日本一美味しい市販酒を決める日本酒アワード「SAKE COMPETITION 2016」。今年の純米酒部門には、401点のお酒がエントリーし、頂点を争いました。

純米酒部門の1位を獲得したのは、新澤醸造店(宮城県大崎市)が醸す「あたごのまつ 特別純米」。さらに、4位には「あたごのまつ 特別純米 ひより」、7位には「伯楽星 特別純米」と、新澤醸造店が、上位10銘柄のうち3銘柄を受賞する快挙を成し遂げました。

新澤醸造店はどのような想いで酒造りに取り組んでいるのか、蔵元杜氏の新澤巖夫(にいざわいわお)さんにお聞きしました。

目指したのはオンリーワンの酒!

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新澤巖夫さんが「愛宕の松」という銘柄で細々と酒造りをしていた新澤醸造店の大改革に取り組もうとしたのは2000年頃。地酒市場では「飛露喜」の無濾過生原酒がブレークし、10年前に注目された「十四代」が超人気酒の評価を得ていたころです。

新澤さんは「同じ酒質を狙っても二番煎じに過ぎない。オンリーワンの酒を造ろう」と決意。考え抜いた結論が「究極の食中酒」を実現させることでした。市場で売れている他蔵の酒を徹底的に分析して、「それらの酒を平均した甘さの、2分の1を目指す」としたのです。そして、特約店のみに出荷するお酒として「伯楽星」を誕生させました。2003年のことです。

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この作戦は当たり、「甘味は最小限で、旨くて辛口の酒。食事をしながら飲むには最適」との評判が年々高まっていきました。同時に、昔からある地元向けの銘柄「愛宕の松」についてもリニューアルを図り、酒質は、他蔵の酒と「伯楽星」の"中間の甘さ"を狙い、ひらがな表記にした「あたごのまつ」を商品化しました。これも狙い通りにヒットして、新澤さんが帰蔵した時は1年にタンク3本の仕込みしかしていなかった蔵が、東日本大震災が起きる前年には100本近くにまで達していたそうです。

東日本大震災で酒蔵が被災

東日本大震災により、宮城県大崎市にある酒蔵は建屋が大打撃を受けました。建築業者からは、あと1回地震が来れば蔵は崩壊するという診断を下されました。しかも、建て直しには4億円近い投資が必要ということで、次のシーズンの造りを大崎で行うことは困難であることがわかったのです。人気が出てきた酒を途切れることなく供給するには、別の選択肢を考えなければなりませんでした。

そんな折、大崎市から南西に75キロメートル離れた宮城県川崎町にある醸造設備が、売りに出ていることを聞きつけました。酒造会社のまるや天賞が、2006年に仙台市内から郊外への移転を目的に新規に建てた醸造蔵でした。震災で建物は被害がなかったものの、醸造設備に大きな打撃を受けたことから、醸造継続を断念し、他の酒蔵に譲渡することにしていたのです。

蔵の建屋は新しく頑丈で、なによりの魅力は豊富な地下水。新澤さんは「非常に魅力的な物件だ」と思い、即決しました。新澤醸造店川崎蔵の誕生でした。

新しい蔵で新しい酒造りにチャレンジ

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大崎市での造りを止め、川崎町に移るにあたっての最大のデメリットは「造りのノウハウをゼロから積み上げ直さなければならない」ことでした。

酒蔵にはそれぞれ、数値化できない微妙な環境の違いがあります。蔵に棲み付いている微生物、香り、温度、湿度や風の流れなどはそれぞれが酒造りに微妙な影響を与えます。これを酒蔵は「蔵癖(くらくせ)」と呼びます。杜氏をはじめとした造り手たちは、蔵癖に合った造りの工夫を長年積み上げて、理想の酒造りに近づけています。新澤醸造店も大崎市の蔵でノウハウを蓄積してきたわけです。

それが移転によって、無に帰してしまう。しかも、大崎市の近くに住んでいて酒造りに携わっていた蔵人の多くは、遠距離通勤では長くは続かないし、引越ししてまで留まってくれるのは難しい。

「幹部3人を除けば、おそらく蔵人も素人からの再出発になってしまうことは見えていました。だから、多くの人に止められました。移転により、美酒を醸している他の酒蔵に、大きく水を開けられてしまう恐れがあったからです。でも、そこから再スタートを切るしかなかったのです。後ろ向きなことは言わずに、より美味しい酒を造るために移るんだ、と自分に言い聞かせていました」と新澤さんは振り返ります。

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それでは、開いてしまった差をどう縮めていくのか。最大の武器になったのは、移転によって得た豊富な地下水でした。

「例えは変かもしれませんが、お風呂を5人で使うのと、プールを一人で使うのとでは、どちらが身体をきれいにできるかを考えればわかりやすい。うちでは米の洗米にはこだわっているので、豊富に水を使えるようになって、酒質は明らかに向上しました」

新澤醸造店も他の先進酒蔵同様、ジェット水量を使ってお米を洗うMJP式洗米機を導入しています。多くの酒蔵は「手作業の洗米よりも優れている」として、洗米機導入を機に手作業は止めていますが、新澤醸造店では、洗米機で洗った後にさらに仕上げにもう一度、手作業での洗米を行っています。

