新型コロナウイルスの影響によって、酒蔵、酒屋、飲食店などの日本酒業界関係者が大きな打撃を受けました。誰もが予想だにしなかった事態のなか、復興を願う「アマビエ」ラベル酒の発売や、消毒用アルコールを生産する酒蔵など、それぞれが新たな挑戦を行っています。
一方、今回の危機的状況で浮き彫りになったのは、これまで見て見ぬふりをしてきた産業としての構造的な課題なのかもしれません。
今回は、消費者目線で日本酒の魅力を伝え続けてきたGEM by motoの店主・千葉麻里絵さんと、「SAKE COMPETITION 2019」の純米酒部門で2銘柄、純米吟醸酒部門で1銘柄が金賞を受賞し、仙台日本酒サミット2019では総合1位を獲得するなど、近年注目を集めている「みむろ杉」を醸す今西酒造の代表・今西将之さんをお招きしました。
SAKETIMESを運営する株式会社Clearの代表・生駒龍史を聞き手に、コロナ禍で顕在化した日本酒業界の課題について、飲食店と酒蔵、それぞれの目線から伺います。
あらためて問われる、酒屋の役割
生駒:誰も予想していなかった新型コロナウイルス。その影響は、実際いかがですか?
今西:周りの蔵を見ると、大きなダメージを受けていますね。おそらく4月の売上は平均で70%減。ブランドが確立されているような蔵でも、50%ほど減少しています。地元では、前年比90%減という蔵もあるようです。
ひとつ言えるのは、売上を飲食店に依存している蔵ほど被害が大きい。消費者から支持を得ていて、指名買いされるような蔵は被害が少ない傾向にあります。
千葉:うちは人気銘柄を多く扱っているので下げ幅は少ないのですが、影響は出ています。蔵について言えば、「GEMで銘柄を知った」と言っていただけるような蔵は影響が大きいですね。ブランド力のある酒蔵は踏みとどまっていますが、まだブランドが立っていない蔵は厳しい状況にあります。
あと、飲食店が閉店している環境下だと「お客様がどの銘柄を買えばいいかわからない」という問題も起こっています。指名買いするような銘柄以外は、どれが自分の好みに合っているかわからない。酒屋がおすすめできるといいのですが、それができているところは少ないですからね。
生駒:確かに思い返してみれば、僕がGEMで感じる楽しさって「未知との出会い」なんですよね。はじめて知る銘柄があって、そこで好きになる。飲食店に足を運ぶ機会がなくなると、「知ってるものは買うが、知らないものは買わない」という2極化が起こっているのだと感じます。
今西:そう、今はソーシャルディスタンスを保たなければならないから、飲食店でもなかなか接客ができない。だから、お客様も知ってるお酒しか選べないんですよね。
生駒:今回、飲食店が臨時休業を余儀なくされ、販路が限られたことで、EC(ネット通販)をはじめようとする蔵が出てきましたよね。
今西:酒造業界だけで見ると、BtoCという形はほとんどなかったけれど、世の中ではECが当たり前になってきている。ですから、そういった動きが出てくるのも自然な流れだと思います。
ただ、これまで酒蔵は造ることが専門で、売るのは酒屋にお任せしてきた。お互い支えあって成長してきたわけです。僕らとしては、酒屋との関係を維持しながら、新たなECのあり方を模索する必要があると思います。
生駒:やはり、酒屋は無視できない、と。
今西:もちろん。我々にとって大切なパートナーですから。一方、悩ましいことは、コロナ禍が収束して元通りになればいいけれど、世の中の動向では7割が元通りになればいいほうだと言われている。そうなると、これまでの7割の売上で、酒屋はもちろん米農家も含めて生活を維持していける方法を考えなければならない。その3割減少したぶんを、どう埋め合わせていくのかが課題です。
生駒:そういう意味では、これから、あらためて酒屋の役割が問われてくるのかもしれませんね。
