「二才の醸」は、2014年に埼玉県幸手市の石井酒造が誕生させたブランドです。生みの親である石井誠社長は、当時の思いを次のように話しています。
「僕は26歳のときに8代目の蔵元になりました。酒造業界の社長には年長者が多く、僕のような若手蔵元は稀でした。『青二才』と陰で言われ、肩身の狭い思いをしていました。
当時の杜氏も、大学院を卒業してうちに入社すると同時に杜氏として抜擢されたので、同世代でした。そこで『キャリアの浅い20代でも、美味い酒が造れるところを見せよう』と意気投合して誕生したのが『二才の醸』。自分たちで『青二才』と名乗るのは嫌だったので、"青"を取りました」
酒造りだけでなく、原料米の栽培やラベルデザイン、プロジェクトのPRも含めて、すべて20代の仲間と取り組んだことで大きな話題となったようで、売れ行きも好調だったとのこと。
しかし、翌年の造りを終えたタイミングで、石井さんは次なる課題にぶつかります。
「杜氏がもうすぐ30歳になるから、次のシーズンは20代だけで造ったとは言えなくなる。20代を強調して注目されたブランドだから、それは守り続けたい。だったら、20代だけで酒造りができる酒蔵にブランドを譲渡するのはどうか」
杜氏の大学時代の後輩が新潟県の宝山酒造で働いていたので、その思いを伝えると、蔵元の後継ぎで当時28歳だった渡辺桂太さんが快諾し、ブランドの継承が実現しました。
2016年と2017年は宝山酒造が2代目として「二才の醸」を造りましたが、渡辺さんが30歳間近になったため、今年、さらに3代目へと引き継がれたのです。
今年7月に都内で開催された引継ぎ式には、石井さんと渡辺さんも参加しました。用意された巻物型の伝承書には今後、歴代の蔵元の名前が刻まれるようになっています。
酒蔵で働くつもりはなかったけれど......
3代目の醸造責任者は、茨城県古河市にある青木酒造の専務・青木知佐さん(28歳)です。
知佐さんは蔵元である青木滋延さんの長女。弟がいたため、小さい頃から酒蔵を継ぐ気持ちはなかったそうで、高校卒業後は栃木県にある自治医科大学の看護学部に入学しました。その後、埼玉県内の病院で集中治療室の看護師になります。
当時、仕事が想像以上に楽しかったようで、実家に戻る気持ちはほとんどなかったのだそう。
ところが、お酒の席などで実家が酒蔵である旨を話すと「看護師の仕事を続けていいの?実家に帰ったほうがいいんじゃないの?」と、繰り返し言われました。
知佐さんはその時に初めて、「実家はすごい仕事をしているんだ」と見直すようになったのだといいます。
また、娘が実家へ帰ってくることを父の滋延さんが望んでいると知った知佐さんは「酒蔵の仕事をいちど経験して、もしつまらなかったら病院に戻ればいいや」という軽い気持ちで、2014年に実家へ戻りました。
ところが、いざ仕事を始めてみると、酒造りのおもしろさにどんどん魅了され、そのまま蔵に留まる決意を固めました。
20代のメンバーを公募し、3代目の挑戦がスタート
青木酒造には、2013年にやってきた杜氏・箭内和広さんがいたため、知佐さんはあくまでも蔵人のひとりとして酒造りに従事していました。そんな中、約1年前に「二才の醸」の2代目・宝山酒造からブランドを引き継がないかという話が舞い込みました。
知佐さんは「『二才の醸』のことは知っていました。30歳になるとできない挑戦なので、ぜひやりたい」と快諾したのだそう。
しかし、青木酒造で働く20代は知佐さんのみ。それならばと「日本酒に興味のある20代を広く募って、たくさんの若者たちといっしょに酒造りをしよう」と決めました。
SNSでの募集にも力を入れた結果、多くの若者から「参加したい」という連絡があり、20代のみのチームが結成されました。
こうして、「二才の醸」の3代目がスタートしました。
大学生や社会人など、20代の有志がおよそ30人も集結し、稲刈りや酒の仕込み、瓶詰め、ラベル貼りなどの作業を進めていきました。
「美味しいお酒になりますように」
取材で蔵を訪れた日は、日本酒の三段仕込み「添」「仲」「留」のうち、仲仕込みの作業を行なっていました。
集まっていたメンバーは男女合わせて9人。今回造っているお酒は、茨城県が2013年に開発した食用米「ふくまる」を55%精米した純米吟醸酒です。
朝8時過ぎに蒸し上がった米は放冷機に通されますが、この段階ではまだ温度が高く、掛米として仕込みタンクに入れるにはさらに温度を下げなければなりません。
そこで、蒸米を布で受け止めて個別に計量した後、2人組で所定の場所へ運んで広げます。蒸し上がったばかりの米は塊になっているため、手でほぐしてバラバラにしていきます。
参加したメンバーからは「思ったよりも粘っこい」「しっかりとほぐすには意外と握力がいる」などの声が聞こえてきました。
次の作業は冷ました米の運搬。ほぐした米がこぼれ落ちないように布で包み込み、ひとりで担いで階段を下りなければならない重労働です。
みなさん、足元をふらつかせながら階段を降りて仕込みタンクへ。最後に、タンクにかけられたはしごを登るのが大変そうでした。
何回も往復し、作業が終わった頃にはじんわりと汗をかいている人もいました。そして、全員で順番に醪の櫂入れを行ない、今日の作業が終了しました。
「美味しいお酒になりますように」と願うメンバーの姿が印象的でした。
3代目「二才の醸」は約1ヶ月かけて発酵を進め、12月下旬に搾る予定とのこと。現在、4月にお披露目される予定です。
ラベルには、作業に参加したメンバーが描いた水彩の模様をモザイク状に貼り合わせたものを使用するのだそう。20代の若者によるお酒がどんな仕上がりになるのか、楽しみに待ちましょう。
(取材・文/空太郎)