「あずきバー」で知られる三重県津市の総合食品メーカー・井村屋が、2021年に立ち上げた日本酒ブランド「福和蔵(ふくわぐら)」。異業種からの新規参入で社内に酒造りの経験者がいなかったにもかかわらず、すでに国内外のコンテストで好成績を収めるまでに成長し、注目されています。
今回は、日本酒業界への参入を決断した当時の井村屋グループの会長(現 取締役会議長)浅田剛夫さんと、日本酒をはじめとしたお酒と食に関する専門家であるトータル飲料コンサルタントの友田晶子さんの対談を通して、2024年に4年目を迎えた福和蔵の歩みを振り返ります。
「すっきりとした旨口」を追い求めて
—今回は、浅田さんには井村屋グループとしての主観的な視点、友田さんには日本酒の専門家としての客観的な視点で、福和蔵について話していただきます。全国の酒蔵を訪れている友田さんは、福和蔵を実際に訪問してどんな感想を抱きましたか。
友田晶子さん(以下、友田):三重県多気町にある「VISON(ヴィソン)」という商業リゾート施設の敷地内にあるというのが印象的でした。酒蔵併設のショップだけでなく、特別に製造現場も見学させていただいたんですが、コンパクトでしたね。
伝統的な酒蔵では、昔からある建物に合わせて機材を配置していますが、福和蔵は酒造りのためにゼロから建てられたので、最新の設備が無駄のない動線で置かれています。だからこそ、フレッシュな味わいを造れるんでしょうね。
—続いて、福和蔵が3年間でどのように変わってきたのかを、浅田さんにお聞きします。
浅田剛夫さん(以下、浅田):福和蔵は、三重県伊賀市で1900年に創業した福井酒造場の酒造免許を引き継いだ新しい酒蔵です。酒造りはゼロからのスタートでしたが、大学で醸造を学んだ従業員が社内にいたことで挑戦できました。
最初の3年間は試行錯誤の連続でしたが、いくつかのコンクールに応募してみたところ、2023年は「福和蔵 純米大吟醸」がInternational Wine Challenge(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)でゴールドメダルを、2024年は全国新酒鑑評会で金賞を受賞するなど、高い評価をいただくことができました。
友田さんが主催されている「美酒コンクール」でも金賞をいただいて、「自分たちの酒造りは間違っていないんだ」という自信につながりましたね。
友田:「美酒コンクール」は日本酒スペシャリストの女性のみが審査する品評会で、2024年で2回目の開催となりました。「純米大吟醸部門」などの特定名称別ではなく、「フルーティー部門」「ライト&ドライ部門」などの香味別で評価しています。福和蔵の日本酒は、純米大吟醸と純米吟醸がフルーティー部門で、純米酒がリッチ&ウマミ部門で、2024年の金賞を受賞しました。
浅田:女性の審査員のみという点が新しいですね。そうした場で評価していただいたことで、これからの展開にも大きな期待がもてました。
友田:フルーティー部門は、実は香りが強すぎないことが重要なんです。フルーティーさだけを求めるなら、ワインや果実酒を飲めばいい。フルーティーでありながらも日本酒らしさを感じるバランスのよいお酒が評価されています。
浅田:福和蔵が理想としている味わいは「すっきりとした旨口」なんです。また、最近は「やさしい味わい」も大事な要素のひとつなのではないかと感じています。飲みやすく、食事と合わせやすいお酒ということですね。
福和蔵のおいしさを守るために、地域の自然を守る
—福和蔵の品質が年々向上している要因として、力を入れたことはありますか。
浅田:福和蔵の酒造部長(安田裕幸さん)が、情熱をもって酒造りに取り組んでいることが一番の理由です。彼はさまざまな製法や酒質に挑戦していきたいという意欲が強いので、私も大きな期待をしています。また、最近は後継者を育てることも意識しているようです。事業を長く続けるためには、次の世代に繋いでいかないといけませんから。
さらに、酒造りに必要な原料に恵まれていることも大きな要因です。
福和蔵の日本酒は、三重県の素材を大事に、三重県の風土を表現していきたいと考えています。特に重要だと考えているのは「水」。松阪市にある香肌峡(かはだきょう)の森に育まれた湧水は、福和蔵の酒造りの基盤になっています。井村屋グループでは、この良質な水源を守っていくために、採水地である山を買い取りました。
友田:福和蔵の仕込み水はミネラルをたくさん含んだ硬水ですよね。硬水で造ると発酵が進みやすく骨太な味わいになる傾向がありますが、福和蔵の日本酒には独特のやわらかさを感じます。
浅田:現在、国立大学と共同で水質形成に関する研究を進めていて、香肌峡の湧水がどのくらいの時間をかけて、どのような経路をたどって湧き出ているのかを明らかにしようとしています。それが解明されれば、福和蔵の魅力もさらにアピールしやすくなるはずです。
—友田さんは、福和蔵の地域性についてどのように感じていますか。
友田:仕込み水だけでなく、三重県産の酒米を使うなど、福和蔵は地元の風土を大事にしていますよね。
また、三重県は食材が豊かな地域なので、ペアリングの視点も重要です。かつて、朝廷に食材を献上することが許された「御食国(みけつくに)」という地域が3つあり、それが現在の福井県の若狭、兵庫県の淡路島、そして三重県の志摩でした。三重県には、アワビや伊勢エビ、松阪牛などの高級食材が豊富にそろっています。
