輸出額が8年連続で過去最高を記録し、海外発の日本酒コンテストが開催されるなど、2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されて以来、日本酒が海外でも高く評価されるようになりました。
そんな日本酒のポテンシャルに目をつけたのが、実業家である"ホリエモン"こと堀江貴文さん。彼が自身の運営する会員制コミュニケーションサロン「堀江貴文イノベーション大学校(HIU)」で日本酒のプロジェクトを提案し、本格的に日本酒業界へ参入し始めたのは2017年11月のことでした。
このプロジェクトは、運営メンバーやクラウドファンディングの支援者が、長野県の大信州酒造や地元の酒米農家とともに、日本酒造りの第一歩である稲作から醸造までを一貫して行ない、最高級のオリジナル純米大吟醸酒「想定内」「想定外」を造るというものです。
最大の特徴は、"幻の酒米"とも呼ばれる長野県産の酒造好適米「金紋錦」を使用していること。さらに、味の個性をもっとも引き出すために、搾りの際に圧力をかけない「袋吊り」の無濾過原酒に仕上げました。
そんな「想定内」「想定外」が披露された、NewsPicksアカデミアが主催するイベント「日本酒2.0」。本プロジェクトの発起人である堀江さんに加え、特別ゲストとして、広尾の飲食店「GEM by moto」のオーナーである千葉麻里絵さんが登場し、日本酒のこれからを語り合いました。
ふたりにとっての"日本酒ブーム"
終始和やかな雰囲気で進行した対談は、現在の"日本酒ブーム"についての言及から始まりました。
堀江貴文さん(以下、堀江):僕が知っている"日本酒ブーム"というと、20年くらい前に『夏子の酒』が流行ったことですね。ちょうど大学生のときで、当時の先輩に美味しいお酒をたくさん飲ませてもらった記憶があります。
千葉麻里絵さん(以下、千葉):流れを追うと、そこから「十四代」や「磯自慢」が出てきて、フルーティーな香りを出す「カプロン酸エチル生成酵母」がよく使われるようになりました。もともと、"薬品くさい"と言われていた香りなので、市場ではウケなかったのですが、ワインの影響で日本人がアロマを楽しむことに慣れてから、香りを出す酵母を酒蔵が選択するようになりました。
堀江:それから焼酎ブームを挟んで、ここ数年、また"日本酒ブーム"が来ていると思うんですよ。
千葉:香りのブームが落ち着いてきて、現在は酸味のほうが注目されている気がします。実は、以前までは酸味も良くない要素のひとつでした。酸味は和食の繊細さを邪魔してしまうことがあるので、きれいなお酒を目指していたんです。
堀江:IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)にSAKE部門が開設されるといった、グローバルな流れもありますよね。
千葉:海外のシェフやソムリエが、日本酒の魅力に気付き始めているんだと思います。
堀江:たとえば、ラーメンなんかはずっと前から海外に出ているじゃないですか。なぜ今、外国人が日本酒に注目し始めているのか疑問ですね。ワインのビジネスが一段落したから、新しいビジネスのタネだと思われているのかもしれません。
日本酒に必要なのは「ブランドビジネス」
堀江:和牛の魅力を世界に広める「WAGYUMAFIA」というプロジェクトを2年くらい前からやっているんですが、牛の美味しさは世界共通なんですよ。しかも、和牛はそのなかでもトップブランド。和牛を世界に持っていったときに、日本酒が合わせやすくて、それで酒蔵をまわり始めました。そこで気付いたのは「日本酒がとても安い」ということだったんです。
堀江:四合瓶の純米大吟醸酒で、かつ最高級のものでもなんとか5,000円。しかも小売価格で。それなら卸価格は"推して知るべし"です。激安ですよ。
千葉:この感覚のままだったら、日本人が日本酒を買えなくなるかもしれない。外国人のなかには「高くても買う」という人がたくさんいるので。
堀江:日本酒に必要なのは「ブランドビジネス」です。だからこそ、今回のプロジェクトで造った「想定内」「想定外」は、付加価値をつけて、それぞれ1万円と3万円の価格なんです。日本酒はワインよりも複雑な並行複発酵で、温度とか湿度とか、とても厳しく管理して真面目に造っているんですよ。
