「ご飯のおとも」といえば、納豆を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。かの北大路魯山人も納豆の混ぜ方にはこだわりがあったように、納豆のおいしさの秘密はネバネバの糸。旨みがたっぷりで醤油ともよく絡み、ごはんの相性の良さは抜群です。

また、納豆は日本酒にも合います。納豆の包み揚げやおくら納豆などが晩酌にあると酒もすすみますね。納豆は健康にもよいということで、和食ブームに乗って世界中でも食べられるようにもなってきました。

しかしながら、納豆が流行ると困るのが酒蔵です。納豆は、酒造りをしている冬場に食べてはいけない食べ物といわれていますが、その理由を探っていきましょう。

納豆菌の生命力はケタ違い

納豆ご飯

納豆の起源のひとつに、稲わらに煮た大豆を包んで放置していたところ、糸を引いてしまったけれど、食べてみたらおいしかったという説があります。納豆の旨みの正体は、納豆菌が大豆に含まれるタンパク質を分解して生成されたアミノ酸です。

納豆をつくるのに欠かせない納豆菌は、「Bacillus subtilis(バチルス・サブティリス)」という学名の微生物・枯草菌(こそうきん)の一種。枯草菌は枯れ草や土壌に存在し、とりわけ稲わらに多く生息しています。東南アジアにも枯草菌を使った発酵食品が多くあります。

酒蔵で納豆が嫌われる理由のひとつは、「酒造りに必要な微生物の邪魔をするから」です。

酒造りは微生物の力を借りて行うものですが、必要ない微生物は蔵に持ち込まないのが大原則です。仮に納豆菌が麹に混ざってしまうと、その繁殖力の強さから麹菌より先に繁殖してしまい、ヌルヌルとした納豆のような麹ができあがります。当然、これではよいお酒が造れません。

布洗い

もうひとつの理由は、「一度侵入した納豆菌を取り除くことが難しいから」です。

納豆菌をはじめとした枯草菌の仲間は、厳しい環境下でも生き延びるために「芽胞(がほう)」という耐久性の高い構造を持っています。芽胞は極めて高温や乾燥に強く、100℃で煮沸をしたとしても完全に不活化することができません。

酒造りで使用する道具類や布類は熱湯殺菌が基本ですが、これだけでは芽胞を形成する納豆菌を殺菌できないのです。また、殺菌剤の中に芽胞が残ってしまうこともあり、きれいに洗ったつもりが逆に納豆菌を広げてしまっていたという事例も聞きます。

タンク

このような理由から、酒造り期間中は納豆を控えているわけですが、それをどこまで徹底するかは本人次第のところが多いようです。もちろん、酒蔵のまかないに納豆が出てくることはありませんし、蔵人たちも慣習的に食べるのを控えている人がほとんどです。

乳酸発酵食品にも要注意

気をつける食べ物は納豆だけではありません。乳酸菌を使った発酵食品も要注意です。

多くの日本酒のアルコール分は15%程度と高いため、そのような環境下では一般の細菌は生育できません。しかし、乳酸菌の一種である火落(ひおち)菌はアルコール耐性が非常に高く、日本酒の中で増殖する可能性があります。

火落菌が日本酒に入り込むと、酸っぱくさせたり、白濁させたり、臭みを帯びさせたりします。予期せぬ方向に酒を変質させてしまう厄介な存在です。

そのほか、タンク内で増殖した後に滓として現れたり、ポンプや櫂棒に付着し、酒母や麹、初期の醪に悪影響を与える可能性もあります。

そのため、発酵乳製品も納豆同様に食べるのを控えることが多いです。体調管理のために乳酸菌飲料を飲みたい気持ちもありますが、酒造りの影響のことを考えると、避けたほうが賢明です。

酒造りの前に行う「納豆締めの儀」

私の家では、造り期間に入る前に「納豆締めの儀」を行います。納豆ご飯、納豆汁、納豆の油揚げ包み、おくら納豆などをつくり、冷蔵庫の中の納豆を食べつくして造り期間を迎えるのです。

納豆ちくわ

私は特に納豆のちくわ揚げが好きなので、これを酒造り前の"最後の納豆"としています。

ひきわり納豆を切り込みを入れたちくわの中に挟み、衣をつけて揚げるだけの簡単料理です。シソの葉を入れたり、チーズを入れたりと、アレンジも自由。

あつあつの揚げたてといっしょに熟成酒を合わせると、納豆の旨みに脂がマッチして、口中に旨みが広がります。

納豆ちくわ完成

こうして長い冬の酒造り、つまり納豆禁止の期間を迎えます。

納豆が解禁されるのは桜が散ったころ。タンクの中の醪がすべてなくなり、麹室の掃除や片付けの仕事が終わったら納豆を食べます。この日もまた、納豆のちくわ揚げなどをつくって無事を祝います。

酒造りが終わったとしても、たとえば春夏に瓶詰めの作業がある日は納豆を食べません。生酒であれ、火入れ作業であれ、納豆菌を蔵に持ち込むリスクを避けるのが蔵人としての矜持です。

みなさんは納豆を食べる機会が多いと思いますが、もし見学やイベントで酒蔵を訪れる際には十分に注意をしてくださいね。帰ってきてから、存分に納豆を味わいましょう。

(文/リンゴの魔術師)

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