今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。今回は人気時代小説に見つけた旬の料理を再現し、その味わいとともに春酒を楽しみます。
自らの命が危険に晒されるという前代未聞の事件に巻き込まれた鬼平こと長谷川平蔵でしたが、勘を生かして事件を解決。ところは深川の船宿。平蔵が旧友の剣士、岸井左馬之助と過ごすラストシーンに目が留まりました。
白魚は春が旬。春が近づくと、この一編を思い出します。旬の料理をストーリーに生かし季節感を演出する、池波正太郎ならではのテクニック。読者はこうした描写に惹かれ、食欲がそそられます。
それにしても、春の匂いが立ち上るという表現をするとは、鬼平はなんて風流な人でしょう。イメージをそのまま言葉にしたのか、あるいは料理人に対する賛辞を込めてか、いずれにしても、こうした気の利いた言葉を使えるようになりたいものです。
旬を感じさせる魚の甘い香り
さてこの料理、具体的にどんなものでしょう。料理人の知恵も借り、具材の淡い風味を引き立てるため、出汁は鰹を使いやや強めにとることに。そこにほんの少しの醤油で味わいを整えます。
考察のためいくつかの文献をのぞいてみると、卵でとじるというものもありましたが、白魚の風味をより純粋に味わいたいので、卵はまたの機会にしました。
まず食べやすく切った豆腐を入れ、再び出汁が温まり煮立ち始めそうな頃に白魚を入れます。ほどなく魚の身が白み始めたら食べるタイミングです。三つ葉を散らして食します。
出汁の香りとともに、火が通った魚の甘い香りがふんわりと感じます。食べてみると、白魚の身がふわりとほぐれ、口の中でゆるやかに旨みが広がります。まだまだ鬼平ほど、白魚の何たるかに通じてはいませんが、穏やかな春の日差しのような味わいに、旬の醍醐味を見つけたような気がします。
春らしい穏やかな吟醸香をもつ「梅乃宿」
いつも酒選びは、マリアージュの必然性を何よりの条件としてきましたが、今はまさに春。せっかくの旬の味覚には同じく旬の酒を添えようと思いました。そんな遊び心も、楽しい飲み方のひとつでしょう。数ある春酒の中から今回の料理に合いそうなタイプを選び出しました。
まずは程々冷えたところを頂きます。穏やかな吟醸香に誘われてひと口。まろやかな舌触りとともに、甘みを伴った豊かな酸味がふわっと口に広がりました。生酒らしい清涼感も期待通り。すいすいと飲み進んでしまいます。
そして、料理とともにひと口。酒は出汁と相まって、その旨みが口の中にきゅうっと沁み渡ります。白魚について言うなら、酒はその風味に対してほんの少し辛口に変化したでしょうか。裏方に転じ、淡いと思っていた白魚の旨みや甘味をぐいぐいと引き出し、これは愉快。
豆腐のコクや旨みまで濃く感じられます。食中酒としてのポテンシャルも大いにありです。酒が少し室温に馴染んでも、清涼感は変わりません。食後もゆるゆると楽しみながら、味わい深い春の宵を過ごさせていただきました。
(文/KOTA)