スーパーやコンビニの冷蔵ケースに並ぶ、ご当地の生酒。製造工程で加熱処理を行わないことから、フレッシュな味わいが特徴です。
それを眺めながら「今日飲むお酒はどうしようか?」と店頭で頭を悩ませるのは、今では珍しくない光景になりました。しかし、ひと昔前までは、冷蔵管理が必要な生酒を手に入れることは難しく、酒蔵や酒蔵周辺の一部地域でしか味わえない、"幻の酒"だったのです。
あらゆる場所でおいしい生酒を飲むことができるようになった要因のひとつに、「卸売企業」の存在があります。私たち消費者と酒蔵のかけ橋となっている卸売企業は、日本酒の物流にとって、どのような役割を担っているのでしょうか。
酒蔵と販売店をつなげる「卸売」という仕事
それではまず、生酒がスーパーやコンビニに並ぶまでの過程を追ってみましょう。
各地の酒蔵が心を込めて造った生酒は、卸売企業が預かります。そして、最適な温度に設定された物流センターを経て、冷蔵トラックで店頭まで運ばれます。私たちが一本のお酒を手に取るまでには、卸売企業の力が欠かせません。
売れ筋のお酒は、地域や季節、流行によって刻々と変わります。それぞれの店舗によって異なる売れ筋の商品を把握して、品切れをしないよう、かつ在庫が余らないよう、「ほしい時に、ほしい数量を届ける」ことが卸売企業の大切な役目です。
季節や流行を踏まえて、メーカーの売れ筋の商品を仕入れること。店舗ごとの特徴を押さえて、消費者が魅力的に感じる商品棚を提案すること。卸売企業は、メーカーと店舗の両者が満足するように力を尽くす、コンサルタントのような存在といえるでしょう。
それに加えて、消費者においしい食品を届けるべく、卸売企業は地方の食品メーカーの魅力的な商品を見出し、店舗とつなぐ目利きと仲介の役割も担っています。
仕事の醍醐味は「まだ有名ではない商品の魅力を伝える」こと
そんな卸売企業の中でも、食品卸の大手である日本アクセスは、1952年の創立以来、肉・魚・野菜・乳製品・乾物・酒類など、全国の幅広い食品を取り扱っています。
日本アクセスの大きな特徴は、常温・冷蔵・冷凍の全温度帯の商品を取り扱えること。
3つの温度帯すべてにおいて、商品の品質を保ったまま全国へ迅速に届けるのは簡単ではありません。550箇所にも及ぶ物流拠点を持ち、1日あたり9,000台以上のトラックが稼働するインフラが整っているからこそ可能なのです。
日本アクセス 酒類MD部 酒類課の野呂祐一さんと販売促進課の滝澤梨紗さんに、卸売の仕事についてうかがいました。
「まだ有名ではない、魅力的な商品を見つけるのが楽しいですね。全国から『これだ!』と感じるものを見つけ出し、メーカーやバイヤーの方々と一緒に売り出す戦略を考え、ヒット商品に育てることができると、本当にうれしいです」
商品を知ってもらう方法はさまざま。店頭に置くチラシやPOPを作ることもあれば、店舗の方に実際の商品を試食してもらう展示会を開催することもあるのだそう。
「カタログで写真と価格だけを眺めるのと、実際の商品を見てもらうのとでは、やはり印象が違います。価格が高いから取り扱えないとおっしゃっていたバイヤーが、試食や試飲をしたあと、すぐに導入を決めてくださったこともありました」
しかし、日本アクセスが取り扱うのは全国の商品。やりがいとともに、商品数の多さならではの苦労もあるといいます。
「商品について全国からお問い合わせをいただきます。私たちにとっては取り扱っている商品のひとつだったとしても、お客様にとっては関心を持たれた唯一の商品です。どんな質問にもすぐに回答できるよう、商品知識をしっかりと身に付けておく必要があります。商品は日々生まれていますから、常に勉強しておかなければ追いつけません」
商品を導入したあとは、店舗ごとに売れ行きをチェックし、売れ行きが良くない場合はその原因を探ります。商品を入れ替えるのか、チラシなどを使って露出を増やすのか......その解決策は店舗によって様々です。
生酒の流通を可能にした「チルド物流網」
日本アクセスのもうひとつの大きな特徴は、全国への「チルド物流網」を持っていること。乳製品などの要冷蔵食品の品質を保ちながら、迅速に届けることが可能です。
チルド物流網では主に牛乳などの日配品を流通させています。そこで、「チルド物流網を活用すれば、全国の生酒をより多くの人に知ってもらえるのでは」と考えた日本アクセスは、その大きな強みを活かし、近年「生酒」に注力しています。
日本アクセスが生酒の卸売に注力し始めたのは2016年のこと。生酒は一度も火入れをしないため、温度の影響によって品質が変化しやすく、輸送するには徹底した温度管理が必要になります。
そこで自社のチルド物流網を使い、酒蔵から店頭までの輸送中、基本的に10℃以下に保ちながら、日本全国に輸送する仕組みを構築しています。私たちが身近なスーパーやコンビニで生酒を購入できるようになったのは、この物流網に支えられているからこそなのです。
酒蔵と生酒取引の商談を行った当時のことを、野呂さんは次のように振り返ります。
「初めのころ、酒蔵の方々はかなり心配されていました。本当に生酒の品質を保つことができるのか、途中で吹き出してしまうことはないか......様々な不安があったと思います。ただ、私たちは日配品である乳製品などの流通も担っているので、物流の品質には自信がありました。
当時、生酒を扱っている店舗はまだ少なかったんです。そのため、『生酒は常温ではなく、冷蔵で管理してください』と店舗スタッフへの説明も行うなど、配送後のフォローにも気を配りました。すると、酒蔵の方々にも信頼していただくことができ、だんだんと取り扱う銘柄数も増えていきました。
たくさんのお客様に生酒を知っていただくきっかけをつくることができて、うれしい限りです。これからの課題は、酒蔵のエリアや酒質のバリエーションを増やしていくことですね」
輸送中はもちろん、店舗での温度管理にも徹底的にこだわって始まった日本アクセスの新しい取り組み。現在の取り扱い銘柄は20種類を超え、生酒の価値に共感してくれる企業も着実に増えてきました。また、「キリリ 生の酒」という生酒専門のウェブサイトも開設し、生酒の魅力を伝え続けています。
スーパーやコンビニで生酒を買うことができるようになったのは、全国に張り巡らされた物流網と最適な温度を保ったまま運ぶことのできる輸送品質、そして、それを取り仕切る卸売企業のおかげでした。
毎日おいしい日本酒を飲むことができる「当たり前」。この当たり前をつくってくれている人たちに感謝をしながら、今夜も乾杯しましょう。
(取材・文/藪内久美子)