酵開始時にアルコール濃度が高いと、一般的な製法の日本酒と比較して、スッキリとした味わいのリンゴ酸が増え、コク味をもたらすコハク酸がやや減少します。そのため、貴醸酒は甘口でありながらさっぱりとした軽快な口当たりになります。貴醸酒を製造する酒蔵の中には、リンゴ酸多生産酵母や白麹を使い、よりスッキリとした酒質を目指す酒蔵もあります。
貴醸酒は、糖分やアミノ酸、有機酸が多いことから、味や見た目の変化が大きく熟成しやすい酒質です。一般的な日本酒がやや黒ずんだ黄色になるのに比べて、貴醸酒はきれいな明るい琥珀色になります。
このような複雑な味わいを持つ貴醸酒の楽しみ方は、多彩です。
食前酒や食後のデザート酒として楽しむ場合、冷蔵庫でしっかりと冷やすとスッキリといただけ、常温で飲むとまろやかな口当たりを堪能できます。オン・ザ・ロックすると、氷が溶けるごとに変化する風味が楽しめます。アルコール度数は多くの貴醸酒で16度前後としっかりあり、コクと甘味の強いお酒なので、炭酸で割ってもおいしくいただけます。
熟成した貴醸酒をお燗にすると、紹興酒のような豊かな香りが立ち上がり、中華料理のような味のしっかりした甘みのある料理とよく合います。
貴醸酒の歴史
酒で酒を仕込む製法の歴史は古く、たとえば、「古事記」や「日本書紀」に登場する八岐大蛇(やまたのおろち)の話では、「八塩折之酒(やしおりのさけ)という酒を飲ませて大蛇を酔わせ退治した」と書かれています。
「八」はたくさん、「塩」は醪を絞った汁のこと。「折」は繰り返しという意味で、「八塩折之酒(やしおりのさけ)」とは、「何回も繰り返し仕込んだ酒」を意味します。
また、平安時代中期に宮廷生活の細目やしきたりを記録した「延喜式(えんぎしき)」には、宮内省造酒司(くないしょうみきのつかさ)で造られた「御酒(ごしゅ)」というお酒について書かれています。
これは、蒸米・麹・水で仕込みを行い発酵させて濾した後に、再び蒸米と麹を入れて再発酵させる「しおり」という製造方法で造られたお酒です。このような「しおり」による酒造りは、戦国時代に入ると次第に廃れていきます。
貴醸酒の確立
「貴醸酒」と名付けられた製法は、1973年に国税庁醸造試験所(現:独立法人酒類総合研究所)で開発されました。
当時、清酒の価格はワインに比べて安く、国賓を招いた晩餐会では、乾杯の酒としてフランス産のワインやシャンパンが使われていました。そこで、「このような場面にふさわしい高級な日本酒を造ろう」というコンセプトのもと開発されたのが、水の代わりに清酒を使って仕込む製法です。
発泡性清酒や古酒、高酸味酒など、個性的な味わいの日本酒が出回りはじめた時代。その中でも、高級酒といえば現在と変わらず米をしっかりと磨いたきれいな酒質の日本酒でした。同じ高級酒を目指しながら、貴醸酒の味わいはそれと正反対の位置付けにあったと言えます。
「貴醸酒」の名前は、「貴腐ワインに比較されるタイプの高級日本酒」として、研究に携わった国税庁醸造試験所の故 佐藤信(さとう・しん)博士によって名付けられました。
「貴醸酒」の製法は、1974年(昭和49年)に特許として申請され、1978年(昭和53年)に公告されます。
1976年(昭和51年)、貴醸酒の製造研究と普及を目的に、榎酒造(広島県)や豊島屋酒造(東京都)など酒蔵5社によって設立されたのが、貴醸酒協会です。
現在は、特許権の存続期間は終了していますが、商標は貴醸酒協会が管理し、加盟企業の商品のみが「貴醸酒」を名乗ることができます。貴醸酒協会に属さない酒造メーカーの貴醸酒と同様な製法の商品は、「再仕込み酒」「累醸酒」「デザート酒」など別の名称で販売されています。
貴醸酒協会の活動
協会設立当時のエピソードについて、貴醸酒協会の理事長で、豊島屋酒造 副社長の田中良彦さんにお話をうかがいました。
「貴醸酒協会に所属する酒蔵は、国税庁醸造試験所を管轄する大蔵省と製造パテント契約を結び、製造量の報告とパテント料の支払いを行うほか、それぞれが造った貴醸酒を持ち寄って、国税庁醸造試験所の研究室とともに、さまざまな情報交換を行っていました。
期間満了により特許権が消滅してからは、技術指導は国税局鑑定官室が行い、貴醸酒協会は商標の管理と加盟各社に対して販売のアドバイスを行っています。
協会設立当初は、加盟各社で世界中の貴腐ワインを買い集めて勉強会を行ったこともありました。貴腐ワインとは、極めて糖度の高いぶどうを原料に造られた甘口ワインのこと。貴腐ワインの酸味と甘みのバランスに着目し、貴醸酒でも多酸性酵母を活用して酸を多くすることで、甘さを目立ちすぎないようにしたんです。
貴醸酒は熟成させるときれいな琥珀色になるため、開発された佐藤博士は3年間は寝かせることを推奨されていました。そこで、熟成した貴醸酒の高級感を伝えるために小容量の透明なガラス瓶に入れるなど、一般的な日本酒とは異なる販売方法にも挑戦しました。
百貨店などの売場で食前酒やナイトキャップといった飲み方の提案を行った結果、医師や士業など知識人を中心に興味を持ってもらうことが多かったそうです」
5つの酒蔵から始まった貴醸酒協会は、日本酒の味わいが多様化する中で加盟酒蔵が年々増え続け、現在では約76社が加盟しています。
貴醸酒は、近年では世界最大規模のワイン品評会「IWC」のSAKE部門・古酒カテゴリーでゴールドメダルを獲得するなど、世界的にも評価が高まっているジャンルです。一口に貴醸酒といっても、さまざまな味わいのものがありますので、ぜひお気に入りの一本を探してみてください。
(取材・文:SAKETIMES編集部)
◎ 参考文献
- 「清酒醸造法」(特許第0942694号・存続期間満了による抹消)
- 「貴醸酒」(商標第1980784号)
- 日本釀造協會雜誌編集部.清酒の多様化とは.日本釀造協會雜誌.1974年,69巻12号,p.791-796
- 佐藤信,蓼沼誠,大場俊輝,高橋康次郎.清酒を原料とした新しいタイプの清酒(いわゆる貴醸酒)について.日本釀造協會雜誌.1976年,71巻6号,p.469-475
- 佐藤信,大場俊輝,高橋康次郎,蓼沼誠.清酒でつくる清酒いわゆる貴醸酒を開発するまで.日本釀造協會雜誌.1976年,71巻8号,p.593-599
- 高橋康次郎.貴醸酒.月刊食品と容器.缶詰技術研究会.2014年,VOL.55 NO.7,p.408-411