2017年10月1日に発売され、大きな話題を呼んだ純米大吟醸酒があります。
山形県・楯の川酒造が生み出した「純米大吟醸 光明(こうみょう)」は、精米歩合1%という前例のない超高精白で、価格は四合瓶で10万8千円。酒蔵としても、業界としてもチャレンジングな1本は、完売という結果を残しました。
そして、楯の川酒造は次なる一矢を放ちます。同じく精米歩合1%ながら、酒米を出羽燦々から山田錦へと変えた、新たなる「光明」が5月20日(月)に発売されるのです。
酒米の王様ともいえる山田錦を磨き込んだ1本は、まさに未知の味わいでありながら、限界を超えた挑戦といっても差し支えはないでしょう。
今回は楯の川酒造の6代目蔵元、社長の佐藤淳平さんに話を伺いました。新商品「光明 山田錦」をはじめ、超高精白の商品を造り続けることで見えてきた日本酒市場の新たな展望にも、話は及びました。
高価格帯の市場は、たしかに存在していた
「光明」の発売当時、精米歩合1%という圧倒的な呼び水はありながら、1本10万円という発売価格のため、市場の反応は想像できなかったといいます。しかし、蓋を開けてみれば「地元の酒屋さんでは100本ほどのオーダーがあり、注文を受けきれなかった」ほどに、光明を求める人々はたしかに存在していました。
「日本国内だけでなく、中国をはじめとした海外からのオーダーが多いだろうと推測していたんです。実際に、香港や中国に向けて200本ほどの出荷がありました」
光明の反響を見るなかで、佐藤社長は「高価格帯を求める市場が日本酒にも存在する」ことを認識できたといいます。しかし、そのころは酒米に山田錦を使う想定はありませんでした。ひらめきのきっかけとなったのは、SAKETIMESが行った取材の一幕だったそう。
「光明を発売したときにインタビューをお受けして、記者の方から30BYでは何をしてみたいかと尋ねられたんです。そこで、やるとしたら別の米でやりたい、山田錦に挑戦してみたいと話したのですが、それを思い出して試してみようと」
まさに今回の「光明 山田錦」は、その思いを結実させた一本になりました。
苦労から得た学びを、他の造りにも活かす
そもそも、28BYの「光明」で出羽燦々を使ったのは、地元の契約栽培米が使えることもありましたが、大きく2つの理由があったそう。
ひとつは、販売価格を見るためのテストケースにしたかったこと。「四合瓶で10万円」という大台の価格が市場でどのように受け入れられるのか、その反応を見たかったのです。
そして、もうひとつは「出羽燦々の収量が多かった年だったから」という裏話でした。しかし、タンク1本を仕込むのに使う米は200~300俵もの量が必要になるからこそ、原料米を充分に確保できることは大切な要素でした。
「いろんな酒米があるけれども、やはり山田錦は王者。風格と厚みがある。なおかつ冷蔵庫で熟成させても3年や5年は平気で保てる上に、むしろ洗練されて落ち着いていく。価格が価格だけに熟成という楽しみ方にも向くと思い、それならば山田錦で造る意味があると考えました。精米歩合の高さに、時間軸という付加価値をつけ加え、新しい境地を切り拓いていきたい」
山田錦と比べ、出羽燦々は「フレッシュさが魅力の酒米」と捉える佐藤社長。山田錦を使い、出羽燦々とは異なるテイストの光明を造ることで、「顧客がいるとわかったからこそ、この市場をもっと掘り下げてみたかった」と話します。30BYの造りでも自身で製造責任者を務め、兵庫の米屋から仕入れた山田錦で造りに向かいました。
光明は、従来の一般商品と比べて仕込みの量が少ないものの、「造りはむしろ難しくなった」と佐藤社長は振り返ります。
「原料処理でいえば、一般商品では麹を30キロ単位で使いますが、『光明 山田錦』では1キロ単位の世界。麹室で種切りをする際にも、量が少ないために乾燥しすぎてしまったり。気を配るべき箇所が増え、扱いが非常に難しくなるのです」
一般商品よりもリカバリーが効きにくく、なおかつ失敗における損失も大きい。量は少なくとも、造り手の苦労が大きい商品でもあります。ただ、良い面もあったとのこと。
