秋田県五城目町(ごじょうめまち)にある元禄元年(1688)創業の福禄寿酒造。代表銘柄の「一白水成」が有名ですが、秋田県内限定で「十五代彦兵衛」というお酒も醸しています。どちらもキレがよく、きれいな飲み心地が特徴です。
酒米研究会を設立するほどの地元産酒米へのこだわり
福禄寿酒造が、もっとも力を入れているのは原料となる酒米の扱い。「よりよい酒米をつくろう!」と、10年前に酒米研究会が設立され、契約農家や農業の専門家、農協、自治体が一丸となって酒米づくりに取り組んでいます。
協力しあってできた酒米の中で、もっとも優れた酒米を育て上げた農家には最優秀賞が贈られます。その最優秀賞の酒米で醸されたお酒が「一白水成 Premium」という名前で商品化されています。
昔の農家は、飯米だけを育てていれば生活に困ることはなかったそうですが、今では米の価格が下落傾向ににあり、飯米一本では生活が成り立たないのが現状です。
そこで、協力しながら稲作を続けられるよう農業法人をつくりました。この仕組みがあるおかげで、高齢化で農家を引退する際も、農業法人が水田を引き継いで、酒米づくりを続けることができます。
「五城目町で育てた米で、五城目町を表現する酒を造りたい」という思いで、福禄寿酒造では日本酒を醸しているのです。
昔ながらの伝統と最新設備を両立した酒造り
福禄寿酒造は、秋田県内でも5本の指に入るほどの歴史ある酒蔵です。平成8年には蔵内の一部が有形文化財に指定されました。
蔵で出迎えてくださったのは杜氏の一関仁さんです。
まず紹介していただいたのは、昔から残る道具の数々。その中でも昔ながらの知恵を学べたのは、「櫂(かい)」という長い棒状の道具。これは発酵中の醪(もろみ)をかき混ぜる仕込みの作業に使います。
時計がまだなかったころ、時間を計る目安として「酒屋歌」や「作業歌」を歌いながら櫂入れをしていました。発酵状況を見ながら、1番だけを歌ったり、2番まで歌う時もあったりするそうです。また、櫂入れという作業は重労働なので、蔵人の気持ちを和らげる効果もあったと言われています。
醪のタンクが並ぶ仕込み室。福禄寿酒造には、昔から使われている木の温もりを感じられる仕込み室と、空調設備が完備された近代的な仕込み室のふた部屋があります。
純米大吟醸などの繊細なお酒は温度管理がしやすいように空調が完備された仕込み室を使うのだろうと想像しましたが、実は反対とのこと。
純米大吟醸や品評会などに出すお酒は、先代が残してきた昔ながらの道具を使って、空調などには頼らず、日々その時々の変化を感じながら造るのだそうです。逆に、普通酒や本醸造などは、もうひとつの空調が完備された仕込み室を使うのだと、一関杜氏は蔵のこだわりを教えてくださいました。
甑(こしき)と呼ばれる酒米を蒸す道具も木製です。「甑倒し」は、醪仕込みの終了日を表す言葉です。これはシーズン最後の酒米を蒸し終えて釜に据え付けていた甑が不要となり、甑を横に倒して洗うことに由来します。
現在は金属製の蒸し器を使う蔵がほとんど。木製の甑を使っている蔵元は少なくなりましたが、福禄寿酒造では、昔から使っていた甑が古くなると、新しい甑と入れ替えるほどの徹底ぶりです。
「木製の甑でお米を蒸すとヌメッとした米になりにくいので、米麹にしても、酒母用にしても、掛米にしても作業が捗るんですよ」と、昔ながらの甑を使い続ける理由を話してくれました。
必要なこだわりは持ち続け、効率のために機械化できる部分は積極的に取り入れるという福禄寿酒造の柔軟な酒造りを垣間見たように思います。
酒米の質はその年によって変わってくるものですが、それを技術とチームワークで醸し、酒質を安定させて消費者の手元まで届けるのは大変な仕事です。それでも「今年のお酒も安定してるね、といってもらえるのが何よりもうれしい」と、一関杜氏は最後に話してくれました。
五城目の発酵文化を発信するカフェ
2018年5月には「下タ町醸し室 HIKOBE」というカフェを、蔵の目の前にオープンしました。
そこは、白い壁と木の温もりをうまく使った、優しい気持ちにさせてくれる空間。遠方から来る観光客から地元の方まで、福禄寿酒造の日本酒を求める人たちに幅広く活用されている場です。
日本酒の飲み比べができるのはもちろんのこと、酒粕を使ったハヤシライスや秋田県の名物いぶりがっこなどをつかった美味しいおつまみを味わえます。酒粕スムージーなどのドリンクメニューもあり、テイクアウトもできます。
「五城目町は、発酵文化の町なんです。だから、日本酒以外にも、メニューの中にも酒粕など発酵食品を使ったものを取り入れたんです。蔵見学をきっかけに、私たちが暮らし、酒を醸す五城目町のことをもっと知ってもらいたいんです」と語る、カフェスタッフの渡邉さん。
カフェをつくったのも、地元の方や観光客が集まり、「一白水成」や「十五代彦兵衛」など福禄寿の酒をきっかけに五城目町のことを知ってもらいたいという願いからだそうです。五城目町への地元愛がひしひしと伝わってきます。
「下タ町醸し室 HIKOBE」では、酒米農家や飲食店のオーナーを招いて、蔵元とのトークショーを行っています。
「地元の人のなかには、酒蔵を訪問することのハードルが高いと思いっている人が意外と多いんですよ。観光客の方は観光が目的なので気軽に来店されますが、地元の方にとってはきっかけがないんです」と、渡邉さん。
確かに蔵元見学といえば、事前予約が必要の場合が多く、興味はあっても最初はハードルが高いのかもしれません。ですが、このような蔵元運営のカフェであれば、気軽に訪れることができます。
地元・五城目町とともに歩み、五城目町の魅力を発信する福禄寿酒造。秋田を訪れた際に、ぜひ立ち寄ってもらいたい酒蔵です。
(取材・文/磯崎 浩暢)