千葉:酒屋のいいところは、適切に温度管理しながら保存できる場所があること。また、蔵では負担になるような、お客様への個別配送を担ってくれるところですよね。さらにもうひとつ付け加えるとしたら、お客様へのご提案です。
GEMでは、おつまみと、それに合うお酒と、そのお酒を買える酒屋までをお客様に提案しています。日本酒の相談所みたいな役割を意識しているんですね。ですから、酒屋もそういった役割を担えるといいのではないかと思います。
今西:日本酒好きの方が最初に接するのは、酒蔵ではなく酒屋ですからね。そこから日本酒を知り、ペアリングを知り、日本酒の世界に入っていく。本来、それが理想的だと思います。けれども、現実は理想と若干の乖離があります。
千葉:もっと新しい提案ができるはずなんですよね。飲食店でも、有名銘柄を置いて満足しているところはあります。酒屋も飲食店も、「付加価値」を付けられなければ淘汰されてしまうのではないのでしょうか。
今西:「第一次地酒ブーム」と呼ばれた40年前は、酒屋に「うまい酒を見つけてお客様に届けたい」「なんとしてでも自分の店で売っていきたい」という気持ちがあった。だからこそ「越乃寒梅」に光が当たり、ブームが起こった。まさに、酒屋の酒に向き合う真摯な気持ちが世の中を変えた事例だと思います。
でも現在、一部の酒屋は人気銘柄を集めて売ればいいと思っている。40年前と比べて、酒屋が発信する情報量や熱意がまったく違うんです。そこから大きく変わらなければ、生き残れないのではないでしょうか。
生駒:酒蔵の立場から、今西さんが酒屋に求める役割はどういったものでしょうか。
今西:「哲学」ですね。これは僕ら酒蔵にも、飲食店にも言えるかもしれない。自分たちが何者なのか、なにを成し遂げたいのかをしっかりとお客様に伝えていくことが重要です。
酒屋が日本酒を適切に温度管理し、転売を抑制してくれることで、僕らは日本酒をきちんとお客様に届けることができる。蔵がすべてのお客様や飲食店のお相手をすることができないぶん、哲学を意識している酒屋であれば、僕らも安心して取引ができます。
生駒:哲学、か。僕が初めて好きになったお酒は「香露」なのですが、千葉の酒屋さんが「これが一番うまい」っておすすめしてくれたんですよ。その後は「船中八策」「志太泉」「嘉泉」と続き、メジャーとは言えない入り方でした。
もうその酒屋さんは亡くなられてしまったのですが、口が悪くて、人気銘柄が大っ嫌いの頑固オヤジでしたね。でも自分の好きな酒には絶対的な自信があったんですよ。まさに本人の哲学があった。それが、僕ら消費者からすると付加価値だったんです。
千葉:同じ銘柄でも、「遠いけれど、あの店から買う」ということはありますよね。そういったつながりがもっと広がっていけばいいなと思います。
「目利き力」で日本酒に新たな価値を生み出す
生駒:今回のコロナ禍で浮き彫りになった日本酒業界の課題として、どういったものがあるでしょうか。
千葉:小さな酒蔵が反省するとしたら、小売店や飲食店を意識しすぎて、意外と個人の消費者を見ていなかったのかもしれない。
これはひとつの例ですが、蔵の主な売上が飲食店であることも多いので、一升瓶を中心に販売することになるんですよね。もちろん、コストパフォーマンスを考えるとそれもわかるのですが、個人で買うとなるとネックになってしまう。自宅の冷蔵庫で冷やせる四合瓶の取扱いを増やして、ワインやビールと同じように日本酒が飲めるようになれば、もっと消費量は増えると思います。
さらに大きな話をすると、そもそも飲食店への卸価格と小売価格が同じというのは、ほかの業界ではありえないんですよね。卸と小売の価格を分けて、卸価格であれば四合瓶に切り替えたい飲食店もあるはず。ローテーションもしやすいですし、より新鮮な状態でお酒を提供できますから。
たとえば、酒屋が蔵とPB(プライベートブランド)と呼ばれる付加価値を創造した商品を共同開発して、定番酒とは違うものとして提供すれば、もっと蔵にも飲食店にも還元できると思うんです。お客様にとっても、これまでになかった日本酒として楽しんでいただける。単にスペックだけで値段を決めるのではなく、ストーリーやコンセプトで値段を変えることができるのではないでしょうか。
今西:そうなんですよね。今ある定番酒のすべてを卸と小売の二重価格にするのは、お客様に負担がかかってしまう。いまの小売価格自体、原価に少し利益を乗せているくらいですから、二重価格にするなら小売価格を値上げするしかないんです。今以上に利益を切り詰めることは現実的ではない。
そう考えると、定番酒以外に付加価値創造商品を作って、蔵にも酒屋にもお客様にもメリットがある形で利益を還元すれば、酒屋も設備や人材、プロモーションにも投資できるようになる。そして、自分たちの哲学を表現できるようになるはずです。
生駒:僕らも「SAKE100(サケハンドレッド)」という高級日本酒ブランドを展開していますが、高価格帯のプレミアムな日本酒を提案することで、より選択肢が広がると信じています。気軽に楽しめる値段の日本酒があれば、特別な日に楽しむプレミアムな日本酒もあっていいはずですから。
千葉:全体として、もう少し価格は上がってもいいのかなとは感じます。ただ、値段を上げるだけでなく、ストーリーやコンセプトを伝えられるような環境づくりが必要なのではないでしょうか。
蔵によっては、ボトルや公式サイトをデザイナーにお願いするのではなく、自分たちで作っているところも多いんですよ。そういった部分にも投資できるようになれば、お客様にも納得は得られるのではないかと。やっぱり、日本酒って手間がかかっているにしては安いですよね。
今西:蔵としては、蔵を維持するための費用を考えなければ、永続的な事業の継続が難しくなってしまう。現状のように原価を積み上げる価格設定だと、なかなか厳しいというのが正直なところです。ただ、どこまで上げていいのかとなると、答えが出ない部分はあります。
たとえばワインだと、ぶどう自体の価格と技術力、テロワールによって価格が決まる。日本酒の場合、技術力はもちろんのこと、テロワールも最近注目されてきていますが、米自体はぶどうほど価格に反映されないんです。となると、どういった部分で価値を提供すればいいのか、悩んでしまいますね。
千葉:私は「目利きの力」が必要だと思うんです。蔵の多くは原料で価格を決めていますよね。そして飲食店は、その原価の2.5から3倍の値段でお出ししている。実は私、それをやめたんです。
自分自身が感じるお酒の価値をお客さんに提供したいので、原価から同じ比率で値付けされるのはおかしいんじゃないかって。
極端に言えば、原価が同じでも、1杯500円の日本酒も、1,500円の日本酒もあっていいと思っています。そうすると売上も上がり、そのお金でスタッフはもっと勉強できる。もちろん、緊張感もあります。「プレミアム酒」とは呼ばれないお酒に、高い値段をつけるわけですから。
生駒:それはおもしろいですね。
千葉:私自身が「このお酒は売れる」と見込んで、そのストーリーを伝える。初めは「1,500円?高いよ!」って言われていたのですが、管理を徹底して、ベストな状態で、ふさわしいグラスで、居心地のいい空間で提供する。すると、高いと言われることはなくなったんです。
特別純米と大吟醸なら、スペック的には大吟醸のほうが高くなるけど、特別純米のほうがおいしいと感じたら、その価格を上げている。ワインでは「今年のブドウはできがいいから」と値段が上がるけど、日本酒は杜氏の技術ひとつで大きく味が変わりますからね。そこが素晴らしいところ。だから、日本酒は杜氏の技術によって値段を変えるのも、アプローチとして必要ではないかと思います。
今西:確かにそうですね。
生駒:ラグジュアリーホテルでは、ワイン1本に数十万円の値がついてもしっかり売れていますからね。
千葉:そのような場合は、まさにソムリエの目利き力やホテルのブランドで値付けがされている。日本酒でもそういうことが起こってもいいんじゃないでしょうか。
生駒:飲食業界では、すでにそのような"価格のイノベーション"が起こっていますよね。極端に言ってしまえば、同じお酒を提供されたとしても、普通の居酒屋では500円のところ、千葉さんにそのお酒にまつわるストーリーを語ってもらって1,000円という値段なら、僕は喜んで1,000円を払うでしょう。それだけの実績と説得力が千葉さんにはあるわけですから。ただ、それを蔵にどう応用するかですよね。
今西:そこはやはり「哲学」なんじゃないでしょうか。千葉さん自身の哲学を求めて、お客様が納得してお金を払う。蔵が価格を上げる場合でも、僕らなりの哲学が必要です。
蔵って哲学の塊だと思うんですよ。伝統産業だからこそ、歴史や文化、地域性、造り方にそれぞれの哲学があって、それを酒によって表現できる。これからはそういう蔵が伸びていくと思うんです。
そう考えたとき、その哲学を伝えるお手伝いをしていただきたいのが、特約店のみなさんなんです。直接蔵からお客様にお酒を送るのではなく、特約店のみなさんと哲学を共有したうえで、ともに流通戦略を考えていける。そんな酒屋さんとタッグを組みたいですし、そういった意識のある酒屋さんが次世代を担っていくのだと思います。
生駒:そこで、酒屋における付加価値が問われるということですね。
今西:そうですね。でなければ、ワンクリックで買えるECにどんどんお客様は流れていってしまう。「この酒屋で買いたい」と思ってもらわなければならないんです。
生駒:確かに、ECには圧倒的な利便性がありますからね。
今西:そういう意味では、コミュニティの存在がとても大切なんです。僕らも日々壁に直面しています。そんななか、特約店や千葉さんをはじめとした飲食店の方々と「ああでもない、こうでもない」と議論できる関係性を築いていくこと。そして蔵はブラッシュアップを重ねて、よりよい酒造りをしていくことが重要なんだと思います。
飲食店がもたらす「食の楽しさ」という価値
生駒:最近感じるのは、一時期、多くの蔵が有名銘柄に味を寄せるような傾向があった反動として、少しずつ日本酒にも多様性が生まれてきたのではないかと。おふたりはどのようにお考えですか。
千葉:最近の傾向として、香りがあってすっきりしているお酒が人気です。それでも、たとえば「花巴」のファンが多かったりするんです。ヨーグルトのような香りで、個性が強いから目立っていることも人気の理由のひとつですが、ここ5年くらいで「ペアリング」という言葉が広まってきたことも関係していると思います。個性があるお酒のペアリングは、「おいしい」の先にある「楽しい」を教えてくれるんです。
これからは、個性のあるお酒がさらに伸びていくのではないでしょうか。食の多様化が進んで、和食だけではなくイタリアンやフレンチと日本酒を合わせる機会が出てきていますから、もっとお酒の味わいにも多様性があっていいんじゃないかと。そうなると、すっきりとした味わいのシンプルなお酒の存在は、本当の意味で際立ちますね。
今西:僕は「獺祭」の影響を強く感じます。これだけ「日本酒っておいしいよね」と広めてくれたのは、「獺祭」の功績が大きいと思う。そういうベースができてきたから、日本酒にも多様性が生まれてきたのではないでしょうか。蔵からすると、いろんなおいしさが受け入れられるようになってきているから、ありがたいですね。
生駒:「獺祭」が精米歩合23%というバランスを見つけてくれて、そこから米の磨きだけではない方向性が出てきた。一方で「新政」のような温故知新の流れもある。そしてGEMがまさに代表的な例ですが、新たな食の楽しみ方を提案するような飲食店も増えてきている。フレンチやイタリアンでも日本酒が置かれるようになって、消費者の楽しみ方も多様になってきたということでしょうね。
千葉:ペアリングという概念が広がってきたからこそ、「熟成感の強いお酒にはこのチーズを」などの提案が増えてきた。「この料理に合うお酒をください」とおっしゃるお客様も増えてきましたからね。
生駒:ペアリングは時代を象徴するひとつのカテゴリーですよね。「こんなに合うんだ」という驚きがある。千葉さんのように素晴らしいペアリングを提案できる人はなかなかいないだろうけど、もっと小さなところから取り組めることはあると思います。
千葉:料理と日本酒をセットで提案する居酒屋は増えてきましたね。ただ、まだ付加価値という面では物足りないところもある。むしろソムリエのほうがそういった部分を理解していますよね。お燗をつけたり、ブレンドしたり。アッパークラスの飲食店は積極的に意識している。
しかし、中間層の飲食店でもできることはあるはず。100種類のお酒を置くより、10種類のお酒を置いて、そのストーリーを丁寧に伝えるほうが印象に残ると思うんです。
今西:確かに、飲食店が「この銘柄が大好きなんだ!」って言ってくれたほうが伝わりますよね。
千葉:GEMでも、「ここで飲む『新政』はめちゃくちゃおいしい」と言ってもらえたりする。理想は、日本酒ソムリエが憧れの仕事になったらいいなって。
生駒:飲食業界の社会的地位や待遇は、これからもっと上げていけるはずですよね。
千葉:飲食店って、どうしても高級店以外は下に見られがちなんです。でも、コロナウイルスの影響で、飲食店に行けるのが幸せなことだったとみなさん感じていらっしゃると思うんですよね。GEMも1カ月ほど休業して再開したら、普段ならそんなに酔わない方が「来れてよかったー!」って泣いちゃったりして。
生駒:それ、本当にうれしいことですね。
千葉:「Twitterで見て来ました」とか、1時間かけて来てくださったとか......。やっと飲食店の価値に気づいてもらえる機会だから、ここで頑張らないと。
生駒:僕もいろんなお店のテイクアウトを注文して、高級なお弁当なんかも買ったんですけど、満足度が違ったんですよ。確かにおいしいんだけど、僕は料理を食べるためだけに飲食店に行ってたわけじゃなかったんだなって、あらためて感じました。なんだかモノクロで映画を観ているような気分で。
今西:それ、僕もまったく同じでした。「やっぱりお店に行きたいな」「お店で飲んで食べたいな」って。
千葉:「楽しい」ところが飲食店のいいところだと思うんです。「おいしかったです」という声もよくいただきますが、「楽しかったです」という言葉をくださる方も多かった。
生駒:もはや人間にとって、食事は栄養補給のためだけではなく、一種のエンターテインメントなんですよね。「おいしい」だけを求めているわけではないというか。
千葉:もはや、芸術ですよね。
生駒:そう、情緒的な価値を求めている。おそらくそれが、「哲学」につながってくるのだと思います。
日本酒を自由に、もっと楽しんでほしい
生駒:緊急事態宣言が解除されて、まだ予断を許さないものの、少しずつ日常が回復してきているように感じます。おふたりとしては、これからどのような取り組みを考えているのでしょうか。
今西:僕が家業を継いで8年目になりますが、この8年でウチの蔵は激変したんですよ。メンバーもコンセプトも変わって、「みむろ杉」というブランドをつくるための軸を鍛えた8年だった。これからは、その軸を横へ広げていくように、奈良県の三輪という場所だからこそ、僕らだからこそできる酒造りをより一層深堀りしていきたいですね。
