酒蔵の仕事といえば、みなさんがご想像する通り、重労働です。

連続して櫂入れを行うスタミナ勝負の仕事があり、もろみの発酵具合を調べるといった頭を使う仕事もあり。たとえるなら「マラソンしながら将棋をさすようなもの」。造り期間中から瓶詰め、出荷まで、常に頭も身体も使い続けます。

最近の酒蔵では、様々な道具を使って仕事を安全に、かつ効率的にすすめる工夫が見受けられます。この記事では、特に人間が身につける道具に着目して、蔵人の仕事ぶりを紹介します。

「軍手」─蔵人の仕事は手が命

軍手

酒蔵で仕事していて、最もイヤなトラブルは手や指先のケガです。

酒蔵にある道具や設備をみると木製のものが多く、ヤスリがけした道具もあるとはいえ、そのまま素手で触ってしまうとささくれだった木材が手に刺さることがよくあります。木製パレットも素手で運ぶと、文字通り、痛い目をみます。

小さな傷と考えてしまいがちですが、酒蔵はなんといっても食品を扱う場所。ちょっとケガをしただけでも、できる作業が制限されます。酒蔵の仕事では、水洗いや消毒を行う回数が多くて手が荒れやすいですが、麹や醪への影響を考えるとハンドクリームは寝る前くらいにしか使えません。

そこで、軍手の出番です。軍手をつけて素手の作業を減らすだけで、ケガをする割合がぐっと減ります。安いけれどとても重宝する道具です。

とげ抜き

万が一、木バリのトゲが刺さったときのために、トゲ抜きと絆創膏も常備しています。

「長靴」─滑らないために、転ばないために

底が切れた長靴

酒蔵は、滑りやすい職場です。様々な工程で水を使うため、床が濡れている場所が多く、冬場には凍る場所もたくさんあります。

段差も多く、階段や柱、低い天井、配線類などで微妙な傾斜があるうえに、P箱、斗瓶、米袋を担いだり、急ぎの仕事で走りまわるケースもあります。濡れるのを疎んで仕事していると大股になって、バランスを崩します。

労働災害で最も多い事例は「墜落」と「転倒」といわれていますが、酒蔵では特にこの2つは注意しなければなりません。

そんな理由で、酒蔵では長靴が必需品です。なかでも日進ゴムのHyperVソールの長靴は、滑りにくくておすすめです。

酒蔵では1日に1万歩以上歩くこともありますので、長靴も当然傷み、底の部分が千切れてしまうことがあります。穴の空いた長靴を履いていると危ないですから、意外とこまめに取り替えるアイテムのひとつです。

つま先部分に鉄芯の入った安全靴も良いですが、ただ靴が重たくなるので、酒造現場ではFRP樹脂製の安全靴で十分かも知れません。

「腰用サポーター」─重いものは体幹を使って運ぶ

腰用のサポーター

酒蔵では重いものを運ぶ仕事が多く、腰や膝を痛める人が少なくないです。私も半切桶の水200リットルを空ける際に、腰を痛めてしまうことがありました。

そこで愛用しているのが、バンテリンの腰用のサポーターです。価格は5千円程度で結構なお値段ですが、安いものはフニャフニャしていてサポート効果が足りないのでいたしかたありません。力が増すわけではありませんが、体幹がしっかりと固定されるので重いものを持ち上げても腰への負担が軽減されます。

あわせて、手首用のサポーターもおすすめです。P箱を積み上げる際に、手首を捻ったりするのを防いでくれます。

「空調服」─夏の暑さに負けないために

空調服

夏場の酒蔵は暑さが厳しいです。酒造りが終わったとしても、火入れや瓶詰め、出荷作業など、夏場に行う作業は意外とあります。最近ではクーラー完備の酒蔵もあるそうですが、屋外の作業もありますので、やはり暑いのには変わりありません。

そこで、数年前から見かけるようになった空調服の「エアークラフト」を導入してみました。酒蔵の作業は動きが多いので、選んだのは袖のないタイプ。ウィンドブレーカーのような生地ですが防水ではありません。

