福島県には50軒を超える酒蔵があり、会津地方・中通り・浜通りと、それぞれのエリアの気候や風土を生かした酒造りが行われています。
国内最大の日本酒コンクール「全国新酒鑑評会」では、2022年まで、都道府県別の金賞獲得数で9回連続1位を達成。残念ながら、2023年に記録が途絶えてしまいましたが、国内トップクラスの酒造技術を持つ県であることは間違いありません。
そんな福島県では、実は女性の蔵人がたくさん活躍しています。今回は、仁井田本家(郡山市)の仁井田真樹さん、佐藤酒造店(同)の佐藤酵さん、寿々乃井酒造店(天栄村)の鈴木理奈さんに、日本酒業界における女性の働き方について、語っていただきました。
協力していただいた酒蔵
◎仁井田本家(郡山市)
1711年創業。代表銘柄は「にいだしぜんしゅ」「おだやか」。「酒は健康に良い飲み物でなければならない」という信条のもと、自然米100%、天然水100%、純米100%、生酛100%の酒造りに取り組んでいる。月に一度の蔵開きイベントや、日本酒の技術を活用した発酵食品の開発にも注力している。
◎佐藤酒造店(郡山市)
1710年創業。代表銘柄「藤乃井」の名前は、酒蔵の敷地内に藤の花が咲き誇る井戸があったことに由来する。手間を惜しまない基本に忠実な酒造りを心がけ、特に近年、飛躍的に酒質を高めている。2023年の福島県秋季鑑評会では「純米酒の部」で県知事賞を受賞した。
◎寿々乃井酒造店(天栄村)
1811年創業。裏山から湧き出る水を仕込みに使い、南部杜氏から受け継いだ酒造りを続ける。“蔵元の良心が見えるお酒”として普通酒の製造に力を入れてきたが、2020年に杜氏が栽培する亀の尾を使った純米吟醸酒「寿月」を発売。新たなファン層の獲得を目指す。
福島県の酒蔵で活躍する女性蔵人
—まずは、みなさんがどんな仕事をしているか、教えてください。
仁井田真樹さん(以下、仁井田):夫(18代目 仁井田穏彦さん)が酒を造る人なら、女将の私は酒を売る人でしょうか。広報活動やSNSでの情報発信、全国のイベントへの出展のほか、発酵食品の開発なども担当しています。
佐藤酵さん(以下、佐藤):叔母が社長で、私は取締役という立場なのですが、実際は“何でも屋”です。酒母や醪(もろみ)の分析は私の担当で、洗米や蒸米の工程も手伝っています。その他にも、事務作業やイベントへの出展なども対応しています。
鈴木理奈さん(以下、鈴木):私も取締役という役職ですが、事務作業や店頭販売、瓶詰め、ラベル貼りもしています。酒造りの人手が足りなければ駆り出されますし、蔵人のまかないを作ることもあります。うちの蔵人は昔から働いている年配の男性が中心なんですが、仁井田本家は女性の従業員も多いですよね。
仁井田:そうですね。蔵人のおよそ半分は女性です。
鈴木:女性の割合が多い酒蔵さんでは、どういう工夫をしているのか、すごく気になっています。実際に作業をしてみると、設備や道具の使い勝手が女性の体格に合わない気がしていて。佐藤酒造店は、何年か前に設備を改修したんですよね。
佐藤:吟醸酒も仕込めるように、6,7年前に大幅な改修を行いました。それでも、女性の目線で直したいところは、まだまだたくさんありますよ。
仁井田:建物の不要な部分を減築している最中なのですが、酒造りの現場においては、うちも女性の働きやすさを考えた工夫は充分ではありません。あくまでも傾向として、ラベル貼りなどの細かい作業は女性のほうが向いていると感じますが、農作業などの力仕事も元気にやってくれていますよ。
鈴木:確かに、作業に対する得意・不得意の傾向はありますよね。上手く役割分担していくのが良いのかもしれません。これまで、他の酒蔵の状況をお伺いする機会がなかったので、女性が働く現場の声を聞くことができて良かったです。
—福島県の酒蔵には、みなさんのような女性が多いのでしょうか。
鈴木:他の県と比べても多いような気がします。
仁井田:鶴乃江酒造(会津若松市)の(林)ゆりさん、大天狗酒造(本宮市)の(小針)沙織さん、喜多の華酒造の(星)里英さん。酒造りの現場で活躍している女性もいますね。
佐藤:みなさんには、いつも刺激をもらっています。
鈴木:「女性蔵元」「女性杜氏」というと、華やかな印象があるかもしれませんが、みなさんが地道にがんばっていることを知っているので、リスペクトの気持ちが強いです。直接の関係はなくても、“同志”のような存在ですね。
—そういったリスペクトが生まれるのは、酒蔵同士の距離が近いからかもしれませんね。
鈴木:その中心になっているのが、清酒アカデミー(酒造りの知識や技術を指導する県営の職業訓練機関)の存在ではないでしょうか。