三輪には、大神(おおみわ)神社という酒造りの神様が祀られた神社があって、日本で唯一となる杜氏の神を祀る神社もある。世界で唯一、酒の神が宿る場所なんです。そんな神が宿る場所で酒を造れるのは、本当にありがたいこと。この歴史と、そこに息づく文化を掛け算しながら、「みむろ杉」の哲学をどんどんシャープに磨いていく。そこで僕らなりの自己表現を追求して、酒造りに取り組んでいきます。
そのため、「菩提酛蔵の建設(2020年9月完成予定)」「地元の吉野杉で作った木桶での酒造り」「自社田の米作り」など、新たな挑戦をしています。
千葉:私はオンラインサロンを立ち上げようと思っています。これまではお店に立ちながら、一般の方向けにセミナーやイベントを開催していたのですが、もっと多くの方に日本酒を知っていただけるようなオンラインセミナーを開催したいですね。
とは言っても、やっぱり実際に体験してもらうことも大切。去年も能登杜氏さんのところへ行って、お酒も料理も用意して食べていただくセミナーを開催しました。リアルな現場へ行って、そこでしか得られない価値を提供することも続けていこうと思っています。
生駒:僕らも「SAKETIMESサロン」というオンラインサロンを期間限定で立ち上げました。日本酒を生業とする方を増やしていきたいと思って。
千葉:素敵ですね。それと私はもうひとつ、自分のブランドとして造っているお酒があるので、それを販売しようかなと考えています。
生駒:いいですね、飲みたい!
千葉:ECサイトで買えるように動いていますが、それこそオリジナルなので、きちんと付加価値を提供できたらなと。それと、飲食店さんからご相談いただいて、メニュー作りや価格設定のアドバイスができる仕組みを作ろうと考えています。お店を開くときにはどうしたらいいか不安なようなので、ノウハウを伝えていけたらと思っています。
生駒:それはぜひ知りたいでしょうね。
千葉:店舗にいる日は少なくなるかもしれませんが、それが逆に付加価値になってくれれば(笑)。若い子たちにどんどん活躍の場を作っていきたいんですよね。私じゃなくて「この人にお酒を注いでもらいたい」って言っていただけるようなスタッフを育てていきたいです。
生駒:それにしても、今日の対談はかなり業界について踏み込んだ話になりましたね。同業の方ほど、思うところがあるかもしれない。最後に、消費者の方にもメッセージをいただけますでしょうか。
千葉:ぜひ、夏酒を買ってほしいですね。夏酒はアルコール低めで、飲みやすいものが多いんです。それこそ酒屋さんに行って、「夏酒ください」って頼めばおすすめしてくれると思います。
氷を入れたり、炭酸やコーヒーで割ったり、ブレンドしたり......自由に楽しんでもらいたいですね。これがダメでこれが正しいとか、そんなのはありません。楽しむためにお酒はあるんだから。
今西:お酒はエンターテインメントですからね。もともと、お酒って「神様と交信するためのツール」だったらしいんですよ。神社で日本酒が仕込まれてたわけですから。先の見えない今だからこそ、楽しくお酒を楽しんでほしいです。
生駒:本当に、その通りですね。
今西:もちろん酒蔵も厳しい状態なので、お酒を買っていただきたいのですが、酒屋さんもだいぶダメージを受けています。ですから、ぜひ酒屋さんにも足を運んでいただけたらうれしいです。
千葉:飲食店にもぜひ来てほしいです。私たちも最高のサービスをしますから。飲食の楽しみを、もう一度感じてほしいですね。
対談を通して繰り返された、「哲学」という言葉。あらゆる分野が発達したこの現代で、酒蔵・酒屋・飲食店という立場の違いにかかわらず求められているのは、「独自の付加価値」であり、「選ぶ理由」なのでしょう。
新型コロナウイルスの影響により、日本酒産業は大きな打撃を受けています。しかし、それは同時に、これからの日本酒の未来を立ち止まって考えるきっかけにもなっています。
この先、日本酒産業はどのように変化し、進んでいくのか。その明るい未来を、願ってやみません。
(文/大矢幸世)