浅田:三重県の豊かな食材も、福和蔵のすっきりとした旨口の味わいも、素晴らしい自然があるからです。だからこそ、企業としてその自然を守っていかなければなりません。
異業種の参入で、日本酒は「進化」する
—友田さんは、井村屋が日本酒事業を始めると聞いた時、どのように感じましたか。
友田:本当に驚きましたよ。「井村屋」と「日本酒」がまったく結びつかなくて「どういうこと?」という感じでした(笑)。ただ、いま振り返ってみると、井村屋には異業種からの参入ならではの強みを感じます。
そのひとつが、酒粕などの副産物を、菓子などの他の商品にも活かしている点です。
たくさんの酒蔵が酒粕の利活用に悩んでいるのですが、井村屋は酒粕を使ってあんまんの生地を作るなど、社内で循環させることができる。こうしたサステナブルな取り組みは、これからの時代にますます重要になると思います。また、醪(もろみ)を使った酒まんじゅうもありますよね。
浅田:酒まんじゅうは賞味期間が短いものが多く、基本的には製造された地域の周辺で消費されます。しかし、井村屋グループには、あずきバーや肉まん・あんまんで培った冷凍技術があるので、酒まんじゅうも冷凍して全国に発送できるんです。こうした井村屋グループの強みは、福和蔵にももっと活かしていけるのではないかと考えています。
—井村屋グループの冷凍技術と流通網は、他の酒蔵にはない強みですね。
浅田:最初は井村屋グループとして日本酒事業を始めることに迷いがあったんですよ。「菓子メーカーが酒造業に乗り出すなんて、果たしてうまくいくのだろうか?」と。
そんな時に、親しくしている四日市市の酒蔵・宮﨑本店の宮﨑会長が「井村屋グループなら、日本酒業界に新しい風を吹き込めるかもしれない」と言ってくれたんです。
宮﨑さんは「キンミヤ焼酎」で大きな成功を収めている、三重県にとって革命的な存在。そんな彼が「日本酒業界には、井村屋グループの新しい力が必要だ」と言ってくれたからこそ、「やってみよう」と決心することができました。
—友田さんは、異業種からの参入に期待することはありますか。
友田:日本酒業界は、伝統的であるがゆえに古い体質のなかで縛られてきた部分があります。井村屋グループのような新しい企業が入ってきて大胆な改革が行われるのは素晴らしいことだと思います。それが結果的に、日本酒を楽しむ消費者にもメリットをもたらしてくれるはずです。
浅田:異なる要素が混ざり合って新しいものが生まれることこそが「進化」だと思います。ペアリングだってそう。たとえば、井村屋グループが得意としているあんこと日本酒はよく合いますからね。
友田:本当にそのとおりですよ。和菓子でも洋菓子でも、日本酒は甘いものと相性がいいんです。イメージがわかない人もいるかもしれませんが、お正月に食べるおせちの黒豆や伊達巻、栗きんとんなどの甘い料理にも、日本酒はよく合いますよね。
新規参入から3年—福和蔵は次のステージへ
—福和蔵の酒造りを通して得られた発酵技術が、井村屋グループの他の事業に活かされる期待はありますか。
浅田:まずは菓子に活かされるのではないかと思います。日本酒事業を始める前から、あずき味噌などの発酵技術を活用した商品を開発してきたので、酒造りから得られた知見を組み合わせることで、さらに発展させられるかもしれません。
友田:日本酒の醸造技術から派生した新しい商品や組み合わせが、これからの日本酒業界を率いる若い人たちにとって新しい挑戦のきっかけになるかもしれませんね。
浅田:若い人たちが新しいアイデアを出してくれれば、日本酒業界がもっと活性化すると思います。造り方だけでなく飲み方についても、さまざまな提案をすることが大事になっていくのではないでしょうか。
三重県は焼き物が盛んな地域で、素晴らしい陶磁器がたくさんあります。福和蔵にぴったりなオリジナルの酒器を制作してセット販売するのもいいかもしれません。
友田:たとえば、ワインが世界中に浸透した背景には、消費者をガイドしてくれるソムリエの存在が大きいのではないかと思います。日本酒はワインよりも選ぶのが難しいので、どんな味わいなのか、どんな料理に合うのかを教えてくれるプロフェッショナルを増やしていくべきだと感じます。
—友田さんは、福和蔵のこれからにどんな期待をしていますか。
友田:日本酒事業をスタートしてから3年間、コンパクトな酒造りをしてきたと思いますが、これから本格的なステージを迎えるのではないでしょうか。酒造りの基礎がしっかりと固まり、国内外のコンテストで成果が出るようになったことで、消費者の期待もどんどん大きくなっていると感じます。
—友田さんの期待を受けて、浅田さんの考える今後の展望はいかがでしょうか。
浅田:現在の福和蔵のキャパシティがいっぱいになった時に、そこからどのように拡大していくかが課題です。酒税法などについて詳しく調べなければわかりませんが、おそらく新しい蔵を建てることになるだろうと。
さらに、海外展開も進めていきたいですね。福和蔵が飛行機の機内食や世界一周のクルーズ船で提供されることも夢見ています。さまざまな場所やシーンで、福和蔵の存在感を出していきたいです。
1896年の創業から100年以上にわたって、菓子や食品の分野での独自のポジションを確立してきた井村屋グループ。新しい挑戦としてスタートした日本酒事業である「福和蔵」のこれからに向けて、さらに期待がふくらみます。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)
Sponsored by 福和蔵(井村屋グループ株式会社)