1990年に誕生した上善如水(じょうぜんみずのごとし)。後に白瀧酒造を背負って立つことになるブランドの誕生から28年の月日を経て、2018年10月1日に新ブランド「純米吟醸 my time」が産声を上げました。
今回はそんな「my time」のデザインに注目。かねてからパッケージデザインをはじめとしたクリエイティブに注力してきた同酒造ですが、「my time」では、"ひと目見ただけでは日本酒とはわからない"ほどのポップなイラストをパッケージに起用しました。その思い切った決断の裏には、どんなねらいがあるのでしょうか。
「my time」の特徴である"デザイン構想"から今後の展望までを、白瀧酒造 高橋晋太郎社長とイラストデザインを担当したイラストレーターの神田亜美さんにお話いただきました。
「日本酒を手に取るきっかけは、ラベルの可愛さでもいい」
― パッケージデザインへのイラスト起用には、どんな背景があったのでしょうか?
高橋社長(以下、高橋):まず、うちの定番商品の「上善如水」と肩を並べるような、新たな看板商品をつくりたかったんです。上善如水は発売から現在まで、28年の間に少しずつリニューアルしてきました。愛飲してくださっている方とともに年を重ね、当初想定していた「日本酒の入門」という位置づけからは遠くなってしまいました。
そんな中、「今の若い方に飲んでいただけるお酒をつくりたい」という思いで立ち上げたのが、「my time」です。上善如水同様に、家でくつろぐときに飲んでもらえるようなお酒をイメージしています。
白瀧酒造には「日本酒の入門でありたい」という意識が強くあるので、最初に日本酒を手に取るきっかけが、「ラベルの猫がかわいい」という理由でもいいんじゃないかと思ったんですよね。上善如水の季節商品には、ペンギンやシロクマを起用したラベルがあるのですが、「あのシロクマの日本酒ください」とイラストで覚えていて注文してくれる人もけっこういます。
― 構想を始めてから完成までには、どのような経緯があったのでしょうか?
高橋:「my time」の構想を描き始めたのは2017年の4月くらいです。最初の1年間は、徹底して市場調査に費やしました。上善如水以来、新ブランドを立ち上げるのは15年ぶりですし、お客様の本当に求めるものを提供したいと考えたからです。パッケージデザインにイラストを起用しようと神田さんにお願いしたのは、2018年6月くらいだったかなと思います。
神田さん(以下、神田):もともと日本酒が好きだったので、お話をいただいたときはうれしかったですね。プライベートの飲み会でも、1杯目から日本酒を注文するくらい好きなんですよ。ただ、普段は絵本などの仕事が多くて、自分の絵と日本酒がどう結びつくかイメージが掴めず、ほんの少し不安でした。
高橋:唐突にお願いしてしまいましたからね(笑)。ただ、私たちとしては「リラックス」がキーワードだったので、神田さんの描かれたオウムの絵を見たときにピンと来ていたんです。
神田:確かに、私の絵を見た方に「肩の力が抜ける」と言ってくださる方が多いんですよね。なので、「my time」のキーワードが「リラックス」と聞いたとき、「いつも通り楽しく描けばいいのかな」と思えました。
高橋:神田さんのイラストはとても自然体で、目に入ったときにふわりと力が抜けますよね。「my time」では、押し付けたリラックスではなく、飾らずに息抜きできるような、ゆったりとした雰囲気を出したかったので、主張が強くなく、自然と力が抜けるような"本当のゆるさ"を持った神田さんのイラストが、「my time」のコンセプトととてもマッチしています。
花、海、猫・・・ポップでかわいい6種類のラインナップ
― どのような経緯で、同じお酒を6種類のラベルで出すに至ったのでしょうか?