「糠を絶対に残さないため、最後は人間の感覚が必要。機械と人手のハイブリッドが洗米の理想です」と新澤さんは言い切ります。

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ノウハウの乏しい蔵人が多い酒蔵が品質を安定・向上させるには、ある程度、機械に頼らなければなりません。川崎蔵の購入に多額の資金が必要だったのにも関わらず、新澤さんは矢継ぎ早に設備投資をしてきました。

まずは精米機と、精米後の割れ米を分別するための装置を導入。さらに、お米を蒸す釜も特注し、蒸したあとの米を冷やす放冷機も一新。仕込み蔵や搾り機のある部屋は完全空調。充填ラインも2年前に新調し、お酒の火入れもスピードアップしました。

さらに、移転した際にはなかった冷蔵棟を次々と増設し、一升瓶からワンカップのお酒までの全ての商品をマイナス5度で貯蔵できる体制を完成させています。分析器も開発してもらい、麹分析、ガスクロマトグラフィーなども導入。醪の状態のデータがすぐに把握できることで、勘に頼らない醪管理を実現し、さまざまな変化に素早く対応できるようになっています。

「酒造りは団体戦」と語る新澤さん

「大崎時代からの酒造り経験者は僕と副杜氏と製造部長の3人だけで、残りはすべて川崎蔵に移ってから仲間に加わった若手ばかりです。設備は最新鋭でも、未熟者の集まりです。かといって、我々3人が酒造りをすべて担うというやり方はしませんでした。

他の酒蔵との競争を戦いに例えれば、『大将対大将の勝負では正直厳しい、団体戦で行く』。日々これ革新の旗を振り、蔵人全員が腕を上げ、誰がやっても同じハイレベルな酒ができることを目標にやっています。

他の先進酒蔵を見学に行く時も、多くの蔵人を引き連れていきます。見学でひとりが10個気付くことがあれば、10人で行けば10倍の気付きをもらえるわけで、自分の蔵に戻ってからやるべきことをたくさん持って帰れます。こうやって、移転から積上げた改善テーマは1300件、新人社員でも400件のテーマを抱えています。これを毎日、ひとつずつ解決していっています」

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「蔵人が駆け出しばかりであることにメリットがあるとしたら、誰もが変化に柔軟だということです。大崎の時代には新しい設備が入ると、多くの蔵人は『またなにか面倒な作業が加わるのか』と身構えていました。ところが、いまの蔵人たちはただちに設備に集まって、『これをどう活用するのですか』と、どんどん聞いてくる。まだまだ発展途上ですが、こうした5年間の努力の成果が実り、3つもの銘柄がベスト10に入ったのだと素直に喜びたいですね」と新澤さんは語ります。

最高のお酒をお客様に飲んでもらうために

新澤醸造店もは、最高のお酒を造ること以上に、最高の状態のお酒を消費者に飲んでもらいたいという強い決意があります。特約店に卸したお酒は、3ヶ月経過しても売れなければ回収しているんです。

「特約店さんには完璧な保管をしてもらっていますが、それでも時間の経過で酒質は変化します。私たちにとって不本意なお酒は飲んでほしくないのです」と新澤さん。

新澤醸造店は2010年にヨーグルトリキュール(日本酒ベース)を商品化していますが、開発当初から原料には贅沢に予算を使い、その努力もあって発売の翌年となる2011年天満天神梅酒大会のリキュール部門で優勝に輝きました。商品の評判も高く大きなヒットとなって蔵の主力商品に育ち、このリキュールが間接的に日本酒の品質を支えています。

搾った日本酒はすべて瓶で貯蔵して、酒質の変化を見ながら出荷のタイミングを決めているのですが、時には『これは銘柄酒として出荷できるレベルでない』と判断するお酒も出てくる場合もあります。そのようなお酒はリキュールの原料として活用しているそうです。

「リキュールがあるおかげで、納得できない酒を『伯楽星』や『あたごのまつ』として出荷しないで済んでいます。これもトータルの品質アップに繋がっていると思います」と新澤さんは語ります。

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「日々これ革新、立ち止まらずに突っ走る」というのが新澤さんの酒造りのスタイルといえるでしょう。そして、そんな旗振りに呼応して賢明に頑張っている蔵人のために、福利厚生の充実にも余念がありません。

蔵の敷地に個室の寮を新築し、ジェットバスの浴室には大きな液晶テレビもあり、一日の疲れをゆっくり取る環境ができています。冬場であっても完全週休二日制で、遠方から就職した人は月に一度は里帰りができる仕組みも完備しています。来年には、新たな休憩室も完成するそうです。「疲れをためず、健康な肉体で酒造りに臨むことも、酒質アップには欠かせません」と、新澤さん。

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SAKE COMPETITIONについて、新澤さんは「出品される日本酒のレベルはどんどん上がっていて、戦いは紙一重だと思っています。それでも、上位入賞酒に入れればいいなと思っています」と謙虚に話していましたが、来年以降も頂点を狙えるお酒を造ってくれることでしょう。

(文/空太郎)

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