飲む時刻や場所、シチュエーションごとに最適な味わいの日本酒を提案する、新しい日本酒ベンチャーが登場しました。発泡感や色合い、酸味や甘味が異なるお酒を造り、「SHICHIJI(午後7時)」や「REIJI(午前0時)」などの時刻をそのままネーミングに使うというユニークな試み。

時間に寄り添う日本酒ブランド「HINEMOS(ひねもす)」を2018年8月に立ち上げた、株式会社ライスワイン(神奈川県小田原市)の酒井優太社長に、その背景について伺いました。

日本のためになり、日本が武器になる仕事

酒井さんは、1984年生まれの34歳。大学を卒業後、リクルートに入社し、住宅情報部門やネット広告部門などを経験しました。しかし、多くの起業家を輩出しているリクルートらしく、酒井さんも「いずれは起業しよう」と心に決めていたそうです。

株式会社ライスワインの酒井優太社長

株式会社ライスワインの酒井優太社長

4年前から具体的な計画を詰め、ねらうジャンルは「日本のためになり、海外に打って出られる商材。かつ、日本が武器になる仕事」に絞ります。そこでたどり着いたのが、日本の伝統産業でした。外資とは競合せずに、こちらから海外へ打って出られると考えたのだそう。

しかし、この時点では、日本酒は寄木細工や織物などの工芸品とともに、いくつかある候補のひとつでしかありませんでした。そんななか、奥様の実家がある神奈川県大井町に思いを馳せる機会があり、調べてみると町を流れる酒匂川沿いに4軒もの日本酒蔵があることを知ります。

「何かの縁を感じた瞬間でした」と、酒井さんは当時を振り返ります。

それまで日本酒をほとんど飲んだことがなかった酒井さん。日本酒をあらためて飲んでみて、「美味しいし、味わいが多様。これからでも参入の余地がある」と、日本酒の持つ可能性を確信します。

チャレンジングな酒蔵との出会い

日本酒を造ろうにも、すぐに酒造免許を取得することは困難です。そこで自らも酒造りに参加することを条件に、協力してくれる酒蔵を探すことにしました。

「いきなり酒蔵に押しかけて酒造りをやらせてくれ、と頼んでも無理だろうな」と思いながら情報を集めていると、小田原商工会議所が企業間の事業連携の橋渡しをしていることを知ります。

そこで、電話で問い合わせると「大井町にある井上酒造さんが、そういうことに前向きな会社なのでおすすめですよ」とアドバイスをもらいました。

日本酒イベントで「HINEMOS(ひねもす)」を説明する酒井さん

井上酒造は、寛政元年(1789年)創業。200年以上の歴史を持つ老舗ですが、新しいことにチャレンジする気風がある酒蔵です。

外国人観光客の増加に伴い、食事にあう日本酒を多種類提供する宿泊プランを箱根の温泉旅館と企画したり、耕作放棄地を復活させた大井町内の棚田で育てた米で純米酒を造ったりしています。また、高齢になった杜氏の後任に、静岡県の酒蔵で腕を磨いていた湯浅俊作さん(30歳)を3年前に抜擢するなど、前例にこだわらない経営をしています。

株式会社ライスワインの酒井さんと、井上酒造 杜氏の湯浅さん(右)

井上酒造 杜氏の湯浅さん(右)

2018年7月、酒井さんは小田原商工会議所の担当者とともに井上酒造へ足を運び、蔵元社長の井上寛さんと杜氏の湯浅さんの前で、日本酒への熱い想いをぶつけました。

「酒質は杜氏と相談して決め、造りにはすべて参加。完成したお酒は全量買い取ります」という酒井さんの提案に、井上社長は二つ返事でOKを出してくれました。

湯浅杜氏も、「日本酒の未来は、若い人たちと海外市場にかかっていると感じていたところでした。このような面白い試みに協力できるのは、またとない経験になる」と話します。

たどり着いたのは、ユニークな日本酒

さっそく、目指す酒質を決めるために、日本酒の試飲会を巡り始めます。そこで、酒井さんは真っ先に「素人ゆえだと思いますが、どれも似た味で個性が足りないように思った」とのこと。

個性的な味わいで若い女性に喜ばれそうと感じたのは、スパークリング日本酒や、赤っぽい色合いのお酒、さわやかな酸味を感じさせるお酒などでした。

「全国新酒鑑評会などの各地で開かれている品評会は、洗練された味わいのお酒が多く、素晴らしいと思いました。そこを出発点にして、さらに多様性を加えたお酒ができないかという仮説から、その手立てを考えました」と、酒井さん。

時間と一緒に楽しむ日本酒「HINEMOS(ひねもす)」

こうしてたどり着いたのは、多彩な酵母や麹、ユニークな製法などを取り入れたお酒でした。しかし、それらは井上酒造にとって未経験のものばかり。「はじめてのお酒は不安もありましたが、やり甲斐もあって、とても楽しみでした」と、湯浅杜氏は当時を振り返ります。

2018年10月下旬には、造りが始まりました。新しいタイプの日本酒を企画するベンチャー企業の多くは、造りを酒蔵に委託します。しかし、酒井さんは洗米から蒸し、麹造り、酒母造りまで、すべての作業に参加しました。

