日本酒生産量が全国で2番目に多い京都府。京都の酒どころいえば、京都市南部にある「伏見」が有名ですが、実は、京都市には伏見以外にも酒蔵がいくつかあります。

さかのぼれば、京都の酒造りが隆盛を極めた室町時代、洛中洛外と呼ばれた京都の街には約350軒の酒蔵があったという記録が、古文書の中の酒屋名簿に記されています。柔らかで香り高いものやしっかりとした旨口タイプまで、当時から飲み比べが楽しくなるさまざまな酒が造られていました。

京都酒造組合 理事長の松井八束穂さん(写真左)と事務長の嶋村順子さん

京都酒造組合 理事長の松井八束穂さん(写真左)と事務長の嶋村順子さん

この記事では、京都市で日本酒を造る3蔵が加盟している京都酒造組合の活動について、理事長の松井八束穂さんと事務長の嶋村順子さんにお話をうかがいました。

京都の酒のうまさは、豊かな仕込み水

京都酒造組合の前身である京都酒造商組合が設立された1886年(明治19年)には、131もの酒蔵があり、当時の酒造りの繁栄ぶりがうかがえます。

現在は、松井酒造(左京区/代表銘柄「神蔵」「富士千歳」)、佐々木酒造(上京区/代表銘柄「聚楽第」「古都」)、羽田酒造(右京区/代表銘柄「初日の出」「羽田」)の3つの酒蔵が、京都酒造組合に加盟し酒造りを続けています。いずれの酒蔵も創業100年以上の歴史がある酒蔵です。

三方を山々に囲まれた京都の中心部を北から南に向かって流れるのが、鴨川です。盆地の下流にあたる伏見は水量が豊富で、比較的浅い井戸でも水が多く湧きます。そのため、かつて市内中心部で酒造りを行っていた多くの酒蔵は、より良い酒造りの環境を求めて伏見へと移転していき、その数を徐々に減らしていきました。

鴨川

京都市内を流れる「鴨川」

京都酒造組合所属の3蔵が使う仕込み水の水源は、それぞれ異なります。

鴨川の東側にあり、四季醸造を行っている松井酒造は、2本の井戸から仕込み水を汲み上げています。その地下水は京都の東側にある比叡山から流れてくる水系で、表層の地層は、砂利や砂が多い砂礫層(されきそう)が優勢の土地です。

佐々木酒造があるのは鴨川の西側、堀川通りのさらに先です。堀川通りから西寄りは、砂礫層より粘土層が優勢になる土地ですが、比較的浅い井戸からでも良質な地下水を汲むことができます。同じ京都盆地の井戸水でも汲み上げる井戸の深さが異なるため、できあがる酒に違いが生まれます。

京都市北西部に位置する羽田酒造では、桂川上流域の伏流水を仕込み水に使っています。ミネラルが多めの中硬水で、他2蔵の軟水の仕込み水とはタイプが異なります。

「呑み切り」で各酒蔵の個性を再確認

京都酒造組合所属の3蔵は蔵元同士の距離が非常に近く、さまざまな行事や活動を共同で行っています。

そのひとつが、毎年8月中旬から9月初旬の間に行われる「呑み切り」です。

京都酒造組合で行われた「呑み切り」の様子

「呑み切り」とは、貯蔵している日本酒の品質をその年初めてチェックする酒蔵にとっては大切な行事。お酒を抜き出す貯蔵タンクの「呑口」を「切る」ことから「呑み切り」と呼ばれています。

春から夏の間に熟成を重ねて出荷を待つお酒の品質・味・香り・色の調査を国税局の鑑定官が行うのですが、その進め方は地域や酒蔵によって異なります。

複数の酒蔵が集まって行う「集合形式」、鑑定官が酒蔵に訪れる「臨場形式」、サンプルを鑑定官に送る「鑑定官室送付形式」などがありますが、京都酒造組合では「集合形式」で毎年行っています。

京都酒造組合で行われた「呑み切り」の様子

「酒蔵3社がそれぞれ造ったお酒の品質と安全性を確保するための大事な行事です。国税局の鑑定官、所轄の税務署から酒類部門の署員と関係者、そして各酒蔵からそれぞれの社長と杜氏が出席をします。

呑み切りは、同じ京都で酒を造るもの同士が集まり、おたがいの酒の違いや個性を再確認する貴重な機会だと考えています。大きな組合では一堂に会するのは簡単ではありませんが、蔵元同士が近い私たちのような組合ではそのコンパクトさを活かした酒造りをできるのが強みですね」と、事務長の嶋村さん。

