米どころ新潟で明治時代に創業した酒蔵・菊水酒造。コンビニに並ぶ缶入りの日本酒「ふなぐち菊水一番しぼり」や、人気ジャズクラブ「ブルーノート東京」で提供される「無冠帝」など、数々のヒット商品を世に送り出しています。
そんな菊水酒造は今年、クラウドファンディングで資金を募り、新たなチャレンジをおこないました。「若者を日本酒で感動させたいプロジェクト」と銘打ったこの取り組みは、660名もの支持者を集め、総支援金額451万円・目標達成率150%という素晴らしい結果を残しています。
すでにファンの多い蔵元が、なぜわざわざクラウドファンディングを活用したのか―? そこには、「日本酒ファンの裾野を広げたい」という強い想いがありました。良い「モノ」だけでは不十分。「コト」づくりを通じて日本酒ファンを増やし続ける、菊水酒造独自の考え方に迫ります。
日本酒は楽しいもの ― 菊水酒造の「コトづくり」
菊水酒造の経営理念は「より良い酒を追求し、豊かなくらしを創造する」
この理念の説明には、「コトづくり」という言葉が出てきます。「酒造りというモノづくりだけでなく、コトづくりにも全力で挑む」、そんな一節があるのです。菊水酒造にとって、「旨い日本酒を造る」のは当たり前。日本酒を通じて、生活の中の楽しい・うれしい「コト」を増やしていくことこそが目指すところだと考えているのです。
具体的にはどんな「コトづくり」に取り組んでいるのでしょう。
例えば、会社の敷地内にある「菊水日本酒文化研究所」もそのひとつ。ここは自社の商品ばかりではなく、日本酒という「文化」を知ってもらうための場所です。酒造りを体験したり、全国から収集された文献や資料を読んだりして、日本酒への理解を深めることができます。味だけでなく、「楽しい」「面白い」体験を提供することで、日本酒ファンを増やす。それが菊水酒造の目指す「コト」づくりです。
しかし、創業当初からそう考えていたわけではないそうです。「モノづくり」だけでなく、その先にある「コトづくり」を意識するようになったのはなぜでしょうか?モノがあふれる現代では、「モノづくり」だけを考えていては限界がくる。その考えに至るきっかけは、あるパンフレットでした。
「なぜ売れない?」モノづくりの限界
1990年代後半は、日本酒、特に地酒ブームが叫ばれていた時期でした。菊水酒造もその渦中になり、いくら造っても製造が追いつかないほどお酒が売れていたそう。火入れしたお酒が完全に冷める前に出荷準備をすることさえあったのだとか。
しかし2000年代になるとブームは去り、売上は頭打ちに。「あれほど売れていたのに、旨い酒を造っているのに、何がいけないのか……」と、現社長・髙澤大介氏は思い悩む日が続きました。そんな時、ふと車のパンフレットに目が留まったのだそうです。そして、「これだ!」と閃いたといいます。
車の広告は、時代と共に変化していました。自動車が生まれた頃は「移動に便利です」と言っていたものが、競合が増えるにつれ「より速い車です」とスペックをアピールするように。そして、モノとしての質の高さが当然となった現代では、スピードや安全性などの機能面ではなく、「家族の思い出をつくろう」「車内の時間を楽しもう」といった「体験価値」を訴求するものになっていったのです。
髙澤氏は、日本酒も同じだと考えました。高度経済成長の時代はたしかに「本当に旨い酒」に価値があったけれど、モノがあふれる時代になった今、それは当たり前のこと。モノづくりだけにこだわっていてはいけないのだ、と。
そして2005年、菊水酒造は経営理念を変更しました。それまでの「より良い酒をより多くの方々へ」から、「より良い酒を追求し、豊かなくらしを創造する」へ。日本酒を通して、お客様のくらしをどれほど豊かにできるのか……。モノだけでなく、コトも重視する企業でありたいと考えたのです。
コトづくりにおいて菊水酒造がキーワードとしているひとつが、「体験」。自らの体験で「楽しかった」と感じたことは、いつまでも忘れないもの。そのような良質な体験を重ねることで、日本酒と菊水酒造を好きになってほしいと考えています。
新たな顧客、新たな販売方法を!クラウドファンディングへの挑戦