「できあがった日本酒をレストランに置いてもらおうと売り込みに行ったとき、詳細を聞かれても迷わず苦労話を含めて説明できるからこそ、相手の心に響くと思っています。実際に造りに関わらなければ、こうはいきません」と、自信を持って話してくれました。

時間に寄り添う日本酒「HINEMOS」の誕生

最後の課題はネーミングでした。ブランド名について、酒井さんは次のように話します。

「ベンチャー企業にとって、ネーミングとボトルデザインは最重要のテーマです。とにかく手に取ってもらい、一度飲んでもらわないと何も始まりません。

リクルート時代の同僚に頼んで議論をしたのですが、そこで時間軸で楽しむお酒というアイデアが生まれ、ネーミングに時刻を使おうとなりました。お酒を飲む時間帯、夕方から夜更けまで、それぞれにあうお酒を提案してみることにしたのです。

そうして、一日中や終日という意味の『HINEMOS(ひねもす)』をブランド名とし、できあがったお酒の名前には飲んでほしい時刻を付けました」

「HINEMOS(ひねもす)」のロゴ

「HINEMOS」の第一弾は、「SHICHIJI」と「REIJI」の2種類。2019年3月に発売されました。

「SHICHIJI」は、午後7時。夜の始まりを告げるスパークリング日本酒です。口中には優しい甘味や旨味が広がり、炭酸ガスが味わい全体を引き締め、後味は軽やかでドライな印象。喉を潤し、胃腸を刺激し、食欲を掻き立てます。乾杯にぴったりな一杯です。

「REIJI」は、午前0時。深夜の始まりを告げる赤色のお酒です。お米由来の濃密な甘さがありながら、フレッシュな酸味があり、後味は軽やか。赤い色は、お米由来のアントシアニンという天然の色素で色付けされています。疲れた心身を優しく癒してくれる、一日を締めくくるご褒美の一杯です。

クラウドファンディングを利用しての販売でしたが、手ごたえは予想以上だったそう。

時間と一緒に楽しむ日本酒「HINEMOS(ひねもす)」

時間に寄り添う日本酒「HINEMOS(ひねもす)」。左から順に、「SHICHIJI」「KUJI」「REIJI」「NIJI」。

5月には「KUJI」と「NIJI」、6月には「HACHIJI」と「JUJI」をリリースしました。

「HACHIJI」は、午後8時。多様な料理に応えるにごり酒です。バランスのとれたフレッシュな酸味がさっぱりとした後味を生み、さまざまな料理と楽しむことができます。

「KUJI」は、午後9時。メインディッシュにあわせたい華やかな香りの純米大吟醸です。口当たりは柔らかく、なめらかな甘味や旨味が広がります。最後に酸味がキリッとした印象を与え、メインのお肉料理やクリームを使った料理とマッチします。

「JUJI」は、午後10時。楽しい食事を締めくくるデザート酒です。なめらかな口当たりで濃厚な甘味とフレッシュな酸味があり、貴腐ワインのような味わい。仕込み水の一部として日本酒を使用しています。

「NIJI」は、午前2時。深い夜を鮮明にするリンゴ酸が豊かな純米酒です。飲んだ後にも口の中をキュッとさせるような酸味や渋味があるドライな味わい。深い夜が冴え渡るような爽快な一杯です。

株式会社ライスワインの酒井さんと、井上酒造 杜氏の湯浅さん(右)

来季以降もラインナップを追加して、最終的には午後6時から午前5時まで、計12銘柄をそろえる予定だそう。パーティーなどで数種類をいっしょに楽しむまとめ買いや、自分へのご褒美を含む贈り物などの飲用シーンを考えているとのこと。

「この先も個性的なお酒を次々とデビューさせていきますので、楽しみにしていてください」と、これからの意気込みを語ってくれました。

時間に寄り添う新しいタイプの日本酒。これからどのような味わいの日本酒が登場してくるのか、楽しみでなりません。

(取材・文/空太郎)

◎商品概要

  • HINEMOS「SHICHIJI
    午後7時、夜の始まりを告げるスパークリング日本酒。
    精米歩合:70%/アルコール分:5度/容量:500ml/価格:2,400円(税別)
  • HINEMOS「HACHIJI
    午後8時、多様な料理に応えるにごり酒。
    精米歩合:70%/アルコール分:7度/容量:500ml/価格:2,800円(税別)
  • HINEMOS「KUJI
    午後9時、メインディッシュにあわせたい純米大吟醸。
    精米歩合:40%/アルコール分:15度/容量:500ml/価格:6,800円(税別)
  • HINEMOS「JUJI
    午後10時、楽しい食事を締めくくるデザート酒。
    精米歩合:70%/アルコール分:15度/容量:500ml/価格:3,200円(税別)
  • HINEMOS「REIJI
    午前0時、深夜の始まりを告げる赤色のお酒。
    精米歩合:70%/アルコール分:5度/容量:500ml/価格:2,400円(税別)
  • HINEMOS「NIJI
    午前2時、深い夜を鮮明にするリンゴ酸が豊かな純米酒。
    精米歩合:70%/アルコール分:15度/容量:500ml/価格:2,800円(税別)

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