3蔵合計で20~25の銘柄を評価し、鑑定官からは細かいチェックと指導が入り、蔵元へと伝えられます。その後は全員できき酒と意見交換を行います。京都酒造組合では、15年以上もこの集合形式での「呑み切り」を実施し、より良い酒を造るために切磋琢磨を続けています。

京都の酒をもっと知ってもらうために

所属する3つの酒蔵の個性的なお酒を多くの人たちに知ってもらう広報も、組合の大事な仕事のひとつ。京都酒造組合では、酒蔵が市内にあるという立地を活かし、京都ならではの活動を行っています。

京都酒造組合の共同銘柄「美しい鴨川」

京都酒造組合の共同銘柄「美しい鴨川」

京都酒造組合の共同銘柄「美しい鴨川」は米のうまみを活かした純米酒で、このプロジェクトは今年で12年目を迎えます。

鴨川の伏流水や京都の地下水は、古くから酒造りや京料理、友禅など、京都の様々な文化を育んできました。そんな鴨川をいつまでも美しく保ち続けたいという願いを込めて、このお酒の売上の一部は、ボランティア団体「鴨川を美しくする会」の活動費として寄付されています。

佐々木酒造と松井酒造の2蔵が製造・販売をしていますが、同じラベルでも実は中身が違うという珍しい銘柄です。どちらも京都の地下水を使って造っていますが、味わいも風味も全く異なるお酒です。

京都酒造組合所属の3蔵が造る日本酒(左から順に、羽田酒造「羽田」、松井酒造「神蔵」、佐々木酒造「聚楽第」)

左から順に、羽田酒造「羽田」、松井酒造「神蔵」、佐々木酒造「聚楽第」

人口10万人あたりの大学数が全国1位の京都市ならではの活動が、京都市内の大学・大学院を卒業をした学生に「祝い酒」として日本酒をプレゼントする企画です。

コロナ禍で少なからず影響を受けた学生のみなさんに人生の大きな節目を幸せな気持ちで迎えてもらおうと、応募のあった115名の学生に日本酒を贈りました。日本酒のおいしい飲み方やちょっとしたマナーなどを記した手紙を同封し、日本酒を飲み始めた若い人たちへの心遣いも忘れません。

松井理事長は、この企画に込めた思いをこう話します。

「異文化に触れたり、友達と分かち合う若い日の時間は何事にも代えがたい大切なもので、幸せな時間です。コロナの影響でその一部が欠けてしまった若い世代に、せめて門出の祝いを贈らせてもらいたいと考えました。この酒が京都での新しい出会いとなり、これから幸せな気持ちで社会人として歩んで行かれることを願っています」

大好評だった「祝い酒」の企画は来年も実施することが決まっていて、2022年1月ごろに応募を開始する予定です。

京都発の演劇パフォーマンス「ギア-GEAR-」と3酒蔵がコラボした「ギア×京の酒」

京都発の演劇パフォーマンス「ギア-GEAR-」と3酒蔵がコラボした「ギア×京の酒」

2012年に始まり、これまでに京都で3,000回以上の公演を行ってきた、「ギア-GEAR-」というセリフを使わない演劇パフォーマンスがあります。観客動員数はなんと25万人以上。コロナ前は外国人旅行者にも好評だったこの京都発の人気パフォーマンスと3酒蔵がコラボした日本酒が、「ギア×京の酒」です。

きっかけは、日本酒好きのギアファンからの「コラボの日本酒があったら面白いですね!」という声でした。ギアに登場する5つのキャラクターをイメージした5種類の日本酒は、「ギア-GEAR-」公式サイトのオンラインショップで限定発売中です。

他にも、昨年、今年とコロナの影響で多くのイベントは中止になりましたが、10月1日の日本酒の日では、伏見酒造組合と共同で行う「日本酒で乾杯!」イベントに毎年参加。京都と大阪を結ぶ京阪電車の特別貸切列車「京都日本酒電車」では、3酒蔵の日本酒を提供するなど、京都の日本酒を発信するこれらのイベントに積極的に参加しています。

「酒造りで学んだことを京都の街に還元していきたい」

京都酒造組合 理事長の松井八束穂さん

もうすぐ創業300年を迎える松井酒造で酒を造り続けてきた松井理事長は、「長年の酒造りのなかで学んだこと、経験したことを、組合活動を通して京都の街に還元していきたい」と、これからの展望を明るく話してくれました。

京都の酒造りの伝統を守り続ける、京都酒造組合の3つの酒蔵。京都を訪れた際は、この地で造られた日本酒をぜひ手にとってみてください。

(取材・文:茶谷匡晃/編集:SAKETIMES)

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