製造数量全体の減少、特定名称酒の伸長、海外への輸出金額の増加......日本酒業界はいま、大きな転換期を迎えています。
そんななか、山口県岩国市で「獺祭」を醸す旭酒造は、業界内の動きにとらわれることなく、世の中の大きな流れを捉えて成長してきました。その目線は、国内のみならず、世界中のお客さんに向けられています。
今回は、旭酒造の会長・桜井博志さんが登壇した講演会の様子を通して、「獺祭」のこれまでの歩みを振り返ります。
かつての木造蔵だったら、いまの「獺祭」は存在しない
桜井会長は、旭酒造が杜氏の経験や勘に頼らない、徹底的にシステム化された酒造りを採用した経緯について、語ります。
最初の話題は、7月に西日本を襲った豪雨災害。旭酒造は木造の酒蔵を建て直し、年間を通して安定的に酒造りをすることのできる近代的な施設で日本酒を醸しています。このたびの西日本豪雨では、その施設が甚大な被害を受けました。桜井会長いわく、かつての木造蔵を使っていたら、蔵は壊滅してしまい、旭酒造は存続できなくなっていただろうと話します。
木造蔵を建て替えた当初は、まわりからの批判もあったのだとか。しかし、「獺祭」が日本のみならず、世界中で広く愛飲されつつある現在の状況をつくることができたのは、データをフルに活用して酒造りをすることのできる、いまの近代的な設備が必要不可欠でした。
斜陽産業といわれることもある日本酒業界において、旭酒造はどのように成長を遂げてきたのでしょうか。
お客さんの「美味しい」を最優先に
ニューヨークで多くの若い男女が「獺祭」を楽しんでいる映像をバックに、桜井会長は話を続けます。
「『獺祭』は、海外の方々や若いお客様にもたくさん飲んでいただいています。私たちは『日本の酒だから』ということで、日本酒を特別なものとして認識することができますが、外国にいる方々は当然、専門的な知識や日本酒への思い入れがほとんどないですよね。そんな人たちが日本酒に興味をもつためには、『美味しい』という実質的な価値が重要だと考えています」
美味しい酒を造るために必要なものとして桜井会長が挙げたのは、スタッフの数でした。旭酒造では、製造数量あたりの労働者数が一般的な酒蔵の倍以上なのだそう。さらに、社員の平均年齢は26歳。若い人材が酒造りに取り組んでいるようです。
そして、次に挙げたのが原料米。「高品質な酒を醸すためには、最高品質の原料米を」という考えから、旭酒造は酒米の王様「山田錦」を唯一の原料米として使用しています。当初、県内の有力団体から山田錦の種もみを分けてもらおうと試みたそうですが、数年かけた交渉もむなしく、理由なく断られてしまったのだそう。結局、桜井社長みずからが、他県の団体や個人の生産者をまわりました。
こうした経緯もあって、最新技術を活用した山田錦の生産など、生産量を増やすための活動に積極的に参画しています。
また、旭酒造はメディアを使った宣伝をほとんど行ないません。さらに、流通においても卸業者を介さないことで中間コストを削減し、原材料にできる限りのコストをかけられるようにしています。「美味しい」をただひたすらに追い求めているのですね。
時代の変化が与えてくれたチャンス
桜井会長は、酒蔵を継いだ1984年から、約160倍の売上を出している現在までを振り返ります。
「他の酒蔵と同じことをやっていては生き残れないような小さい酒蔵だったからこそ、いまの旭酒造があるんです。昨日と同じ今日、過去と同じ未来があるのならば、現在の私たちはなかったでしょう」
また、社長に就任した当初、大量に日本酒が消費されていたかつての時代をうらやましく思ったそうです。しかし、宅配便によって、少ない単位で全国に商品を発送できるようになったことや、ワープロによって、情報発信のハードルがより低くなったことが、旭酒造にとって、大きなプラスになったのだとか。
何よりも大きな転機は、杜氏制の廃止でした。きっかけは、90年代後半に着手したレストラン事業がうまくいかなかったのを機に、当時の杜氏が蔵人を引き連れて辞めてしまったこと。それから、杜氏の経験や勘に頼らず、みずからが造りたい日本酒を造る方針に変更しました。そしてたどり着いたのが、お客さんの幸せを第一に考えた美味しい酒。そのために、データを活用した現在の設備やシステムが必要だったのです。
桜井会長は「造りを数値化して分析すればするほど、次に起こることを明確に予測することの難しさがわかってきます。しかし、だからこそデータを活用して、常に現状を理解しながら酒造りを進めていくことが重要なんです」と話します。
データ活用したからといって、常に同じ商品を造れるわけではありません。日本酒造りに欠かせない米や麹、酵母はすべて生き物。決して毎回同じ状態にならないからこそ、各工程のデータをしっかりと分析することで、より美味しい酒を目指すことができるのです。
最新の設備や技術、データを駆使しながら、顧客の「美味しい」を追求してきた旭酒造の講演会。参加した学生からは、業界内からの批判に臆せず、覚悟をもって独自のスタイルを貫く姿に感銘を受けたという声が多く聞かれました。
酒造りにおけるデータの活用については、岩手県の南部美人が浸漬の工程にAIを導入するなど、新しい動きが始まっています。また、伝説の杜氏と呼ばれる農口尚彦さんも、酒造りの細かい数字をすべてノートに書き留め、独自のデータとして参照するなど、データの活用は日本酒造りと切っても切れない関係にあります。
データ活用をはじめとしたITと日本酒が今後、どのようにそれぞれの長所を高めていくのか、注目していきましょう。
(文/SAKETIMES編集部)