大容量バッテリーを内ポケットに入れ、脇腹についた2つのファンから服の中に風を送り込んで作業します。服が膨らんで見えますが、そこまで邪魔には感じません。タンク裏やP箱運び、座り作業などでも大丈夫でした。

ファンは最大風量で掃除機くらいの音量です。若干聞こえは悪くなりますが、酒蔵で使う機械の音のほうが大きいので、慣れればそれほど気にはなりません。

ほとんどの作業で涼しいと感じ、特に外気が暑い場合は、服の内部にこもった汗を乾かし続けてくれるので快適です。肝心のバッテリーは満充電で1日9時間程度使うことができます。USBにも対応している場合は職場や車でも充電できますね。

「エアークラフト」の価格は一式で2万円程度と高いですが、使ってみる価値はあると思います。

「温度センサー」─蔵人に代わって変化を感知

データロガー「おんどとり」

造り期間中、麹や酒母、醪は、夜中も発酵を続けます。夜中でもその温度を確認して、状況にあわせて手入れをするのが蔵人の仕事です。おいしい日本酒を造るためには必要なので仕方ないのですが、真夜中でも2時間毎に起きて作業を行うのは、身体への負担が大きく大変です。

せめて検温のためだけに起きる回数を減らそうと、蔵内部のWi-Fi化を進め、温度や湿度を記録するデータロガー「おんどとり」を導入しました。自動で温度を計測・記録し、パソコンで表示したり、インターネット経由でスマートフォンへとデータを転送してくれるという優れものです。

休みの日でも温度変化があればアラートが飛んでくるので安心です。酒母が冷え込んで急に温度が下がったときでも、急いで行火(あんか)を点けるなどの対応ができて助かりました。

酒蔵の酒母室

櫂棒などと一緒に酒母に挿して使ってみましたが、対流しにくいものは、その箇所の温度しか測れないという弱点があります。あくまで温度変化を観察する程度に参考とするとよいでしょう。状貌の様子が気になる場合は、あわせてタンクの端にウェブカメラを設置するのも良いかもしれません。

データロガーの価格は3万円程度。麹や醪でも使えるので、今後強力なアイテムとして使っていきたいと思います。

「アシストスーツ」─女性や年輩の方も負荷なく働ける強い味方

P箱

介護や流通の現場でも使われるようになり始めたアシストスーツですが、酒蔵でも導入する事例が増えているようです。アシストスーツはリュックサックのように背負い、身体に固定して使います。

特に屈んだ時に力を発揮し、腰に負担がかかりそうな場面でも上半身が軽く感じ、少ない力で起き上がれます。広島で行われた醸造機器展示会でもメーカーが出展しているのを見かけ、実際に体験したことがありますが、中腰の作業が多い酒蔵で十分に活用してくれそうな商品でした。

価格は10万円以上のものが多いので、私の蔵での導入はまだまだ夢の先です。

酒造りの現場で、安全・快適に働くために

酒蔵は、「3K」で言うところの「キツイ」仕事がたくさんある職場です。

自動製麹機の導入や足場の完備、フォークリフトでの移動を主にした動線設計などのおかげで、安全にかつ効率的にすすめることができるようになりましたが、それでもP箱、斗瓶、米袋などの重量物の運搬や温度変化が大きい環境での作業など、蔵人の人力に頼る部分がまだまだ大きいのが現状です。

しかしながら、これから人口減少の時代を迎えて、酒蔵で働く人の数が減ってくることを考えると、旧来的な働き方は見直されるべき時期に来ています。

ケガをしにくく、体力的にも負担がかからないように労働環境を改善することで、酒蔵で働きたいという人たちが集まりやすくなり、また、働いている人たちによっては、安心して長く働ける職場となります。

さらに今回紹介したサポートアイテムを導入し、効率的に働けるようになることで生まれた余裕は、酒質を向上させたり、新たな商品を開発したりすることに活かせます。

経営者のみなさんは、少ない人数でも蔵人が快適に働けるように、新しい道具や技術の導入を積極的に検討してみてください。

(文:リンゴの魔術師/編集:SAKETIMES)

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます