近年、低アルコールやスパークリングの日本酒が、女性を中心に好まれています。そのパイオニア的な存在として知られるのが、宮城県の一ノ蔵です。

宮城県大崎市にある一ノ蔵酒造の外観

今年7月に20周年を迎えた「すず音」は、今や大人気の商品になっていますが、瓶内発酵で、かつ低アルコールの発泡日本酒というのは、当時大きな挑戦でした。「すず音」の誕生には、どんな背景があったのでしょうか。

実は、設立して数十年の新しい会社

一ノ蔵が誕生したのは1973年。かなり新しい酒蔵のように思えますが、これは、浅見商店・勝来酒造・桜井酒造店・松本酒造店という県内の4蔵が合併して生まれた会社だからです。

広大な敷地を持つ一ノ蔵酒造の写真

敷地内には醸造蔵、精米所、貯蔵設備があり、とにかく広大。県内で生産される日本酒のおよそ3分の1を、一ノ蔵が造っています。「どれほどハイテク化されているのだろうか」と想像がふくらむところですが、実は手作業にかなりこだわっているのだそう。

そんな一ノ蔵は、3季醸造のスタイルで酒造りをしています。造りに携わるスタッフに話を伺うと、夏に休みが取れるのはありがたいとのこと。特に、子どもをもつ家庭にとっては、夏休みを家族で過ごせると喜ばれているようです。

一ノ蔵の自社精米施設の写真

一ノ蔵は自社で精米を行なっています。また、本醸造酒については大きな洗米機を使用していますが、純米酒は限定吸水で、大吟醸酒はすべて手作業で洗米しているのだそう。蒸しの作業に使う甑(こしき)は、1500kgもの米を蒸すことができる巨大なもの。造りの時期には、この甑で1日2回、米を蒸しあげます。

麹箱の写真

麹造りは、麹箱を使用しています。大量の蒸米をすべて手作業で扱っているのだと考えると、とても驚きです。

一ノ蔵の開放サーマルタンクの写真

また、特注でつくっている仕込みタンクはすべて開放式。吟醸酒の仕込みにも開放式を使っているのは、珍しいかもしれません。

一ノ蔵酒造に並ぶ四台のヤブタ(搾り機) の写真

搾りに使う機械は4台。商品の数がとても多いため、搾りの時期が重なってしまっても問題がないように、設備が整えられています。

定番の一ノ蔵の日本酒のボトル

定番商品は、地元のみならず、関東圏でも長く愛されてきました。そのなかで、低アルコールやスパークリングなど、昨今注目されているカテゴリーを切り拓いたと言っても過言ではない商品が「すず音」です。

この「すず音」は、どのように誕生したのでしょうか。

「すず音」のきっかけは、ベルギービール!?

4社が合併した当時の社長が、研修でヨーロッパへ行った時のこと。ワインを学ぼうと訪れたパリでベルギービールを飲んで「ワインみたいな味のビールだな」と感じたり、ウィーンでアルコール度数の低いワインがビールジョッキでガブガブ飲まれている光景を目の当たりにしたりと、大きなカルチャーショックを受けたようです。

ワインのような風味のビール、ビールのように飲まれるワイン......そんな異文化に触れたことで、従来の型にハマる必要はないと感じた社長は、ワインを思わせるフルーティーなお酒を造りました。

「ひめぜん」の前身となった「あゝ、不思議なお酒」のイメージ写真

そうして完成したのが、低アルコールで酸味が印象的な「あ、不思議なお酒」という日本酒です。

この商品は、話題にこそなったものの、売り上げは一向に伸びませんでした。そこで、酒質やパッケージデザインを見直して、新たに販売したのが「ひめぜん」。こちらはアルコール度数が8%と低く、かつ爽やかで甘酸っぱい、白ワインに似た味わいで人気になりました。後に、ここで培った経験が「すず音」の開発に大きく役立つことになります。

次なる商品の開発に思い悩んでいたころ、シャンパンのような日本酒はどうかという意見が出てきました。しかし、社長はシャンパンの製法をそのまま日本酒に応用するのは難しいと考えます。

ある時、「そうだ、ベルギービールだ!」と、ヨーロッパ研修で感じたことを思い出したのです。そして、ベルギービールのような、瓶内で発酵する日本酒の開発が始まりました。

商品開発は試行錯誤の連続

当時、定番酒の売上が好調で、新卒の女性社員を数名採用したばかりだった一ノ蔵。彼女たちに、日本酒に対する率直なイメージを聞いてみたのだそう。

返ってきた答えは「アルコール度数が高い」「悪酔いする」「苦い」「中年男性が飲んでいる」というものでした。

その結果を受けて、"ネオクラシカル"をテーマに「低アルコール」「純米酒」「甘い」「女性が好むもの」をキーワードに、商品の開発がスタートしました。さらに、開発やマーケティングのほとんどを新入社員に任せ、重役は口出し無用とするなど、思い切った方法を採ったのです。

「すず音」専用の開放サーマルタンクの写真

まずは、1kgの米で試験醸造をするところから始まり、近所で手売りをして意見をもらい、総米100kgの試験醸造を経て、プロトタイプの「醸華邑(じょうかむら)」が完成しました。

その間、新たな問題が次々と浮上していきます。瓶詰め後の経過を見越した上で醪を搾らなければならないこと。瓶内発酵のため、個体差が出やすいこと。出荷から販売までに日数がかかると、味がまったく変わってしまうこと。これらの課題をひとつひとつ解決しながら、少しずつ開発を進めていきました。

ついに......「すず音」が誕生!

そして1998年、ついに「すず音」が誕生しました。

何よりも苦心したのが、瓶とキャップの開発だったのだそう。「すず音」は1回火入れの商品であるため、加熱に耐えられる瓶を使用することが不可欠でした。また、発泡性が高いため、瓶内の状態を一定に保たなければなりません。生産量が増えるにつれ、それらの問題が大きくのしかかってきたようです。

少しずつ対応しながら、およそ10年をかけて、やっと安定した商品になったのだとか。生産が安定した今でも、瓶内で徐々に味わいが変化していくため、1ヶ月以内には売ってほしいとのことでした。

「すず音は、まるでビールのようなお酒です」と鈴木社長は言います。

「すず音は、まるでビールのようなお酒です」と、一ノ蔵の鈴木社長は話します。

スパークリング日本酒という新しいジャンルの定着に大きなきっかけを与えた「すず音」。20周年を記念して、11月には専用グラスが発売されるそうです。淡雪色のお酒に立ち上る泡がとても美しく映え、ターゲットである20~30代の女性にもぴったり。

特別な日やちょっと良いことがあった日に、「すず音」で乾杯してみてはいかがでしょうか。日本酒の美味しさと楽しさを知るきっかけを与えてくれるお酒です。

(文/まゆみ)

  

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