千葉:麹室で麹菌を振ったり、日本酒造りには人の手がたくさん入る。ワインはブドウの出来に左右されてしまいますが、日本酒の場合は、人の技術で美味しくすることができる。
堀江:そうそう。今は微生物学が発達していますが、昔は経験を頼りに微妙なさじ加減をしていたんですよ。最先端の科学技術が発達する前からその技術を磨いてきたことは、日本酒が世界に誇れる部分だなと思っていて。それなのに安いのはなんででしょうね。
千葉:昔からずっと、スペックで値段を決めていますよね。日本酒の価格設定はほとんど精米歩合で決められて、ただの原価計算になっているんです。
堀江:今の"日本酒ブーム"は海外が主導している部分もあって、ワインよりもビジネスのうまみが大きい。彼らの目論見は、海外のコンテストでブランディングをして高く売ることだと思っていて、僕はそれに乗っかるべきだと考えています。
カリフォルニアの「プレミア・ナパ・ヴァレー」というオークションでは、ワインが樽ごと競売にかけられるんです。最高落札価格は「スケアクロウ」という銘柄が約20万ドル、1本あたり30〜40万円。同じように、日本酒の100酒蔵を集めて「プレミア・ジャパン」みたいなイベントをやりたいんですよ。そうすると、たぶんこれまでと違うお酒を仕込むようになると思うんです。
全国新酒鑑評会などで好成績を残しているのは、実は大手メーカーなんですよね。ちゃんと技術があるからこそ賞を獲れている。日本酒に必要なのは良い水と米。現在は、美味しい水はつくることができるので、ロンドンやパリ、ニューヨークでもお酒が造れる。おもしろい展開になると思っています。
今の日本酒は安すぎる
トーク終わりの堀江さんに、日本酒のブランドビジネスについてさらに深く語っていただきました。
─ 対談を終えて、いかがでしたか。
やっぱり、今の日本酒は安すぎる。酒蔵をまわっていくなかで、おかしいなと思ったんですよ。でも、昔から飲んでいただいている人にずっと飲んでもらいたいというプライドもあって、それがないまぜになっている。
安売りしてしまうのは、和牛の世界と同じです。
黒毛和牛の育成期間はだいたい28ヶ月で、人間でいうと、およそ1ヶ月でひとつ歳をとる。6〜7ヶ月までは病気になりやすいので、四六時中、世話をしなければならない。そうやって成長させても、1頭200万円くらいでしかない。昨年チャンピオンになった神戸牛でも、1頭あたり900万円。安売りしてしまっているんです。すべてとは言えないですが、日本の農産物はほとんどブランド化できていないと思います。
─ 堀江さんが日本酒に関わるモチベーションはどこにありますか。
米づくりや酒造りに関わっている人が、我慢することなく誇りをもって働ける環境ができれば良い。そのために僕ができることをやっています。
そのためには、ブランディングして高く売ったらいいんじゃないかな。酒造りに携わって、美味しいご飯とお酒を楽しんでハッピーになる体験型の付加価値であれば、お酒のバックグラウンドを知って、より愛情をもつことができますよね。
酒造りに関わる人、飲む人、食べる人が幸せになる環境づくりをしたい。実際、今日のイベントが開催できてよかったという気持ちです。
─ 今後、日本酒の価格を上げていく要素はなんでしょうか。
どんな要素でもいいから、とにかく上げて売るしかない。大事なのは、販売力です。「WAGYUMAFIA」のイベントの参加費は最低でも3万円。チャンピオン牛のイベントはひとり13万円でしたが、20人が集まりました。
そもそも日本酒には手間がかかっているんだから、高いのは当たり前。日本には、高級日本酒の市場を吸収できるくらいの富裕層がいるので、堂々と高く売っていけばいいと思いますね。
日本酒が発展していくために
堀江さんが与えてくれた、日本酒にはブランドビジネスが必要だという示唆。日本酒の価格については、福井県の黒龍酒造が業界初の入札会を主催し適正価格を市場に問うた取り組みや、山形県・楯の川酒造がリリースした精米歩合1%の日本酒など、業界内でも大きな動きが見え始めています。
堀江さんをはじめとする外部のプレイヤーが業界に参入することで、日本酒が発展していくための議論がさらに活性化され、日本酒の新しい価値が生まれていくかもしれません。
(取材・文/内記 朋冶)