「造り手としての技術を高めることにつながりました。光明で見出した造り方を、精米歩合7%や18%の商品でも踏襲でき、他の造りに活かせたことが大きな収穫でしたね」
熟成でさらなるポテンシャルを発揮する
今季は200本限定で市場に出る「光明 山田錦」。できあがったその味わいは、やはり出羽燦々の光明とは異なる仕上がりとなりました。
「基本的に酵母は出羽燦々と同じものを使っていますから、香りの華やかさは同じように良く出ています。日本酒度もマイナス2~マイナス3ほどで、ほんのりと甘い味わいも似ています。ただ、山田錦なりの骨格というのか、味の厚みがしっかりと出ました。これだけ磨いたからこそ出る、洗練された上品さを感じてもらえるはずです」
雑味がなく澄み切った透明感ながら、しっかりと米の旨味や甘味を感じられる精米歩合1%の味わい。その風格に体が震えるような感動が沸き起こります。
「ただ、個人的にもう少しだけ熟成させたい印象を受けました。瓶詰めをしてから時間が経っていないせいもあり、まだ荒さがあるようです。しかしそこは山田錦ですから、時間をかけて落ち着かせることで、風味が整ってまろやかになる。さらなるポテンシャルを発揮してくれると思います」
また、出羽燦々で造る光明は、これまでどおりに提供されるとのこと。両方の光明をそろえ、出羽燦々と山田錦の違いを味わうという典雅な時間を過ごすこともできるでしょう。
高価格帯市場を牽引する存在
味わいの究極を追い求めるだけでなく、「光明」の発売は楯の川酒造のブランディングにも寄与していると佐藤社長は話します。
「『楯の川酒造=全量純米大吟醸の酒蔵』というのは、ある程度の認知をいただいているように思います。それに加え、精米歩合1%台の高精白ラインが増えたことで、蔵のキャラクターがさらにわかりやすくなったのではないでしょうか。今後は、光明のように10万円台の日本酒ではなくとも、2,600円ほどの『清流』など、一般商品の純米大吟醸酒を飲んでみたくなるような気分を起こす牽引役になってくれると考えています」
従来は、"YK-35(山田錦・きょうかい9号酵母・精米歩合35%)"の造りに代表されるような鑑評会出品用の大吟醸酒こそが日本酒の頂上とされてきました。
佐藤社長は「みんながそれをもっとも良いお酒だと思って造ってきた。その常識がひっくり返ったことがおもしろい。光明を発売したことによって、日本酒の高価格帯市場にひとつの風穴を開けられたことがよかった」と淡々と、しかしどこか自らの確信が伝わる声で答えます。
まさに、新たなマーケット形成の兆しがうごめくなかで、佐藤社長は「5万円や10万円のお酒がもっと出てくるようなら、それなりの市場になっていくはず。日本酒の新たな可能性に気づいた人たちと一緒に、その場を作っていきたいと思っています」と、これからの展望に期待を寄せました。
「今季の光明は限定200本ですが、実は発売せずに熟成させようとしているものもあるんです。常にフレッシュなものを提供するのが業界の流れではあっても、貯蔵して熟成することで、新たな価値を与えられるのではと考えています。それも、力のある山田錦という米を使ったからこその提案ですね」
インタビューの最後、佐藤社長は冗談まじりに、こんな言葉を私たちに贈ってくれました。
「自宅でも『光明 山田錦』の熟成を楽しんでもらえればとは思いますが……。ただ、封を開ければ、おそらく一晩で飲み干してしまうはずです」
ひと口味わえば、杯が止まらなくなるからこその言葉。そこには日本酒の未来がたしかに高価格帯市場の先にも広がっていく自信とともに、ひとりの製造責任者として確かな1本ができあがった手応えを感じさせたのでした。
◎商品情報
- 商品名:光明 山田錦
- 原料米:兵庫県産山田錦100%(全量自家精米)
- 精米歩合:1%
- 容量:720ml
- 価格:216,000円(税込)
- 発売日:5月20日(月)
- 購入方法:取り扱い酒販店さんへお問い合わせください
(取材・文/長谷川賢人)
sponsored by 楯の川酒造株式会社