高橋:神田さんに依頼したときは「"リラックス"をキーワードにキャラクターも取り入れながら何パターンか提案してほしい」とお願いしました。最終的にはその中から、1つを商品化しようと考えていたんです。
神田:最初はいろいろな案がありましたよね。傘とか魔女とか。
高橋:当初は「働く女性の夜のご褒美」みたいなニュアンスだったので、魔女がいいかなと思っていて。夜を連想させるし、女性だし。
神田:魔女はラフの段階まで書いたんですけど、先が見えなくてすごく難しかったんですよ。
高橋:キャラクターに落とし込んだ時、何かしっくりこなかったんですよね。それで、ゆるさを追求した結果、今のかたちになりました。
高橋:検討を進める中で、神田さんに描いていただいた複数のデザイン案から1つに絞るのは、もったいないんじゃないかと思うようになりました。何種類かまとめて並んでいるとインパクトがあるし、お客さんにチョイスしてもらえるような面白さもあってもいいのかなと。それで、6種類の起用を決断したんです。
神田:私は「花」がお気に入りなんですよね。
高橋:お客様からの評判は「猫」が人気のようです。社内では「宇宙」が好きという声を聞きますね。先日、横浜でイベント出店をしたときには「猫があるなら犬もつくったほうがいいよ」とアドバイスをくださった方もいました(笑)。
まだ試行錯誤の最中なので、こうして積極的にお客様の声を伺って、製品に反映していきたいなと思っています。
「入門酒でも、味わいは王道」長く愛される日本酒を目指して
― 1年半にわたる市場調査をベースに、偶発的なアイデアも織り交ぜながら完成したのが「my time」なんですね。ラベルに酒情報が一切入っていないのはなぜでしょう?
高橋:イラストを採用したラベルにお酒の情報が入ってしまうと、世界観が一気に現実に引き戻される気がしたので、やめました。ただ、一見してお酒かどうかもわからないので、日本酒だということは最低限伝えたいと思い、首竹をつけています。
神田:そういえば、私のほうは酒情報や文字入れを意識せずに描いていましたね(笑)。
― 「リラックス」した世界観を大切にした「my time」ですが、味わいは一体、どんなものでしょう?
高橋:「日本酒の入門酒」ということもあり、最初は甘いお酒にしよう、というアイデアも出ました。しかし、そういったお酒は流行りの影響を受けやすい。物珍しさで買ってくれるお客様がもいたとしても、長くは続きません。「my time」は、ずっと愛され続けるお酒を目指して、日本酒らしい味わいの「王道」を突き詰めた日本酒にしました。
神田:実際に飲んでみると、とても爽やかで飲みやすかったです。
高橋:そうなんです。酒質自体は、新潟らしい辛口で設計しています。そこに、ジュール加熱という新技術を導入することで、生酒のようなフルーティーな味わいを実現しました。これによって、日本酒に慣れ親しんでいない方から日本酒ファンまで、幅広いお客様に受け入れられる味わいが実現したんです。
― まだ発売開始したばかりの「my time」ですが、今後の展望を教えてください。
高橋:今は、オンラインショップと越後湯沢駅をはじめとする一部店舗のみの取り扱いになっています。しかし、「my time」は家で飲んでもらいたいお酒なので、スーパーやコンビニなど、お客様の身近な所で購入いただけるよう、取引先と調整を進めています。
また、さまざまなデザインも特徴のひとつなので、ラベルデザインの自由度を活用し、雑貨メーカーやギフトショップなど、普段、日本酒と縁遠い企業ともコラボレーションしていきたいですね。「my time」のコンセプトに共感していただけるところがあれば、ぜひ進めてみたいですね。
神田:楽しそうですね。デパートの雑貨店などで、他のギフト用品と並んでいる姿を見るのが楽しみです。
高橋:同じ日本酒で外観だけが異なるという商品は、白瀧酒造としても初めてのチャレンジです。正直なところ、手探りなんですよ。だからこそ、たくさんのお客様に見てもらって、感想を聞かせていただくのが最初の仕事だと思っています。そういう意味ではまだ完成形ではなく、これから育てていくブランドですね。
日本酒ビギナーと共に育っていくブランドに
10月に生まれたばかりの白瀧酒造の新ブランド「my time」。王道ともいえる辛口の吟醸酒と、ポップでやわらかいイラストという異色のコラボレーションは、数々のチャレンジをしてきた白瀧酒造にとっても大きな挑戦だったようです。
お客さんの声に耳を傾けながら、これから育っていく新ブランド「my time」。その成長を見届け、育てていくのは、私たち消費者です。
気分や好み、インスピレーションで自分の "my time" にぴったりなラベルを選んでみてはいかがでしょうか。
(文/佐々木ののか)