佐藤:県内のさまざまな酒蔵の蔵人が集まりますからね。卒業した後も関係が続いていて、他の酒蔵と気軽にコミュニケーションを取れる環境というのは素晴らしいと思います。
仁井田:私は、清酒アカデミーには行っていないのですが、それでも、福島県の酒蔵のつながりは強いと感じますね。あとは、東日本大震災の影響も大きいと思います。風評被害も含め、大きな被災をともに経験したからこそ、力を合わせて復興しようとする思いが、福島県の酒蔵の一体感を育んだのではないでしょうか。
酒蔵の娘と妻が考える、“家”としての酒蔵
—仁井田さんと鈴木さんは酒蔵に嫁いだ立場ですが、“酒蔵の嫁”にプレッシャーはありませんでしたか。
鈴木:プレッシャーというよりも「騙された!」って思いました(笑)。夫からは、両親が田舎で事業をしていると聞いていたのですが、まさか酒蔵だとは思いませんでしたね。
仁井田:私は日本酒がとても好きだったので、抵抗はありませんでした。「恋は盲目」で、あまり気にしていなかったのが本音かもしれません(笑)。
佐藤:私は生まれた家が酒蔵だったので、「いつか継ぐのかな」と思いながら育ちました。“酵”という名前を付けてもらったので、やっぱりプレッシャーはありますね。
仁井田:うちの娘もそう感じているのかな。今のところは、発酵に興味を持ってくれている様子なのですが。
鈴木:私は、酒蔵の後継のことで娘と言い合いになったことがありました。「継いでほしい」とは口に出さずに育ててきたのですが、就職活動のタイミングで話してみたら、娘には他にやりたいことがあったみたいで。継ぎたいと思える背中を見せられなかったことを後悔して、それで清酒アカデミーに通ってみることにしたんです。
仁井田:確かに、まずは自分たちが素敵な仕事をすることで、子どもたちの心も自然に変化していくのかもしれませんね。うちの蔵元も「小さい頃から蔵人がいっしょに遊んでくれて、酒蔵は楽しい場所というイメージがあったから、後継に迷いはなかった」と言っていました。
佐藤:私も、小さい時から酒蔵が遊び場でした。実際に仕事をしてみて、大変なこともありますが、蔵人みんなで造ったお酒を美味しいと褒めてもらった時は、うれしくて苦労が吹き飛びますよ。
仁井田:そうそう。何よりも、大好きなお酒を仕事にすることができて幸せです。ただ、最近はお酒を飲まない人が増えているようで。飲酒をする人が減っていく中で、酒蔵として何ができるかを考えないといけません。
佐藤:日本酒に対するイメージが変わるような、若い方々にとっての入口になるようなお酒を造っていかないと。その点、福島県にはきれいな味わいの日本酒が多いので、ビギナーにも飲みやすいものがたくさんあると思います。
鈴木:酒蔵ごとに個性があって、カラフルなパレットのように美味しさを選べるのが、福島県の日本酒のおもしろいところ。あとは、日本酒を楽しめる観光スポットがたくさんあるのも魅力だと思います。仁井田本家のようにイベントを開催している酒蔵もあれば、普段から見学を受け入れている酒蔵もあります。
仁井田:コロナ禍の以降は、特に海外観光客が増えています。福島県の日本酒の魅力を、いろいろな形で伝えていきたいですね。
—今後、挑戦したいことを教えてください。
鈴木:うちは季節雇用の杜氏さんにお世話になっているのですが、いずれはチーム体制の見直しも必要なのかもしれないと感じています。すでに良いものを造っているという自信はありますが、味わいのバリエーションをさらに増やしていきたいですね。
佐藤:おかげさまで、この数年で賞をいただく機会が増えてきました。うちのお酒の美味しさが、もっとたくさんの人に伝わるように、SNSなどを活用してファンづくりをしていきたいです。
仁井田:うちは米作りが第一。良い環境を次世代に引き継いでいけるように、これからも取り組んでいきます。
酒造りの世界における女性の進出には、まだまだたくさんの課題がありますが、今回、福島県の酒蔵で働く3人の女性に話をお伺いし、それぞれの役割に誇りを持って仕事をする姿勢が感じられました。
福島県の酒蔵には、さまざまな形で活躍する女性がたくさんいます。その姿は、日本酒業界を志す次世代にとってのロールモデルとなるでしょう。これからも、福島県の酒蔵で働く女性に注目してみてください。
福島県の酒蔵の女性たちの活躍は、 福島県のオフィシャルサイト「ふくしまの酒」
(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)
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