2016年、菊水酒造は法人設立60周年を迎えました。記念すべきこの年にどんな企画をするべきか―。熟慮の末に決断したのが、クラウドファンディングを活用した新銘柄製造への挑戦でした。限界まで米を削った23%精米のお酒を通して、若者に感動していただこうというプロジェクト。企画者である営業部の統括マネージャー・先川彰一さんに、プロジェクトの狙いとその結果についてうかがいました。
「目的は大きく分けて2つありました。新しい顧客の獲得と、新しい販売方法へのチャレンジです。新しい顧客とは、次世代のユーザーとなり得る層で、20〜30代の若者をメインターゲットに絞り込みました。販売方法については、お客様に直接価値をお届けできる方法がないかとずっと模索していたんです。クラウドファンディングなら直接お客様にアプローチすることができるし、若者の関心も高い。そこで挑戦を決めました。ここでも『体験』を重視し、支援へのリターンには日本酒の仕込み体験などユニークなものを提供しました」
とはいえ、これまでに狙ったことのないターゲットを相手に、これまでに経験のないクラウドファンディングという手法、社内からは反対意見も出ていたそう。先川さん自身も、「結果が出るまでは気が休まらなかった」と言います。クラウドファンディングは終盤にぐっと支持が増えるもの…そう聞いてはいても安心できず、毎日達成率を確認する日々。
そんなときに、立ち上がったのは菊水酒造の社員のみなさまでした。
「社員一人一人がどこへ行くにもプロジェクトの説明書きを持ち、家族や友人、お客様にこのプロジェクトの紹介をしてくれて、少しずつ支援の輪が広がっていったんです」と先川さん。最終的には目標額の150%を達成し、660名もの支援者が集まっていました。反対意見を乗り越え、社員が一丸となったことが達成の秘訣だったのです。現在の菊水酒造を支えている50代以上とは異なる層、若者へのアプローチは大成功に終わりました。
「個」を見つめることで生まれる多彩なアプローチ
クラウドファンディングだけでなく、他にもさまざまな「コトづくり」に取り組んでいます。秋葉原にある菊水酒造の直営店「KURAMOTO STAND」では、日本酒に関する貴重な文献を読みながら、酒・麹・酒粕を使ったパンケーキやスムージーを味わうことができます。菊水酒造の地元新潟のアイドル・NGT48とのコラボレーションでは、メンバーが酒蔵を訪れて撮影を行いました。人気商品「無冠帝」のコンセプトを体現したWEBマガジン「BREW」には、若いブロガーたちが記事を寄稿しています。
「"個人"を見つめた結果、生まれたものです」と先川さんは語ります。
「これからのマーケティングは、もっと『個』を見つめなくてはいけないと思います。例えば、「アイドルが好きなのは若者」といった大雑把な見方では通用しません。趣味・嗜好が多様化した今、アイドルのファンだって若い方から年配の方までいますよね。既成のイメージにとらわれることなく、個人に目を向けることで、新たな『コト』を見つけることができるのだと思います」
お店で美味しい料理を食べて、アイドルと同じお酒を飲んで、日本酒にまつわるブログを読んで ―。日本酒を通じて「楽しかった」という「体験」こそが、会社のブランドイメージをつくり上げ、ひいてはファンを増やすことにつながるのだと菊水酒造は考えています。そのためならば、失敗を恐れない。挑み続ける姿勢は、菊水酒造に創業当初から深く根付いている社風です。
日本酒業界では、「いかに旨い酒を造るか」という議論が度々交わされます。ただ、菊水酒造ではそれはもう当たり前のこと。「いかに新しい体験をしてもらうか」という「コト」に目を向けていました。クラウドファンディングで若者のファンを獲得したことに見られるように、「コトづくり」は自社だけでなく、日本酒ファンの拡大を目指しています。
さあ、菊水酒造は今後どのようなコトづくりで私たちを楽しませてくれるのでしょうか。
(取材・文/藪内久美子)
sponsored by 菊水酒造株式会社
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